30.なかったことに

「そうだ……!」


 コスモは立ち上がる。

 名案が思い浮かんだのだ。


 その名案とは……。


(さっきのことは、なかったことにしよう!)


 初めからなかったことにすれば、そもそも何1つ、自分は悪くない。

 コスモはそう考えた。


 だが実際問題、コスモの心のなかでいくらなかったことにしようが、国王はコスモのスキルを返したくないという心情を知っている。

 追手が来るのも時間の問題だろう。


(この街から出よう)


 ユリを連れて、この街を出ようと考えた。

 目的地は決めていないが、最終的には魔王を倒す計画だ。


 魔王を倒しさえすれば、おそらくスキルをそのまま貰う流れになるだろう。

 いや、そうなってくれなくては困る。


 これはコスモが幸せになる為に考えた、完璧な作戦なのだから。

 そう考えていると、にわか雨もやみ、空も晴れてきた。


「ユリ、ただいま!」

「おかえりなさいです! ってずぶ濡れですね! ささ、早く中に!」


 宿へ着いたコスモは、ユリに出迎えられた。


「ユリ、早く街を出よう」

「え? どうしたんですか? まさか、魔王の居場所が分かったとかですか!?」

「ま、まぁそんな所かな、ははは……」

「だったら休むのも大事ですよ!」


 休んでなどいられない。

 追手が来たら、面倒なことになる。


「と、とりあえず! 今すぐ街を出よう!」

「え、えぇ!? ちょっと待ってください!」


 本当であれば、コスモ1人で逃げるのが筋だろう。

 だが、ユリには嫌われたくない。

 このまま隠して旅を続け、最後まで隠し続けて魔王を倒してしまおう。


「お待たせしました! それにしても、急ですね」

「色々とね、色々あったんだよ」


 ユリも出発の準備が完了したようだ。

 2人は王都を出ようと、王都の出口まで歩く。

 幸い、まだ追っては来ておらず、このまま王都の外へ出られる。

 そう思っていたのだが……。


「探したわよ! コスモ! ったく、どこにいたのよ! あんたの街に行ってもいないし! 手間かけさせんじゃないわよ!」


 そこに現れたのは、SRランク冒険者のクロスであった。

 コスモはクロスと試合をして、勝ったことがある。

 その際に、いつか殺すと言われたりもした。


(まずい、殺される……!? あ、でも、剣聖があればそんな心配もないか)


 一気に体の力が抜けた。

 物騒な人物だが、むしろ肩の力が抜けた。

 そう考えると、クロスと会えたのは、ラッキーなことなのかもしれない。


「コスモさん! この人やばいですよ! 確か殺すとか言っていませんでしたっけ!?」


 相変わらずユリは心配してくれる。

 だが、クロスの答えは違った。


「はぁ? 私はいつまでもそんな低レベルなことに、こだわらないわよ」

「「え?」」


 では、なぜ?


「私、あんたを探す旅をしながら考え、私が本当にしたいことの答えを見つけたのよ。

そう! 私はあんたを何度もボコボコにするって答えをね! 

確かに殺せばあんたはいなくなり、2度とあんたに負けもしなくなる。

けど、それじゃただあんたから逃げてるだけって気付いたのよ! 

”最強”のあんたを何回も何回もボコボコにして、私が頂点に立ち続ける! 

だから、今の私はあんたを殺したいだなんて……そんな低いレベルで敵視してないわ!」


「最強だなんて……えへへ」


 照れる。


「あんたの活躍は知ってるわよ? ミアカ、アオリも倒して、あのシロッコに戦意喪失させ、その上に大量のドラゴン達を相手に無傷で勝利。最強じゃなくてなんなの?」


 なんでそんなことまで知っているのだろうか?

 コスモはあえて突っ込まなかった。


「けど、そんな最強だからこそ、ボコボコにしがいがあるってものよ!」


 クロスは強気な笑みを、コスモに向けた。


「という訳で、早速ボコボコにするわよ! ついて来なさい」


「いや、今ちょっと急いでいて」


「何? 逃げるの?」


「……いや、逃げない」


 普段であれば、コスモはこのような挑発には乗らない。

 ただ、なんとなく、ここで戦わなくちゃ後悔するような気がしてきたのだ。

 もしかすると……と、最悪なパターンを考えてしまう。

 ユリの前で勇敢に戦う姿をもう見せられなくなってしまう気がしてならないのだ。

 コスモの正式なスキルでない以上、いつスキルがなくなってしまうか、それが不安で仕方ないのだ。


「流石、私の1番のライバルね!」

「私がライバル……?」

「は? 嫌なの?」

「いや、私なんかがライバルでいいのかなって……」

「うっざ! なに見下してんの!?」


 案内されたのは廃闘技場。

 要するに今は使われていないボロボロの闘技場だ。


「これが、答えを見つけた私の新しい武器よ!」


 クロスが背負っている布袋から、武器を取り出した。


「その武器は……」


 確か、薙刀だ、

 使っている人はかなり少ないであろう、マイナーな武器であった。


「剣士はやめたの?」

「やめてないわよ! 刃が付いている武器は全部剣みたいなものよ!」


 そうなのだろうか?


「じゃあ、行くわよ! いざ勝負!!」

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