第4話 これってもう友達なのでは⁉
私だって、まさか最初から本音で話せる友達ができると思っていない。
たとえその笑みが偽りだったとしても、少しずつ心を通い合わせることができたらいいのだ。だって愛想笑いなんてそんなものだもの。
急いては得物を仕損じる。
兄弟によって好みはまちまちだけど、一度狙った獲物はここぞという時までじっくり待ってから一撃で仕留めるのが私の好みである。
セレニカさんに連れて行かれたのは、特級寮だった。
そこの湯殿を貸し切られ、私はセレニカさんの侍女のひとに丁寧に身体を磨かれる。
「気持ちいい?」
「はひ……」
お風呂はとてもいい匂いがした。実家の殺菌効果の強いミントのお風呂とは大違いだ。そうだよね……別に毎日体臭と血の匂いを落とす必要はないんだものね。
髪も柑橘系の泡でふわふわ洗ってもらい極楽である。あまりの気持ちよさにうつらうつらしていると、服が濡れるのも厭わず私を覗き込んでいたセレニカさんが聞いてきた。
「ミーリャさんは元からアシュレイ殿下とお知り合いだったの?」
「そんにゃわけないじゃないですか~……」
ぼんやりと答える。あーきもちい。
陰で護衛をしたことは何回かあれど、表立って会話をしたのが今朝が初めてだった。もう二度となくていい機会である。だって今日もクラスメイトからコソコソされっぱなしだったんだもの。『媚薬でも盛ったんじゃないか』とか『呪いでもかけたんじゃないか』とか。そんなわけないのに。そもそも女の子以外興味もないのに。
だから私は「そんなことより」と問いかける。
「昨日のお菓子はどうでしたか?」
「昨日……あぁ、あれね」
セレニカさんはワンテンポ遅れてから答えた。
「すごくおいしかったわ。また作ったら分けてもらっていいかしら?」
「……もちろんです」
あぁ、嘘つかれたなぁ。
セレニカさんのわずかな瞳の動きから、私はそう判断する。
だけどいいのだ。たしかに手作りのお菓子を食べるとか、公爵家の方にはハードルが高いよね。毒味役とかもいるだろうし。
友達の道も、一歩から。ここから少しずつ仲良くなっていけばいい。
そう考えていると、セレニカさんはまた聞いてくる。
「ミーリャさんはアシュレイ殿下の婚約者候補選びのことを知ってる?」
「あ~……この学園の生徒から、婚約者を物色しているって話ですか?」
家業の癖で、私も一応一通りの噂は把握しているつもりである。
その中でも女の子に人気の噂が『アシュレイ殿下の婚約者候補選び』。調査方法などは知らされていないが、殿下自ら選んでいる真っ最中だということ。
なぜ『婚約者の候補』なんて紛らわしいことをしているかといえば、代々それが風習だからだ。
候補を四人ほど選んで、平等に妃教育を受けさせる。
その中で、さらに王太子に選ばれた者が正妃として隣に立つことが許されるらしい。ちなみに他のあぶれてしまった人たちはそのまま側室として籍を置くこともあるし、まったく別の人と婚姻を結ぶ場合もあるという。そのため、『婚約者候補』に選ばれるというのはそれだけでデメリットのないステータスとなるため、貴族の令嬢らはこぞって王太子殿下にアピールしているのだという。……私以外は。
そもそも、その選考基準が謎なのだ。以前父様に少し聞いてみた時も『
そんな私の事情はさておいても、その筆頭候補がこのセレニカ=フォン=コンスタンチェさん。家柄も公爵家で、お父さんが王宮で財務を取り仕切る偉い人、ということで申し分ない女性だということだ。
「ミーリャさんも……やはり狙っているのかしら?」
「そんにゃわけ――」
にゃいじゃないですか、とぽやぽやのまま答えようとしたけど、思わず閉口してしまった。だってふと見上げた筆頭候補のセレニカさんが……頬を赤く染めて、視線を泳がせて、心拍数も早くなっていたのだから。
なにこのかわいい子おおおおおおお!
大興奮である。殿下の婚約者選びの話題で、こんなにも紅潮しているということは――いやいやこれはもしかして、噂に聞く『恋する乙女』状態なのでは⁉
うわああああああ。うわあああああああ⁉
そうかぁ、セレニカさん。アシュレイ殿下のことが本当に好きなんだああ?
うわぁ、恋する乙女と会話をしている。
これはすなわち恋
恋
「ミーリャさん、そんなポカンとお口を開いたままどうしたの?」
「だだだ、だって、夢みたいで!」
「夢?」
小首を傾げたセレニカさんの心拍数が少し落ち着いていた。これはあれかな。『話題が逸れてよかった』という安堵かな? うわーつまりさっきの恋
でも……でも…………。
もしも私がセレニカさんの立場だったら……。
多分きっと、こう言ってもらいたい。
「セレニカさんとアシュレイ殿下、すごくお似合いだと思います!」
「何をいきなり……」
「二人とも美男美女で並んでいる姿を想像するだけで尊いし、それにセレニカさんはすごく優しいです。まさに女神です。アシュレイ殿下がどんな人かよくわからないけど、絶対にセレニカさんのこと好きになると思います。というか、好きにならない男性がいるとも思いません!」
まぁ、しいて例外を挙げるなら父様か。父様はめちゃくちゃ怖い人だが、母様には一切逆らえないらしい。母様は病弱で、ずっと地方で療養しているのだけど……父様はどんなに仕事で忙しくても、たとえ内乱が起こっていようが、謀反の企てが発覚しようが、力業ですぐさま解決して、三か月に一度は母様に会いに行っている。
ともあれ、そんな最凶人間のことをわざわざ話す必要はないので。
私が一気に捲し立てれば、セレニカさんが私にお湯をかけてきた。
「もう、いきなり何を言ってるのよ!」
口元に手を当てているけど、はにかんでいるのがバレバレ。
そんな主の様子に、私の髪をすすいでくれている侍女の人もニコニコしていた。
たしかにこんな綺麗で優しくて可愛い人がお嫁さんになるなら、アシュレイ殿下も幸せだろうなぁ。もう候補なんて言わず、一気に結婚しちゃえばいいのに。
私は再びお風呂でぽやぽやしながら、そんなことを考える。
王太子妃になっても、お友達でいられるといいな。そんな妄想をしながら。
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