20

 千葉は凄まじい眠気に襲われているのか、口を大きく開いて再び欠伸をすると伸びをして、両手を後頭部で組み合わせた。今にも閉じそうな目はいつもより黒い隈で縁取られている。

「だが……手が込んでいるわりに詰めが甘くないか?」

「もう、その話はええやろ、ツナ」

 東雲の説明に納得のいかなかった俺はそう発言をすると、千葉が遮るように口を開く。男を振り返るとさも俺を諌めるかのような表情をしていた。一瞬の沈黙ののち、とうとう真理愛が「あの!」と声を上げる。そこまで広くない会議室で意を決したように声を出したため、真理愛の高く大きな声が必要以上に響き渡った。その声に驚いた千葉はびくりと体を揺らすと、組んでいた手を頭上に掲げて武装解除のポーズをとる。真理愛も自分で思っていたよりも大きな声が出たらしく、頬を少しだけ赤らめて大袈裟なリアクションをとった千葉へ苦笑いを向けた。

「すみません、大きな声を出して……」

「ええよ。どうしたん?」

 千葉は手を目の前でひらひらと揺らすと頬杖をつき、真理愛の目を見つめた。見つめられたエメラルドグリーンの瞳が、いつもの真理愛であれば珍しいほどに自信なさげに伏し目がちになる。

「……ひまりさんは報復したい気持ちと瑛麻さんの友人で在り続けたい気持ちが半分半分だったのかと……計画が成功すればそれで良し、誰かに気づかれれば止めてほしかった……そういう気持ちだったんじゃないですかね」

「どうしてそう思うんだ」

 真理愛の分析に思わず口を挟んでしまった。自信なさげな真理愛の瞳が曖昧な微笑みでこちらを向く。

「ツナさんも仰っていたように瑛麻さんと田原家、どちらに対しても復讐心があったことには間違いないと思います。ただ私……お二方と一緒に過ごしていて、ひまりさん自身が本当に瑛麻さんのことを嫌っていたのか、わからなくて……すごく仲が良くて、私にもよくしてくれて。そして移入民支援のことに関して語るひまりさんの気持ちは本物だと思ったんです。そんな気持ちを持っているのに、でも瑛麻さんのことは憎らしくて……大ごとにするつもりでもなかったのかもしれません。失敗してもいい、と」

 バッと勢いよく紙の擦れ合う音がした。音の方を見れば、東雲が真っ赤でド派手な鳳凰の絵付けのされた扇子を取り出していた。男は開いた扇子で口元を覆い隠す。真っ赤なアイメイクのされた目元が薄っすらと微笑みを浮かべているのだけがわかった。

「人間の感情は複雑だからね。善い行いをする者が善人とは限らない。アヴェくんの言う通り、相反する思いが渦巻いていてもおかしくないだろう。誘拐の実行犯の持っていたスタンバトン――アヴェくんに危害を加えたものだね。そういった凶器等の購入はすべて男たちに任せていたが、管理は伊藤さんがしていたそうだ。瑛麻さんに護衛がついていようといまいと、人ひとりを誘拐するのは並大抵のことではない。計画を遂行するにはそれなりの準備が必要だ……しかしスタンバトンはたった一回分出力する程度にしか充電されていなかった――答えはそこにありそうだね」

 東雲の総括に会議室が静まり返る。真理愛は寂しそうな悲しそうな表情で机上に浮かぶホロ画面を眺めていた。伊藤ひまりのどうにもならなかった感情に哀れみを覚えているのかもしれない。俺はただ伊藤に対して下手を打ったなと思うのみだった。しかし、真理愛は袖振り合った程度の人間に対して心を砕いている様子で、それができるのは田原や伊藤と過ごす時間が俺よりも長かったためなのか、それとも他に理由があるのか、俺には判断がつかなかった。

「……やから、もうええやろって言ったやん。俺たちはただ警護任務を引き受けただけのPMCやし、法廷に呼ばれた裁判員でもなんでもない……真理愛ちゃんの気持ちもわかるけど、ひまりちゃんの感情に踏み込む必要なんかないねん」

 傷心気味の真理愛を少し突き放すような物言いをする千葉だったが、その表情は優しげに和らげられて真理愛の憂いの顔を見つめている。彫りの深い眼窩に埋まった宝石のような茶色の瞳は真理愛の悲しみに寄り添い癒すような温かな光で満ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る