18

 青白い蛍光灯の下、部屋の真ん中で机を挟んで男女が座っている。くたびれて汚れた壁沿いにはもう一組机と椅子が設置され、制服を着た警察官が座っていた。真ん中の机の上で真っ白の長い指を組み合わせ、男は美しい灰色の瞳をスッと細めて中空に浮いたホロ画面を操作していた。女は金色に近い長い茶髪を右耳に掻き上げながら、視線を自分の膝へ落としている。

「今までの発言を整理しましょう――およそ三年前、あなたが継ぐはずだった不動産業の経営状態が悪化。その遠因となったのが田原瑛麻さんのご親族である田原丈二さんが業界シェアを徐々に広げていたことにある。あなたの父にあたる伊藤市議と田原市議の協力により丈二さんの経営傘下に入ることで事業立て直しに成功したものの、その際伊藤家の手から不動産業は離れることになった。ここまでに何か訂正は?」

「……ありません」

「では続けます。今回の脅迫の動機としてはひまりさんが継ぐはずだった不動産業及び資産が失われ、遠因となった田原家に恨みを持った……ということで間違いはありませんね?」

 伊藤ひまりは変わらず俯いたまま、何度も為される確認作業に疲れ果てた様子で目は虚ろなものになっていた。しばらくの沈黙の後、「間違いありません」と小さな声で呟いた。灰色の目の男は伊藤の返事を聞いて軽く頷くと再び口を開いた。

「田原瑛麻さんを脅迫してきた理由としては田原市議や丈二さんを直接脅迫するよりも効果的だと思ったから、と……」

「……そうです」

「今回の件で実行犯となった男性ふたりは業績悪化の際にリストラされた社員でしたが、そのふたりを誘い、犯罪を計画したのは伊藤ひまりさん、あなたに間違いありませんね?」

「……間違いありません」

 机上に浮かび上がるホロ画面には伊藤と男が話した内容が音声と文字で記録されていることがわかるウィンドウが表示されていた。男は記録内容と会話に違いがないか確認すると、ふうっと溜め息を漏らして伊藤ひまりを見つめ直した。

「伊藤さん、ひとつ伺いたいことが」

「……何か」

「三年前の段階で、この計画や脅迫を実行しようとは思わなかったのでしょうか」

「何が、言いたいのですか」

 伊藤は膝にじっと留まっていた視線をようやく上げると、目の前に座る絶世の美貌の男を見た。怒るでも悲しむでもない、ただ冷静な表情でこちらを見つめてくる灰色の目は真実を見極めようとするものだった。その瞳の奥に何か紅色の光が見えた気がして、伊藤は虚ろに瞑りかけていた目を少し見開いた。

 やっと伊藤と視線を合わせることができた男はフッと微笑みを浮かべる。万人を魅了するその笑顔は数時間前にはVIP席で何度も見たものだったが、その表情ですら伊藤にとっては遠い過去の記憶のように感じられた。

「これは下衆の勘繰りと思っていただいて結構なのですが――脅迫が始まったタイミングと田原瑛麻さん、清水大雅さんの交際開始時期が被っていますよね」

「……瑛麻へのストーカーに見せかけた犯罪にしたかったからです」

「もしそのように見せかけたい犯行なら、田原市議や丈二さんへの脅迫には繋がりませんよね。動機と手段が一致しない――あなた、本当に田原家への脅迫が目的で一連の犯行を行ったのですか?」

 万人を魅了する笑顔は一見何者をも受け入れる優しい微笑みなのに、今は真実を繋ぎ止めるために無情にも打たれた楔のように重く痛いもののように思えた。伊藤ひまりは歪に笑顔を浮かべながら麗しい男の顔を睨み上げた。

「――見た目によらず……ほんと下衆ですね、ショウさん」

「……人間の欲の底知れなさは多少知っているつもりなのでね」

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