29.ぬか喜び

☆コスモside


 何を言っているのだろうか?

 今の話を聞いたコスモは、理解が追い付かなかった。


(どういうこと? え? 何? は?)


 理解はしているのだろう。

 ただ、それを理解したくなかった。


「そう、メアこそが、剣聖の真の持ち主、そして次期王となる人間だ。そんなメアのスキルを、長い間大事に取っておいてくれて、君には感謝してもしきれない。何と礼を言っていいのか……」


 要するに、コスモ視点ではこういうことだ。


 【剣聖は初めからコスモのスキルでなく、ただ他人のスキルを預けられていただけ】

 【今までありがとう】

 【だから、本当の持ち主に返してあげてね】


「君のおかげで、メアは救われる」

「救われる……?」


 今、国王の隣に座っている人間が救われる?

 誰のおかげで?

 救った後、コスモはどうなる?


「私は、どうなるの……?」

「悪いようにはしない。王都に住居を提供し、これからの生活をサポートする。無論、仕事をしなくてもいいくらいにはな」

「そ、それって……私はもう、魔王を倒しには行けないってことですか!? 強い相手に無双して、皆に強い強いって……言って……貰えないんですか……?」


 コスモの目から、次々と大粒の涙が流れる。


「うむ。確かに、強大な力は失ってしまうが、君も英雄には変わりない。1人の人間を救い、人生を良い方向に変えるのだからな。目立って大きなことをするだけが英雄ではない。陰から目立たなくとも誰かを支え、誰かを救う。それも立派な英雄というものだ!」


 国王は腕を組み、コスモに言った。

 確かに、言っていることは正しいのかもしれない。


(なんで……? なんで、正しいの? なんでこの人の言ってることは正しいの? なんで? ねぇ、なんで? どうして、正しくないことを言ってくれないの?)


 もしもだ。

 国王が悪い人間で、正しくないことを言ったとしよう。

 そうであれば、ここで拒否をしても、コスモは良い人間でいられる。

 同情する人も多いだろう。

 だが、そうではなかった。


 ここで「嫌だ」と言ってしまったら……どうなるのだろうか?

 国王視点で見たら? メア視点で見たら? その他の国民視点から見たら?

 コスモはどんな人間に映ってしまうのだろうか?


 コスモは思わず、地面に両手をつく。

 床に、涙が次々とこぼれ落ちる。


「嫌です」


 しばらくすると、コスモは目を見開き、国王にそう言った。


「嫌?」

「はい。このスキルは、渡せません! 今やもう、私を構成する要素の一部なんです……!」


 コスモが泣きながらそう言うと、国王が大きくため息をついた。

 前の職場で毎日のようにつかれていた、ため息であったが、やはり慣れない。


「あのね、確かに君の気持も分かる。けど、それは元々君の力じゃないんだよ? 他人の力を使って、それで皆に認められて嬉しいの?」


 嬉しい。

 嬉しかった。

 それがコスモの正直な気持ちだ。


 今まで何をやっても駄目で、真面目にやっても怒られ、能力不足で仕事をクビになる始末。

 だから、嬉しかった。


(皆に「強い」とか「凄い」って言ってもらえて、嬉しかった)


 だが、今の国王の問いは、問いであって問いではないのだろう。

 このあたりで反省してくれと、そう言っているのだろう。

 ここで正直に「嬉しい」と言っても、更にため息が飛んでくるだけだろう。


(私も頭が足りてれば、何か言い返せたのかな?)


 今回は相手が正しい。

 それはコスモも分かっている。

 だからこそ、悔しい。

 間違っていれば、言い返せた。

 けど、向こうが正しいせいで、言い返せない。

 言い返しても、自分が悪者になるだけだ。


 悪者になって、最強を続けるか。

 善人になって、何の取柄もない自分に戻るか。


(この2択しか選べない)


 どっちを選んでも、後悔しかないだろう。


 コスモは立ち上がる。


「あっ、待ちなさい!!」


 コスモはその場を立ち去る。

 そして、ひたすら走る。


(あり得ない! あり得ない! これは私の力! 誰かの力なんかじゃない!!)


 だが……コスモも疑問に思うこともあった。

 今まで、なんの才能も無かった自分が、こんなに強いスキルをなぜその身に宿していたのか? という疑問を。


 ただ、それについては深くは考えなかった。

 そういった事例は、今までにも聞いたことがあったからだ。


 だが、あんなことを言われては考えてしまう。


 おそらく真実なのだろう。

 コスモにも、それは分かっていた。


(これから私、どうなるんだろう?)


 コスモは、幼少期に読んだ絵本を思い出した。


 その絵本では、最終的にコスモのような人間は酷い目に合うか、死んでいった。


(私も死ぬのかな?)


 ここで剣聖を返しに行けば、これから先、何もしなくとも静かに暮らしていける。


(けど、それでいいの?)


 もう「流石です」といった声は聞けないだろう。


 真の剣聖を救ったとても良い人。


 きっと、そんな感じで終わっていくのだろう。

 たまに思い出される存在になるのだろう。


 メアが魔王を倒した際も、誰かが「いやいや、魔王を倒せたのは、剣聖を預かってくれていた、コスモのおかげでもあるだろう!」とか思い出したかのように言って、それにつられて「それもそうだな! お前も英雄だ!」などと、ついでに感謝されるだけだろう。


 皆の中心には、もういられないのだろう。


「そんなのは……嫌だ」


 そう言うと、雨が降って来た。

 ヨシムラの作ってくれた特殊な布製の防具は、防水性であったが、覆われていない部分はずぶ濡れになってしまった。


「なんで……? 返せっていうのなら、なんで私に力を与えたの? 他の誰かじゃなくて、なんで私だったの?」


 他の誰かだったら、力を味わうことはなかったのに……。

 こんな目にもあっていなかったのに……。


 誰も悪くない、いや……自分が悪い。

 誰にも向けられない、無気力な怒りと不安がコスモの心を支配しそうになっていた。

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