第8話 夢みたいな時間


 食事の味なんてまったくわからなかった。

 夢みたいだ! だって本当に女の子に囲まれてお天気の話をしている。


「今日はいい天気ですね」

「近日中に薔薇園に新しい花を増やすそうですわよ」

「隣のクラスの方が先日お見合いをしたそうでして……」


 うん、ものすごくどーでもいい!

 だけど、そのどうでもいい会話をしながら同じ時間を過ごすっていう行為が尊い! 一緒に無駄をするってなんて贅沢なんだろう。暇な時間があれば少しでも誰かの弱みを探ってこいだの、暗器を磨けだの、実家ではそんなことばかり言われていたからなぁ……。


 そんな和やかな時間ももうすぐ終わり。

 食後の紅茶がでてきた。このお茶を飲んだら、この優雅な時間も終わり。


 今こそ……お菓子を食べてもらうチャンスでは?


 ここまで話しかけられたらコクコクと頷いていただけの私。

 意を決して「あにょ!」と声をあげる。

 声がひっくり返ってしまったけど、ええいままよ!


「よければ、これ!」


 私は今朝方作ったマドレーヌを差し出した。たくさん作ってきてよかった。十分みなさんに食べてもらえる。


 だけど皆さん、顔を見合わせて。困っていて。

 やっぱり私のお菓子なんて、食べたくないよね……。


「ごめんなさい。わすれて――」


 そう取り下げようとした時だった。

 まさかのカサンドラさんが私のマドレーヌを手にする。


「べ、別に⁉ ちょうど甘い物が食べたいと思っていただけでしてよ!」


 なんだろう、このツンツン具合。

 とても、可愛いのではなかろうか⁉


 そして、パクリと。

 カサンドラさんは赤い口を大きく開けて、私のマドレーヌを食べてくれる。


 う、うれしい……すごくうれしい!

 こんな夢みたいなことがあっていいのだろうか。しかも、昨日あんなに喧嘩(?)したカサンドラさんが、私のお菓子第一号になってくれるだなんて!


 このまま仲良くなれたりしないかな?

 猫好き同士、いつかカサンドラさん家のシャランちゃんを合法的に紹介してもらえたり……あの白いモフモフの猫をいつか堂々とモフモフさせていただきたいと思っていたんだ。


 あぁ、夢が広がる。

 やっぱり父様に無理をいって学校に通ってよかった。

 今までツラいことも多かったけど、生きてきてよかったよぉ……。


 そう、思わず泣きそうになっていた時だった。


「うっ……」


 カサンドラさんが口を押えて呻きだす。どうしたのかな、マドレーヌを喉に詰めらせた? だけど顔色も問題なし、呼吸は敢えて止めている? 鼓動は早鐘を打っているように早い。


 しかも、そのままカサンドラさんは椅子から崩れ落ちてしまう。


「カサンドラさん⁉」


 私たちの席ならず、まわりも異変に気が付いたのか騒然とし始めた。

 喉に詰まってしまったのなら背中を叩かないとだし、別の問題などしてもひとまず体温を確認してみようと、私が立ち上がろうとしただった。


「まさか……毒……?」


 同じ席についていた令嬢のひとりが、そんなことを言う。

 毒? まさか紅茶に盛られていた?

 でも同じティーポッドから注いでもらった私の紅茶に毒の気配はなかった。ならばカップか……だけど、すべては後回し。ひとまずカサンドラさんの安否が大事と思ったのに。


「動かないで!」


 セレニカさんが叫ぶ。

 そして、とても悲しそうな顔で私を睨んでいた。


 その意図は明らかだ。私を軽蔑した目。裏切られたと失望する目。


 ……え?


「私、毒なんていれてない……」


 当然、私は勘違いだと事実を口にするけれど。


 今まで一緒に楽しくランチを食べていた全員が。

 遠巻きからこちらを眺めていた全員が。


 その目で強く訴えていた。



『この、悪魔令嬢め』


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