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 卓上のホロ画面に映し出されているのは几帳面に体裁の整えられた報告書だった。情報漏洩防止の観点から被害者や被疑者の名前はすべて仮名に差し替えられている。今件の関係者となる俺たちの名前も今は実名が記載されているが、このミーティングの後にすべて仮名に差し替えられる予定らしい。警察側にしてみればいくら協力関係にあるPMCとはいえ、俺たちが部外者であることには違いない。被害者・加害者の両者の情報保護という観点が世間に注目され、警察とPMCとの協力体制が確立されてからはこのシステムが特に厳密に機能するようになっていた。警察側であれ犯罪者側であれ、犯罪という現象に直面する人間が増えた以上、個人の犯した罪が不必要に世に広まって混乱を招かないようにするための装置になっているわけだ。誰が悪いことをしたか、知っている奴だけが知っている。見て見ぬ振りが得意になった社会とも言えるだろう。

「――というわけで、これが事件当日の流れになると思うが……何か補足は?」

 真っ白なスリーピーススーツに舞台俳優のようにしっかりと撫で付け固められた金髪、ド派手な真っ赤のアイメイク。これがいつもの東雲祥貴のスタイルだった。報告書を読み上げ続けていたのが原因で声が少し嗄れている。いつの時代から使用されているのかわからない薄っぺらい会議机の上に置いていた水入りのボトルに男は手を伸ばした。ボトルの中身を勢いよく口内へ含むと、それを飲み込みながら会議室を見回す。

 会議室には俺以外に千葉、そして完全健康体でピンピンしている真理愛が招かれていた。千葉は報告書の映されたホロ画面を頬杖をつきながら眺めている。そして欠伸をすると興味なさそうに会議机の模様を指でなぞっていた。

「なあ」

「何かな」

「いや、伊藤はすぐに弁護士呼んだりしなかったのか? 普通は弁護士が入知恵をすることが多いと思うんだが」

「確かに、彼女の語る動機と手段は破綻していたからね。そういった部分で弁護士から助言を得られたのだろうが……彼女は黙秘もせず大人しくこちらの質問に答えてくれていたよ」

「本命は田原瑛麻と清水大雅の交際への恨みで、田原家への報復はついでに、ってことだろう……どうして素直に取り調べに応じたんだ」

 まだ疑問の尽きない俺は発言を続ける。

「伊藤ひまり自身は田原瑛麻と良好な関係を保っていた。脅迫している側の身分がバレればまずいということも理由だろうが、これまでの犯行をすべてストーカーによるものだと勘違いさせて伊藤が犯人だとわからないようにしていた……だが、ハッキングプログラムも購入の段階までは共犯の男にさせていたのに、結局最後は伊藤ひまり本人がプログラムを操作して自分の痕跡を残していただろう。おそらく痕跡が残るということも理解していた――伊藤の行動は支離滅裂のように思える。大体、田原瑛麻へのストーカー行為が田原家全体への脅迫に繋がるという理屈も理解できない……伊藤は何を考えていたんだ」

 伊藤の行動と発言の噛み合わなさに気持ち悪さを覚えていた俺は不可解に思っていたことすべてを口にした。

 スマートコンタクトを解析していた際、ハッキングプログラムの所有者履歴と使用者履歴を洗うことができたため、ナイトクラブでの犯行が伊藤によるものだという物証を得ることができた。そのことで、田原瑛麻個人への恨みによる犯行なのだろうとある程度推測を立ててはいたが、実際の伊藤の言及は田原瑛麻に留まらず田原家全体への恨みに及んでいた。

 加えて、伊藤には絶望的に悪あがきがなかった。表では田原と仲良しの体裁を取り繕っていたにも関わらず、警察署での取り調べではすべてのことに素直に答えている。やったことを否定し、自分に不利になる発言はせず、沈黙を保ち続ければ伊藤ひまりを守りに来てくれた人間もいただろう。もしかするとその中には被害者である田原瑛麻さえ含まれていたかもしれない。しかし、伊藤ひまりは黙らず今までのことを素直に打ち明けた。俺にとってはそこが意外で、理解のできない部分だった。

 真理愛が何かを言いたげに俺へ視線を合わせようとするが、口を開く前に東雲が咳払いをした。コホンという咳払いですら部屋に反響するほどうるさく大袈裟だった。

「護衛協力をいただくPMCの方々に被疑者の動機の詳細を基本的には開示しないことになっている。そこを留意して聞いてほしい……田原家の不動産事業を営んでいるご夫婦には後継がいないらしくてね。後継には田原瑛麻さんを、という話も出ているそうだ。伊藤さんにしてみれば将来の不動産業の株を奪われた上に、自分の心を寄せていた男性ですら瑛麻さんの元へ行ってしまった」

「それだけでは余計に田原瑛麻個人への恨みが動機になるだろう」

「いや、先程綿奈部くんも言っていた通り瑛麻さん個人への恨みが本命ではあるが、田原家に打撃を与えるということも動機には含まれているんだ。ステージ上での瑛麻さんの反応を覚えているだろう。あのイベントが失敗すれば田原家の移入民支援の信頼失墜がその大小を問わずに発生していたはずだ――犯行計画によればスマートコンタクトレンズハッキングによる誘導後、大量のスモークの中で実行犯が瑛麻さんを誘拐、持ち込んだ機材コンテナの中へ監禁をする予定だったらしい――実行犯のひとりが入っていた空間のことだよ」

「スマートコンタクトがハッキングできるなら最初から田原瑛麻をステージに上げずに別の場所へ誘導することもできたんじゃないか」

「そこだよ、綿奈部くん。他ならぬ田原瑛麻のステージを失敗させることと田原瑛麻への脅迫を同時に成立させたかったんだ、彼女は。だからわざわざこんなに手の込んだことをした」

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