第3話 綺麗な人はとても優しい。
「――ていうことでねミャアちゃん。もしかしたら最高のお友達ができるかもしれないんだよ~」
「みゃあ」
今日はなんて素敵な一日だったのだろう!
朝はよくわからない殿下に絡まれてしまったけど、お昼にはセレニカさんっていう素敵な女の子にお菓子をあげてしまったし、放課後も珍しく二日連続でミャアちゃんに会えてしまった。
ミャアちゃんは珍しく泥だらけでなかったから、今日は猫じゃらしで遊んでいる。といっても猫じゃらしを持ち合わせていなかったので、鎖鎌についた分銅鎖をユラユラ揺らしていた。
「あ、ミャアちゃん⁉」
ミャアちゃんがどこかに走り去ってしまう。
やっぱり鎖鎌にじゃれるのは嫌だったのかな……。
「どこに行くんだろう……」
いつもはこのまま見送るんだけど、今日に限ってなにか胸騒ぎがする。
「宿題もないし……追いかけてみるか」
気まぐれな猫の足取りなんて、命がけで逃亡する暗殺者を追うより簡単だ。ミャアちゃんは薔薇園の方へ向かうらしい。その途中、なんでか水たまりにダイブしてゴロゴロするミャアちゃん。あれかな、お風呂に入っているつもりなのかな? もちろん余計に汚れちゃっているから、逆効果なんだけど……。
「むふふ」
可愛い。無駄を極めた行為だからこそ可愛い。
だけどこれまた綺麗にしてあげなきゃと、ミャアちゃんを捕まえようとすると……また逃げてしまったミャアちゃんである。まぁ、本気で捕まえようとしたら簡単なんだけどね。ちょっとミャアちゃんの行動範囲が気になるから、このまま追いかけることにしよう。
そして、いよいよたどり着くのは薔薇園である。生垣がたくさんあるので身を隠すには絶好の場所だ。私はあずまやでお茶会したり、ベンチで男女の逢瀬を交わしている生徒らの視線を搔い潜って、ひたすらミャアちゃんの様子を見ていると。
「おや?」
少々看過できない事件が起こる。
「あら、なぁに。この汚い猫」
ミャアちゃんはお茶会中のあずまやに寄っていった。いいなぁ。放課後に、あずまやでお茶会……まさに私の憧れである。そこに可愛い猫でも寄ってこようものなら、話題にもなるし、まずみんなで愛でられる。素敵しかない。そのままみんなで飼い主探しをしても楽しそうだ。楽しい妄想はいくらでも膨らむ。
それなのに……同じクラスの令嬢のひとりが、ミャアちゃんにとても険しい顔を向けていた。
「ほら、どっか行きなさいっ。私の靴が汚れるでしょう⁉」
足にスリスリしようとするミャアちゃん。たしかに泥だらけだから靴やスカートが汚れてしまうと懸念する気持ちもわからないでもないけど……それでも猫を蹴ろうなんて論外だ!
「だめええええええええっ!」
私は慌てて飛び出し、寸でのところでミャアちゃんを抱きかかえる。
蹴り飛ばそうとした足に私の腕が蹴られてしまうけど……こんなのただの擦り傷。兄弟と訓練する時のほうがよほど痛い。
なんとか、ミャアちゃんは無事だったようだ。びっくりしたのか、私の腕の中で青い目を丸くしているようにも見える。可愛い。私の制服が汚れるけど、こんなの洗えばいいのだ。ミャアちゃんに怪我がないなら安い物である。
それなのに――私はこんな可愛い子を害そうとした人がとても許せなくて、思わず文句を言ってしまう。
「ひどいです、アルデール伯爵家次女のカサンドラさん!」
「なっ、どうして悪魔令嬢が私の名前を⁉」
そんなに驚かれても。私は友達を作りに学園に来たのだ。
当然、友達候補である全学年の女生徒の顔と名前と爵位と趣味と特技と好きな食べ物と知人関係くらい調べてきている。
「アレルギーがあるとか、動物で怖い経験がしたことあるとかなら怖がるのも仕方ないと思いますけど、あなたは家でも猫のシャランちゃん三歳を飼っているじゃないですか。それなのにミャアちゃんは蹴ろうとするなんてあんまり――」
「どうしてうちの猫の名前までご存知なんですの⁉」
だってカサンドラさんは同じ猫好きとして友達になりやすいリストの上位に記していた方だったんだもの……。見込みが外れて私も悲しい。
私も友達ならば誰だっていいわけじゃないのだ。
優しくて、人や動物を殺さない人! たとえ人を殺したことがあっても五回くらいまでの……そんな普通の友達が欲しいのだ!
