第10話 花に罪はない


 次の日、私がこめかみ三ミリの所で受け止めた矢文にはこう書いてあった。


『人がいるなら言え。  父より』


 私の事情なんて諜報員を介して父様に筒抜けであるが、それがかえってラクな時もある。私は一日授業を休み、実家に戻った。そして最低限の会話と報告だけをして、必要最低限の場所を巡り――学校に戻れたのは、あれから二日後。


 あれだけのトラブルを起こし、挙げ句に二日休んだ私に対する視線は冷たい。


「退学したんじゃなかったのかよ」

「こわい……今度はわたしが狙われたら」

「今度は暗殺でもするんじゃないだろうな」

 

 でも呪いなんて非現実的な現象ではなく、毒や暗殺と現実な手腕になってまだ耳障りがよくなったと思う。クラスの教室へ向かえば、私の机の上に一輪の花が置いてあった。あれはよく葬儀の時に使われる花だ。まわりを見渡せば、クラスメイトはわざとらしく視線を逸らす。


「お花に何の罪もないのにね」


 ただ、そこで懸命に咲いているだけ。

 ちなみにこれを用意した人は花粉に毒性があることを知っているのかな? まだ花粉が残っているけど、ちゃんと手は洗ったのかな?


 花瓶におしろいを叩いてみれば、案の定指紋が残っていた。

 当然、友達候補の指紋情報くらい暗記していた私は「お花を触った手で物を食べたりしませんでしたか?」と尋ねに行った。「ごめんなさあああああいっ!」とこの子はすぐに寮に戻ってしまったけれど。


 ……そんなに今の私、怖いかな?

 窓の反射で姿を確認してみれば、目つきの悪さがいつもの三割増しになっていた。一度実家に戻ったせいか、すっかり『デイバッハ』モードになってしまっているらしい。


 まぁ、仕方ない。実家に戻って父様と会話すると、いつも陥る『デイバッハ』モード。その視線だけで鳥も落とせると家族からは大評判だが、行き交う人々も逃げていくので、仕事は捗るものの私はまったく嬉しくない。ちなみに気が抜ける出来事があればすぐに戻る。


 とまぁ、そんなこんなで昼休みである。

 私が向かう先は――もちろん食堂のテラスだ。


 そこの一番いい席には見覚えのある女生徒らが座っている。私を見つけて、まず先に視線を逸らしたのがカサンドラさん。お元気そうでなによりである。


 だから私はその中で一番輝いている女性にまっすぐ話しかけた。


「お尋ねしたいことがあります」


 セレニカ=フォン=コンスタンチェさんがゆっくりとこちらを向く。

 微笑を浮かべる瞳に親しみはない。


「何の用かしら? ミーリャ=フォン=デイバッハさん」

「カサンドラさんの婚約者の方がセレニカさんの足を踏んでしまった時、そんなに大層な怪我をしてしまったのですか?」


 私の問いかけに、セレニカさんが目を瞠る。

 そんなに驚くことかな。このくらい、カサンドラさんのご実家に調べに行ったらすぐにメイドさんたちが噂話をしていたけれど。幸い、カサンドラさんはご実家から学校に通えるくらい近い領地なので、これを調べるだけなら一日で十分終わったのだ。あとの一日は、父様からの説教である。


 その地獄で開いた悟りを覚えているうちの私に、怖いものなどない。

 私は淡々とセレニカさんに事実を確認した。


「先月のパーティーの時に、カサンドラさんの婚約者さんがセレニカさんとダンスをしたんですよね? その時にセレニカさんは足を踏まれて数日歩行に支障があったとのことですが、カサンドラさんの婚約者は男性にしては小柄で細身な方なので、体重差を鑑みてそこまで大怪我するとは思えません」

「あら、そのパーティーにミーリャさんも参加していたのかしら?」


 ご挨拶できずに残念だったわ、とセレニカさんが白々しく苦笑する。

 それが、私はとても悲しかった。


「話を逸らさないでください。その時のお詫びとして、カサンドラさんがセレニカさんの命じたまま、先日毒を盛られたフリをしたことの真偽を問うているのです」

「まさか自分の無実を証明するために、わたくしたちに濡れ衣を着せようとしているの?」


 私が暗に気が付いたよと言っている段階で『ごめんね』と言ってほしかったのに。そうしたら、私も『いいよ』てすぐに許せたのに。


「心拍数が上がりましたね。そして若干左目が動きました。どなたを探しているのですか? お手伝いしますよ。家業柄、人探しは得意なんです」


 正直、セレニカさんが誰を気にしているのかまでわからない。

 あからさまに共謀者のカサンドラさんではない様子だ。


 だけど、カサンドラさんは――


「この、大嘘つきがぁっ!」


 と、こちらに駆けてくる。その手元には小さなナイフを持っていた。

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