第11話 あなたが作ったの?
カサンドラさんはそのナイフ、隠しているつもりかもしれないけど……不慣れがみえみえ。他の生徒からも見えているようで、悲鳴をあげている生徒らもいる。
――が、こんな素人のナイフで殺されようものなら、あの世まで父様が怒鳴り散らしにくるに違いない。私はナイフの刃を二本指で掴み、簡単に彼女から奪い取って自身の制服の裏に隠す。そしてそのまま腕を引いたままカサンドラさんの背に回った。後ろ手を捻られて「痛いっ」と言われたから、すぐに力を緩めるも。
同時に私はカサンドラさんに話す。
「カサンドラさんの婚約者なら、父様に連絡して保護してもらってますよ」
「えっ?」
「王宮で働いているんですよね? セレニカさんのお父様が働いている部署だとか。でも大丈夫です。私がセレニカさんに嵌められた旨を話したら、迅速に動いてくださいました。しょせん子供の小競り合いとのことなので、公にはしないとのことですが……代わりに学園内でのトラブルは私の裁量で片付けるよう命じられてしまいました」
ちなみに父様に事情を説明している間、私はずっと針山の上に正座させられていた。同時にその態勢で、もちろん父様は『デイバッハの血が流れているくせにたかだか女子供に嵌められるなど』とめちゃくちゃ叱ってきたものだから……しばし『デイバッハ』モードが続きそうである。ちなみに、私もたかだかの『女子供』なんだけどね?
それはそうとして、私はカサンドラさんの実家に行ったときに気になったことを告げておく。
「あとカサンドラさん。実家の猫のシャランちゃん、最近食べ過ぎて体重が増えているようなので、少々ダイエットさせてあげたほうがいいかもしれません」
「だからあなた怖いんだってば~~っ!」
そんな、私は親切心で教えてあげたのにっ!
あまりのショックで『デイバッハ』モードが途切れそうになる。
すると、誰かの嘆息が聞こえた。
顔をあげれば、セレニカさんが観念したとばかりに腕を組んでいた。
「……わたくしを、どうするつもり?」
「どうもしません」
即答すれば、セレニカさんは再び目を瞠る。
「えっ?」
「だから、どうにもしません。だけど一つお願いがあります」
「ふん、何かしら?」
きっとセレニカさんも、今悟りを開いているのだろう。
退学とか、修道院に行くとか、そんなすべてを捨てる覚悟。
だってわかっていないはずがないもの。
『デイバッハ』を敵に回せば、どうなるのか――彼女なりにきっと命がけの作戦だったに違いない。それほどまでに、私を陥れることで手に入れたいものがあったのだ。
その熱意に応えるために――私も命がけの願いを叶えてもらおう。
「私のお菓子をこの場で食べていただけませんかっ?」
「……それで死ねと?」
「違いますよ! ただ毒が入っていない旨を皆さんに証言していただきたくて!」
私の地獄耳が「こいつばかなのかな?」と言った誰かの声を捉える。
ひどいな、私は真面目だ! どれだけ怖い思いをして父様を説得して友達作りに学校に来たのか、ぜひとも演説させてもらいたいものだ。そんな演説しようものなら、間違いなく私の首が物理的に空を舞っているに違いないけど。
だから命がけという点で、これは十分等価の願いなのだ。
「あの……人脈のあるセレニカさんが証明してくれたら……これから私のお菓子をもらってくれるひとも……出てくるかもしれないじゃないですか……」
だけど、それがきっと他の人にはなかなか伝わらないと思うから。
私はちゃんと今朝方作ってきたクッキーを手渡す。このクッキーは、セレニカさんだけに食べてもらうつもりで作ったもの。
それを、セレニカさんは不服そうにしながらも受け取ってくれた。
そして、簡易包装のリボンを解いて……一口。
――想いよ、届いて!
咀嚼を終えたセレニカさんが口を開く。
「甘さが足りないわ」
「がーんっ」
「しかもバターは安い物を使っているの? なんかボソボソする。香りも足りないどころか、薬のような臭いがするわ。変な草でも入れているの?」
完全に『デイバッハ』モードは崩れた。
もう泣く寸前である。
そりゃあ、素人の横好きで作っていただけだから、お店のお菓子なんかと比べ物にならないことくらいわかっていたけれど……。ちょっとでも父様や兄弟に食べてもらえたらと昔、体力増強効果のある薬草入りを作っていた応用で、美肌効果のある薬草をちょっと混ぜた方が喜んでくれるかなーとか、思ったりもしたんだけど!
私はうつむいてウジウジしていると、セレニカさんが聞いてきた。
「これ、あなたが作ったの?」
「はい……」
呆然としながらも聞かれたことに端的に応えれば。
セレニカさんが「ふん」と鼻を鳴らした。
「ま、素人が作ったにしては美味しいんじゃない?」
私は即座に顔をあげる。
このセレニカさん、可愛すぎないか⁉
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