第一章 朧月ノ祓 其の四、
第一章 朧月ノ祓
其の四、
「——こ、ここは!?」
晴明ははっと気づいて、辺りを見回した。
ここは二条大路と大宮大路が交わる四つ辻の手前であり、晴明もまた陰陽師見習いの少年のままだった。
「やっとお目覚めかな」
顔のない鬼は小莫迦にしたように笑った。
「あ、あれは、夢だったのか」
晴明は依然として、朧月夜の下で顔のない鬼を前にして、師匠の賀茂と一緒に、金縛りに遭っていた。
「あれは儂が見せてやった貴様の夢、貴様の未来の夢だよ」
「あれが、私の未来だって?」
「貴様はこれから、色々な物の怪に会う事になるだろうさ。その中には、人間だった者もいるに違いない。そして貴様は、いずれ思い知る事になる。人の業、というやつをな。貴様はその時、どうする?」
「…………」
「貴様は人でありながら物の怪を娶った父親の事を恨むか、それとも物の怪でありながら人に懸想した母親の事を恨むか?」
顔のない鬼は両目がないというのに、晴明の事を見据えるようにして質問してきた。
「これから先ずっと、誰にも本当の姿を見せずに、本心を隠して生きていくのか?」
顔のない鬼が、尚、問いかけてきたのは、晴明が今日まで胸の内で繰り返し、結局は、答えを出す事ができなかった疑問だった。
晴明にとって物心ついた時から疼く、目には見えない傷である。
春の夜、霞がかった月の下で、どれぐらい考えていただろうか。
晴明には顔のない鬼の事が、鏡に映ったもう一人の自分のように感じられていた。
「——私は」
晴明は意を決したように口を開いた。
この日の事は、巷間に流布する安倍晴明の伝説において、彼が陰陽道の術を駆使して師匠を助けて、百鬼夜行から姿をくらました事、それだけが伝わっている。
頭から二本の角を生やし青紫色の肌をした顔のない鬼の事は、一切、語られていない。
後世の人々は、晴明が顔のない鬼と出会い、この先、どんな未来を選択するつもりなのか質問された事も、ましてや、何と答えたかなど知る由もなかった。
平安時代より千年の時を経た今日では真相は杳として知れず、数々の伝説だけが残っている。
——まるで、春の夜に霞んだ朧月のように。
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