第12話 猫のちゅーから逃れられない。

 先日カサンドラさんの時も思ったけど……。

 なんだろう、この下げては上げてくる感じ。これが女の子ならではの処世術なのだろうか。あ、めちゃくちゃ好きかもしれない。やっぱり女の子ってかわいいな。


 でも……一方的な好意ほど迷惑なものもないよね。


「あの……セレニカさんは、私のことが嫌いなんですか?」

「えぇ、嫌いよ」


 うぅ、即答されてしまった……。

 やっぱりこれは、仕方ないことなのだろうか。


「それは、私が悪魔令嬢だから……」

「違うわ」


 またまた即答は予想外。

 私がその理由を問おうとした時だった。


「俺が婚約者候補の筆頭に彼女を挙げていたからかな?」


 それは、まぎれもなくアシュレイ殿下の声だった。

 だけど、どこを見渡しても気配はするのに姿はない。声が聞こえた向きは下の方。そちらを見やればのしのしとミャアちゃんが歩いてきているではないか。


「みゃあ!」

「ミャアちゃん⁉ こんなところに入ってきたら――」


 危ないよ、とミャアちゃんを抱き上げた時だった。

 私の腕の中でミャアちゃんが光る。

 そして次の瞬間、私の腕の中には銀髪美形王子アシュレイ殿下がいて。


「みゃあ♡」


 鳴き真似とともに顔の横でこぶしをゆっくり握るも――猫ではない。図体大きな殿下である。父様に八つ裂きにされたのに立ち上がった刺客を見た時よりもビックリである!


「みゃあひゃんがあゆれいでんかに⁉」

「あはは、ミーリャ嬢はお父さんから王族の変身能力……呪いについては聞いていなかったのかい?」

「あいつらはおかしいってことしか聞いてません!」

「あはは~、ほんとデイバッハ家は不敬者ばかりだなぁ」


 身の危険を感じて慌てて遠のくも、


「呪いって……そんな非現実的な!」

「いやぁ、俺からしたらデイバッハ家の物騒さの方が非現実的なんだけど……まぁ、呪いといっても大したことはなくてさ。代々王の後継者が引き継いできた呪いで、本当に愛する女性と口づけしたら解けるものらしいんだよ。適当に政略結婚ができないこと以外は便利しかないから、あまり深刻にならなくていいよ」


 なんですか、そのメルヘンな呪いは⁉

 めちゃくちゃかわいい! 

 殿下は男の人のくせに、実はめちゃくちゃ可愛かったの?


 あれ……と、私は思い至る。

 セレニカさんが言っていた『殿下の〈癖〉』というのも、その呪いのことだったのでは? その猫化の呪いを口づけで解くことが憧れだったのだとしたら……。


 わあああああ、やっぱりセレニカさんかわいい!

 めちゃくちゃかわいい女の子だっ!

 

 私の興奮を「さて」と置いたアシュレイ殿下が、顔の向きを変えれば。

 すでにセレニカさんは膝をついて臣下の構えで顔を下げていた。……スカート、汚れてしまうのに。


 そんなセレニカさんに降らす殿下の言葉にあまり抑揚はなかった。

 

「セレニカ=フォン=コンスタンチェ。今回は少しおいたがすぎたな」

「申し訳ございません、アシュレイ殿下」

「俺には謝らないでいいよ。ただきみを婚約者候補から外すだけだから」

「……はい」


 そして、アシュレイ殿下が二回手を叩く。


「皆の衆。あとで正式に発表するが、皆も気になるところだろう。今この場にて俺の婚約者候補が全員決定した。簡易的にではあるが、この場で発表させていただこう」


 次々と発表される名前は三名。すでに打診がされていたのか、全員この場に居合わせており、順次頭を下げていく。どれも有名な実績と家名の人ばかりで、その誰がアシュレイ殿下と婚儀を結ぼうと異を唱えるものなどいないだろう。


