第4話 魔法のトイレ

部屋の中は暗い。


(隣からグーグーと言ういびきが聞こえる。病院じゃない場所…、多分、異世界。いびきの主は、ロジャーさん。)


(僕は、少し安心して、そのまま眠ってしまった。向こうの治療を終えてこっちの世界に戻って来ることができたんだ。)


夜が明けていた。ロジャーは、すでに目を覚まし、朝食の準備をしていた。凜は、静かに寝息を立てていた。


「凜、それとも、もう一人の少年か?そろそろ目を覚ましたらどうだ。朝飯ができたぞ。パン粥にしている。食べてみろ。」


「…、おはよう。ロジャーさん。」


「ということは、凜か。お早う。気分はどうだ?」


「気分は、良いです。こんなに朝早くから気分が良いのって初めてかもしれません。いつも朝は、どこかが痛かったんですけど…。どこもいたくありません。」


「魔力切れも解消したみたいだな。まあ、一晩寝ればたいていの人は魔力切れは解消するがな。でも良かった。魔力暴走なんかしていたら、ずっと魔力切れ状態になってしまうこともあるのだぞ。」


「はい…。もしかして、治療を失敗したら、その魔力暴走とかになるのですか?」


「いやいや。昨日の治療は失敗しても、魔力回路に影響することはそうないであろうな。わしが知っている魔力暴走は、誤診が原因だったな。魔力病の者に魔力回復薬を飲ませてしまってな…。それが原因で魔力暴走を起こしてしまったのだよ。魔力病の薬が効きすぎたのも診断を誤らせる原因と言えば原因だったのじゃがな。」


「それが、昨日飲ませてもらった薬なのですか?」


「そう、あれが最後の薬だったのじゃ。だから、薬での治療はあれで終わり。今日からは、昨日教えた治療法だけだ。」


「治療の話は、飯の後でしようかの。パン粥、食えそうか?」


ロジャーは、お皿にパン粥を注ぐとテーブルの上に置いた。


「凜、こっちに来て食べるんだ。もう病人じゃないんだからな。」


「うん。分かった。」


凜は、ベッドから降りると、椅子に座った。座面が固いイス。そんな椅子に座るのは久々だったのか、しばらく座り心地を確かめていたようだったが、スプーンを手に取ると恐る恐るといった雰囲気でパン粥をすくい口に運んだ。


「ミルクの味がする。牛乳と違うけど何の乳なのかな?」


パン粥は、ほんのりと甘じょっぱくて優しい味だった。


「乳ではないんじゃよ。ミルクプラントの汁でな。日持ちがするんで旅先で牛乳代わりに使っているんだ。美味しくないのか?」


「ううん。美味しいよ。でも、すぐにお腹が空きそう。お替わりして良いの?」


「おおっ、良いとも。食べれるだけ食べなさい。これから治療と訓練を始めるからな。沢山食べておかないと、お腹がすくぞ。」


「分かった。沢山食べる。」


凜は、ミルク粥を3回もお替りした。食欲は出ているようだ。

ロジャーは、凜の様子を見て考えていた。


(薬の効き目は続いている。効き目が続いている間に、魔力コントロールが上達して、魔力回路の成熟と活性化できればいいのだが…。)


