ペンは剣よりも強し

米太郎

詠唱とは、好きを語ること。

「岡崎弘子を出してもらおうか」


 収録中に、いきなりスタジオに鎧の男がやってきた。

 漆黒に染まった西洋スタイルの鎧。

 ヘルムは顔まで覆い被さっていて、中にどんな人が入っているのかが見えない。

 全身に纏った鎧は、スタジオの照明でいやな光り方をしている。



「誰ですか?! ‌いきなり、乱入してくるなんて聞いてないよ。よくわらかないけど、岡崎さん、指名です」

 スタジオにいたブッコローも、慌てて私を指名してきた。



 指名とあれば、私が応対するしかないのですね。

「ど、どんなごようでしょうか……?」


 鎧の男は、姿勢を正して名乗り始めた。

「我は暗黒騎士。強いものを求めて、異世界より参った」

「は、はい……」


「ペンは剣よりも強し。この世界ではペンが最強の剣らしい。ペンをこよなく愛するお前を倒して我は最強を名乗る」

 そう言うと、身長と同じくらいある大きな剣を構えた。


「言っていることがあまり理解ができないんですが……」

 暗黒騎士は、禍々しいオーラを身に纏っているように見えた。


「あの、暗黒騎士さん。ペンは剣よりも強いってそういうことじゃ……」

 ブッコローが恐る恐る止めに入るが、暗黒騎士は聞いてるのか聞いていないのか、剣を構えたまま待っているようであった。


「しょうがない、岡崎さん、やってあげて。愛用のペンを紹介してあげて。ペンは剣よりも強いところをみせてあげて。ペンの好きなところ全部語って聞かせてあげて!」


「そう言われても……。とりあえずカンペが出てるのでペンの紹介をすればいいんですね。じゃあ早速。こちら、私のおすすめのガラスペンです」

 私は、今日の収録予定だったガラスペンを取り出した。

 まだ墨を入れていない綺麗な透明のガラスペン。



「な、なに!? ‌何もない空間から、いきなり剣を出すとは……。詠唱破棄の武器召喚……」

 暗黒騎士が何やら驚いているようだった。

 言っていることが相変わらずわからなかった。


「……岡崎さん。多分、紹介しながらペンを出して下さいってことですよ」

 ブッコローが耳打ちするように教えてくれた。


 なるほど。これは、よくわからない演出を試してみているんですね。

 とりあえず、私にできることはいつも通り紹介することです。


「これはですね、普通のガラスペンとは違ってですね。ダイヤモンドと同じカッティングがされているんです」


「ん!」

 暗黒騎士が何か気になったようで、構えを解いて剣を下ろした。


「それはどういうことだ。詠唱一部破棄で、我と戦おうと言うのか」

 暗黒騎士は少し怒っているような口調であった。

 ……詠唱一部破棄って何を言っているんだ?


「……岡崎さん。多分、省略しないでもっと細かく魅力を伝えて欲しいってことだと思います」


 なるほど。今日は異世界テイストなんですね。

 詠唱……?

 とりあえず魅力を余すことなく紹介しろと。


「わかりました、暗黒騎士さん。完全詠唱を所望されているということであれば、私がこのペンの魅力を余すことなく伝えて差し上げます。長時間の尺になったら、いつも通り編集でどうにか、上手いことしてください」


 スタッフさんの方を見ると、OKのカンペが出てる。

 打ち合わせにないドッキリをして。回りくどいです。

 完全詠唱。今日はさんざん語りつくしてよいと。

 こういう日があっても良いですね。



「それではですね。まずは、このペンの先の方を見てみてください。先ほど途中まで言っていたダイヤモンドカット。これはペン先に見えます。これはですね、ダイヤモンドのようにペン先がキラキラ光ってみえて。とても綺麗なんです」

 キラキラしたペン先を暗黒騎士さんへ見せる。


「……ちょっと語りの途中ですけど、岡崎さん。ペン先がダイヤモンドカットになっていても、インク入れちゃったら分からなくない?黒色インクなんて入れたらキラキラして見えなくない?」

 ブッコローがすかさずツッコミを入れてくる。


「そう言われると思って用意しておきました黒インク。これをつけるとですね……」

 ガラスペンを黒インクにあてると、どんどんと黒インクをすって、ガラスペンが黒色に染まっていった。


「どうでしょうか。じっと見てみてください。黒くても光って見えるでしょ」


 暗黒騎士も近寄って見てくる。

「……確かに、我が鎧よりも綺麗に光って見える……」


 暗黒騎士は距離を取り直して、剣を構えた。

「それでは、そのペンと我が剣。どちらが強いか勝負といこう」



「この良さが分かってくれて良かったです。それでですね、書き心地もとても良くて。どうぞ書いてみて下さい」


 暗黒騎士は少したじろいだ。

「……お前の詠唱は終わらないというのか。まさか、追加詠唱……。良いだろう。お前の全ての力を込めてみろ」


 暗黒騎士へガラスペンを渡した。

「それではこのペンで書いてみて下さい」

「……我は、このペンで書いて見ればいいのだな」


「はい。そういうことです。思いっきり力を込めて書いてみて下さい」



 暗黒騎士が紙に力強く線を書いた。

「……良い書き心地だが、普通と言えば普通……」


「暗黒騎士さん、分かってないですね。ガラスペンの先は割れやすいんです。あなたみたいな人が力を入れて書いたらまず割れちゃいます。けど、このペン先がダイヤモンドカットになっていることで、この強度を実現しているんです」


「……なるほど。実用性も兼ね備えていると……」


「……それでですね。このペンの持つ部分もですね……」




 その後も散々語り尽くしていると、暗黒騎士は消えていた。


「岡崎さん、グッジョブ。暗黒騎士を追い払うなんて。はぁ、ドキドキした」

「変なドッキリしないでくださいよ。とりあえずガラスペン魅力がある伝えられて良かったです」


 あれ本物でした。

 と、カンペに書かれていた。


「そうなんですか……私てっきり演出かと……」

「ペンは剣よりも強しと言ってたけど、好きを語る詠唱はどんな魔法よりも強いんだね」


(おしまい)

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