第3話 病院

父は、意識を失ったように眠っているわが子を見ていた。原因振目にの病気。下腹部の壊死。その壊死は、腹腔前部から始まり、腸の一部まで広がっていた。今までも壊死部分を切除する手術を受けている。一時は、回復するのだが、直ぐに再発してしまう。


原因不明。


凜が目を覚ました。顔色は悪く、痛みを感じているようだ。


「お父さん。今ね。治療方法を聞いてきたよ。僕の病気の。」


「そうなのか。そりゃあ、すごいな。じゃあ、さっそく試してみるか?何が必要だって、ナースセンターでお願いしてくるから言ってみろ。」


「道具はいらないんだ。お父さん手を出してみて。そしてね。右手を僕の左手の上にのせて、左手は僕の右手の下。そう。」


「こうか。それで…。どうするんだ。」


「僕が、お父さんに暖かいものを…、あっ違った。僕がね、お父さんの左手に暖かいものを渡すから、それを感じたら教えて。」


「暖かい物をくれるんだな。分かった。やってみろ。」


「うん。」


凜は、ロジャーに教わったように、まだやってきていない魔力をイメージして下腹部の方から右手に移動させ父の左手へと流し込んだ。


「え?おおっ、来たぞ。暖かいものが、お父さんの左手の方に流れ込んできた。」


「じゃあ、それを右手の方に動かしていって」


「左手から左肩を通して右肩そして右手…、暖かい物が動いて行く。凜に渡すぞ。もらえたか?」


「うん。来たよ。もらえた。じゃあ、しばらく循環させるから手を握っていてね。」


凜は、魔力の流れがスムーズになるまで、魔力を循環させていた。5分…、10分どれくらいの時間、魔力の循環を行っていただろうか。


「お父さん。こんどは、ゆっくり右手だけ離してみて。ゆっくりだよ。」


(凜から暖かいものが流れ込んでくる。体全体がぽかぽかと温かくなり、こわばっていた肩や首から力が抜け、軽くなっていった。)


「凜、これって父さんの治療じゃないのか?とっても方が軽くなった。疲れもとれたみたいだぞ。」


「本当。良かった。でも、もう少しこのままお願い。僕も少し楽になって来た。もう少し魔力を減らせたら、もっと楽になると思うから。」


「本当だ。凜の顔色が…、青白かった顔色が良くなってきているぞ。」


「僕も、お腹痛いの良くなってきた。ムカムカもなくなったよ。」


凜は、青白く、苦しそうだった顔に、仄かな赤味と、柔らかい笑みを浮かべて静かに目を閉じていた。


「お父さん、明日も、治療してくれる?」


「明日も来る。病院の先生に相談して、遅くなっても絶対着て治療してやるからな。待ってるんだぞ。」


父は、喜んでいた。凜の治療が本当に効いたようだったから。主治医を呼びに行って、診察をお願いしていた。


「ちょっと、お腹を見せて下さいね。」


手をこすり合わせて、手を温めた後、凛のお腹を触診しているのは、主治医の吉村先生だ。


「ほんの少しですが、しこりが小さくなっている気はしますね。それに、顔色が良い。このまま、快方に向かってくれることを願っています。ここ数日は、治療方針を変えたわけでもなければ、投薬調整を行ったわけでもないのですが…。でも、原因不明のこの病気ですから、原因不明で快方に向かっても何の不思議もありません…ね。」


「有難うございます。本当に、良くなっていますよね。気のせいではないですよね。」


「気のせいではないと思いますよ。今朝よりもバイタルの状態も良くなっています。血圧や心拍、SPO2の値がです。ですから、気のせいではないですよ。」


「じゃあ、凛。明日も来る。このまま元気になっていくんだぞ。」


「あの…、先生。明日、仕事の関係で、少し遅くなるんですが、病室によっても良いですか?いや、寄らせてください。凜にとって、とても大切なことだと思うんです。理由は…、気持ちの支えです。宜しくお願いします。」


父も魔力を抜くためとかと医者に言うほど常識外れではなかった。しかし、急激な状態の回復の理由が分からない以上、気持ちの支えは、医者も否定できない。


「ナースセンターに連絡しておきます。ただ、あまり遅くなると他の患者さんの治療の妨げになりますので、できるだけ早くいらして下さいね。」


「はい。」


父は、もう一度凜の顔を見た。仄かな赤味を帯びた頬。静かに上下する胸と安らかな寝息を確認すると病院を出ることにした。


「頑張ったな。明日も、頑張ろうな。」


もうすぐ消灯時間になる病院を後に、家路を急ぐ父の足取りは軽かった。そう、何年振りかに。

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