「食事が終わったら、水で口をきれいにしておけよ。それから、俺がいないときにこのコテージから外に出るんじゃないぞ。」


「ええっ。じゃあ、オシッコしたくなったらどうすの?」


「そうか。オシッコしたくなったらな。そこの端にあるのがトイレだ。気が付かなかったか?」


「嘘だよ。それってただの壺じゃん。そんなのにオシッコしたら臭いはするし、倒したら大変なことになるよ。」


「これは、壺に見えるか。そりゃあそうだな。じゃあ、これを付けよう。」


ロジャーは、白い洋式トイレの便座を取り出し、壺の上に取り付けた。


「これならどうだ?トイレに見えるだろう。それに蓋もあるからな。安心してオシッコやウンコができるぞ。」


「でもさあ。水は、どうやって流すの?手洗いは?お尻拭くときの紙はどこにあるのさ。」


「このトイレの中にある壺は、魔法の壺だから水は流さなくても大丈夫なんじゃ。おしりふきの紙か…。準備しておこう。おしりを拭いた後は、壺の中に落として良いからな。」


ロジャーは、どこからか柔らかい紙を取り出し、トイレの横に積み重ねた。


「これだけあれば、安心じゃろう。」


凜は、しばらくして、トイレに座ってオシッコをしていた。排尿の後、トイレの蓋を開けて中のツボを覗いていたが、本当におしっこが無くなっていたようだ。


「ロジャーさん、オシッコ何処に行ったの?」


「魔法の壺の中じゃよ。その壺は、オシッコやウンコだけじゃなくてな、食事の時に出た生ごみなんかも入っているんじゃ。そして、月に1度位深い穴を掘って埋めるか、スライムの沼っていうゴミ処理場に持って行くのさ。ゴミ処理場は各町にあるから、町に寄った時についでに捨てることが多いな。」


「すっきりしたか?じゃあ、儂がいないときにどうして外に出たらいけないかを説明するぞ。というより、体験してみろ。…。大丈夫、近くに魔物や獣はいない。」


ロジャーは、索敵さくてきを行い、コテージのそば魔物まものけものが居ないことを確認した。


「凜、一人で、ドアを開けて出て行ってみろ。」


凜は、言われた通り、一人でドアを開けて出て行った。


『ガチャリ』


凜は、後ろ手にドアを閉め、外の様子を見た。深い森の中、朝だと言うのに少し薄暗い。凜が立っているあたりは、少し木々の背が低い場所なのか、前に広がる森よりも明るいが、迫ってくる暗い森は、少し怖いくらい薄暗く、鬱蒼としている。


凜が、コテージに戻ろうと振り返るとコテージはなかった。さっき、ドアを開けた場所には、木々が茂っているだけだ。


「ロジャーさーん。どこーっ!」


『ガチャリ』


木に見えていた所が扉になり、中からロジャーさんが手招きした。


「ここじゃよ。さあ、入っておいで。これが、儂がいないときにここから出て言っちゃいけない理由さ。このコテージは、魔物がいる森や草原でも安心して寝ることができるように結界が張られているんだ。外から見えないようにな。お前が一人の時に外に出て行ったら、中に入れなくなるだろう。まあ、お前が一人になることは無いとは思うがな。何があるか分からないからな。それだけは、守るんだ。いいな。」


「分かった。本当に見えないんだね。びっくりしたよ。」


「じゃあ、儂とお前の仲間を紹介しよう。」


ロジャーは、いったいのゴーレムを取り出し、凜の前に出した。


「ガルドだ。こいつは、おしゃべりはできんが、お主や儂の言うことは理解できておる。色々と助けてくれる仲間だ。儂は、こいつが居てくれるから、お主を置いてコテージを出て用事を済ますことができるのじゃ。という訳で、儂がおらぬ時は、こ奴がお主の面倒を見てくれる。宜しくな。」


「分かった。宜しくね。ガルド。」


凜が手を出すと、ガルドは握り返してくれた。握手。この世界にも、握手の習慣があったのか、伝えられたのか。ロジャーもガルドもその意味は知っているようだった。


「では、今日の訓練を始めようかの。昨日は、ほとんど残っていない魔力を全部放出してしまって気を失ったからな。今日は、魔力が半分くらいになったら放出をやめるのじゃぞ。では、魔力循環から始めるぞ。」


魔力循環を始めると、直ぐに魔力を回路の所まで回して返すことができた。


「魔力回路の中で魔力を回してみろ。回路の中を3周ほど回したら儂の方に返すんじゃ。できるかな?」


「やってみるね…。なんか、少し引っかかるところがあるけど、回すことはできたよ。2周目、3周、このままロジャーさんに渡したら良いの?」


「そうだな。返してみてくれ。無属性の魔力なら何の抵抗もなく儂の方に渡せるはずだ。」


「分かった。ロジャーさんに返すね。」


凜は、自分の魔力回路を循環させた魔力を右手からロジャーの方に返した。


「何の抵抗もなく入って来たな。凜の魔力は、無属性か。儂との相性はいいようじゃ。これなら、もう少し高度な訓練もできるかもしれないぞ。」



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