 そして、私はアシュレイ殿下に両手で手を包まれる。


「現宰相家の令嬢、ミーリャ=フォン=デイバッハ嬢。俺の婚約者候補として、共に歩んでくれるつもりはあるかな?」


 その優しい笑みから放たれた問いかけに、私は大口を開く。


「あ、あるわけないじゃないですかっ⁉」

「えっ、まさかの拒否?」


 殿下が苦笑し、まわりの生徒らがざわめいている。

 なんか、明らかに悪目立ちしているけど……私は断じてアシュレイ殿下の婚約者になるために入学したわけじゃないのだ。


「私は女友達がほしくて頑張って入学したんです! 男の人なんて、みんなどこの内臓をとるのが一番恐怖を与えながら殺すことができるか高笑いしながら話しているんだから~!」

「だからそんなのデイバッハ家だけだと思うけど……」


 それでも断固拒否である。

 友達もいないのに結婚とかありえない。だってせっかく結婚式を挙げても、誰が友人代表のスピーチをしてくれるのか。縁もゆかりもない相手を父様が用意する? そんなのまったく嬉しくないっ!


 私が「このお話はなかったことに!」とこの場を去ろうとするも、殿下は手を離してくれない。


 だって、セレニカさんは?

 セレニカさんは殿下の猫化のことも知っていたのなら、おそらくこう考えたのだろう。『アシュレイ殿下が婚約者にミーリャ=フォン=デイバッハを選ぼうとしている』と。だって『裏庭で悪魔令嬢が使い魔を飼っている』なんて陰口叩かれているくらい私とミャアちゃんのことは有名だったもの。


 その一連の交流が、殿下にとっては『婚約者選びの一貫』で。

 それで嫉妬してしまい、人の手を使ってこんなことをしたのなら……。


 えええええ、かわいい! 

 恋の嫉妬で『デイバッハ』に喧嘩を売ってきたんでしょ? 

 公爵家とはいえ、ただのこんな綺麗なお嬢さんが?


『恋は盲目』というけれど、すごいね。恋する女の子はかわいいね!

 ……で、こんなかわいいセレニカさんをさておいて、私が婚約者?


 そんなの絶対にありえないっ!


 それなのに、殿下は私を諭すように説得し始めてしまう。


「ちゃんと宰相家の令嬢だから婚姻を申し込んでいるわけじゃなくてね? きみの困難にも前向きに取り組むところとか、動物に優しいところとか、早々簡単に死ななそうなところなどを見込んで候補に挙げさせてもらっているのだけど――」

「そりゃあ、『殺さやられるよりも先に殺さやらない』と父様に殺されるじゃないですかあああああああ!」

「いやぁ、デイバッハ卿の教育はブレないねー」


 私は自分の関節を外して、殿下の手から逃れる。そりゃあ逆に殿下の手の関節を外して脱出したりする方法もあるけれど……おそらく王族に痛い思いをさせたらアウトである。権力はツラい。ボキッとした音に殿下が一瞬驚くけれど、私がすぐさま関節を嵌め直している間に気を取り直してしまったようだ。


「ミャアちゃんのお願いでも聞いてくれないにゃあ?」

 

 猫語を話した殿下が再び光る。次の瞬間、私の足元には銀色の毛並みが美しいシャム猫ミャアちゃんがいた。「みゃあ?」と甘えるように鳴かれても……。


 ――耐えろ、私。これは殿下、これは殿下!


「ぜったいに殿下の婚約者なんかならないんだから~~!」


 それでもミャアちゃんの可愛さに、ついつい抱っこはしてしまえば。

 その猫にちゅっ、と頬を舐められてしまう私である。


「へ?」


 我に返った時にはもう遅し。腕の中に再び人間の殿下がいた。

 猫語を喋る殿下がニヤニヤしている。


「これで呪いは完全に解けちゃったにゃ~。俺、猫の姿も気に入っていたのにな~。どう責任をとってもらおうかにゃ~?」

「にゃ~~~~~っ⁉」




 その後、私が私室で寝ようとしていると矢文が届く。

 私のこめかみまで三ミリの所で受け止めた手紙にはこう書かれていた。


『候補に名を連ねるか。死か。  父より』

「ひいいいいいいいいいい⁉」


 どうやら私に逃げ場などないようである。

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