ちなみに私は今まで誰も殺したことはない。父様や兄弟からは『殺した方が早いのに』と度々文句と苦情を言われているが、今まで不殺を貫いてきている。だって普通の人は、そんな経験があるなんていったら怖がるよね? いくら任務で世のため人のためであっても、生理的にアウトだと思うのだ。それをアウトと思ってくれるような友達がほしいというのもある。
なので、私はカサンドラさんを友達になりたい人リストから外しつつ、この場を立ち去ろうとした時だった。
「この騒ぎはどうしたの?」
「セレニカ様っ⁉」
私より早く反応したのはカサンドラさんだった。
この近辺でお茶会をしていた他グループの中にセレニカさんがいたことも把握はしていたのだけど……まさか声をかけてくるとは思わなかった。
私が何か言うよりも前に、カサンドラさんがセレニカさんに詰め寄る。
「聞いてください、悪魔令嬢が今度は私を呪おうと――」
「悪魔令嬢じゃなくて、ミーリャさん、でしょ?」
セレニカさんの笑顔の指摘が、どこか冷たい。
その様子に、カサンドラさんも異様に緊張した面持ちだ。
そんなセレニカさんはカサンドラさんを置いて、私のそばへとやってくる。
「あら、汚れてしまっているじゃない。一緒にいらして。わたくしの使用人に綺麗にさせますわ」
「で、でも……」
セレニカさんは私の腕を引いてくれようとするも……そんなことしたら、セレニカさんの制服まで汚れてしまう。だからとっさに一歩避ければ、その間にカサンドラは割り込んできた。
「違います! 私はその猫を保護しようとしたのに、彼女が勘違いを――」
「嘘はよくありませんわ」
「そんな……、私は嘘だなんて!」
「わたくし、目を見ればわかりますのよ?」
にっこりと微笑むセレニカさん。だけどその瞳に温度はない。
青白くなるカサンドラさんを置いて、すぐに私に温かい笑みを向けてくる。
「彼女はわたくしのお友達ですから。友達の非礼を代わりに詫びさせて?」
「あ……はい…………」
その温度の変化に呆気にとられながらも。
セレニカさんは私の腕を組んでそそくさと歩き出す。制服が汚れることを気にする素振りがない。それでも先にカサンドラが極端に嫌がっていた姿を見ていた手前、申し訳ないなぁと思っていると。
途端、セレニカさんが声を潜める。
「さっき嘘吐いちゃった」
「えっ?」
急にくだけた話し方に疑問符を返せば、いたずらに成功した子供の用にセレニカさんは可愛く笑っていた。
「目を見たら嘘がどうかわかるだなんて……ただ一部始終を陰から見ていただけなの。陰湿でごめんなさいね」
「いえ、実際にそのような技術もありますので!」
拷問する時など、被疑者が嘘をついて罪を誤魔化そうとすることなんて日常茶飯事だ。だから実際に瞳孔のサイズや動きから真偽を見破るのは基礎中の基礎。慣れてくれば、心臓の鼓動やわずかな体温変化からも有益な情報が得られるようになる。
なので、目から真偽を判断するなど私も五歳の時には身に付けられた技術なので事実を告げたのに、なぜか私は感謝されてしまう。
「ふふっ、フォローありがとう」
それでは行きましょうかと、セレニカさんがますます身を寄せてくる。
その花のような香りに、私はくらくら酔ってしまいそうだった。
――たとえ、その笑みが嘘だったとしても。
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