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 ――華があるとか、空気が明るくなるとか。人に対してそういう表現を使うことがあるが、コイツについては宇宙人という表現が相応しいんじゃないか。

 バー『ユートピア』はその日も盛況だった。週末ということもあり人の入りが多く、顔を何度も見たことがある常連も新規の客も入り混じり、それぞれのテーブルでボードゲームを楽しんでいた。ただし、俺の座るテーブルの上に広げられているのはボードゲームの類ではない。円盤型をした大昔の記録媒体がケースに入れられ、それが何枚も並べられている。

「……あー……待ってくれ、名前を思い出すから……」

「えー、綿奈部さん、わからないんですか? CDですよ。コンパクトディスク。そしてこちらはレコードです」

「くっそ……思い出すから待てと言ったのに……」

 目の前に座る山田拓が得意げな顔でそれぞれの記録媒体を指差していた。その隣には軽く握った人差し指を唇に押し当てて、興味深そうにテーブルを眺める東雲もいる。そして俺の隣では真理愛がケースに入ったCDを一枚手に取って照明にかざしていた。照明を反射してキラキラと七色に光る記録媒体。現代を生きるすべての人にとって珍しく感じるものだ。

「山田くん、これは一体?」

「僕の華麗なDJプレイ、皆さんは聞き逃してしまったかもしれませんが、クラブの支配人がしっかり僕の実力に惚れ込んでくれましてね」

 音楽という意味では同ジャンルだが、あまり関係のなさそうなこと話し出した山田に俺は僅かに眉を寄せるが、一旦黙って話の続きを聞くことにした。

「『私のレーベルからデビューしないか』と瑛麻さんと同じレーベルへの勧誘を受けまして……インディーズですけどね。ただ本業がありますからお断りしたんです。ただそこまで認められちゃうと、僕も少しその気になったと言いますか……やはりDJといえば物理レコードでしょう? 今はほぼ廃れてますけど、憧れがありましてね」

「つまり、クラブの支配人が所蔵していたレコードとCDを譲り受けたということか」

 合点がいったというように東雲が拳で手を叩くが、山田は首を左右に振って得意げな笑顔をさらに悪どいニヤケ面に変化させる。ここまでくるともう本当に嫌味な人間に見えた。

「それが違うんですよ、東雲さん。瑛麻さんと後日報酬についてお話をする機会がありまして、そのときにレーベルデビューを断った話もしていたんです。で、瑛麻さんも『勿体ない』と言ってくださいまして……実はこのCDとレコードに収録されている楽曲、僕が作ったものなんですよ!」

 今までで一番嬉しそうな山田の笑顔だった。しかし胡散臭さは変わらない。山田が語る話が本当かどうか見極めかねる上、そもそも現代で音楽を記録する媒体といえば四角の小さなチップであり、尚且つストリーミングが主流だ。そしてCDやレコードに録音をする手段が未だ存在するのかというのもわからなかった。

「あー、綿奈部さん。疑ってますね?」

「いや……別に……」

「今回の報酬はこのCDとレコードに僕の楽曲を収録する、というものになりましてね。流石に音楽に詳しい方ばかりの界隈な上、資金も潤沢なようでしたから……楽しんで収録に臨めましたよ」

「山田さん、これって本当に音楽が聞けるんですか? スピーカーとかついていなさそうですけど……」

 真理愛は心底不思議そうに何度もひらひらとCDケースを照明に掲げている。この円盤から直接音が流れてくると思い込んでいるようだった。

「アヴェさん、これは単体で音楽が聞けるわけじゃないんですよ。チップと同じです。でも、これらは歴史資料ものではありますので知らないのも仕方ないかもしれませんが……」

「ん? なんやこの円盤……わかった! CDと……」

 山田が鼻にかけた物言いでべらべらと言葉を連ねていると頭上から柔らかい関西弁が聞こえてくる。一仕事を終えた千葉がテーブルにやってきたのだ。

「千葉さん! やっとあの日のメンバーが揃いましたねえ! ちなみにこれはCDとレコードですよ!」

「今言うてたところやん!」

 千葉が不満を隠さずに文句を言いながら椅子に腰掛けると、山田はすかさずにケースに入ったCDを真理愛以外の各人に一枚ずつ配り出した。

「真理愛さんは今持っているものをどうぞ」

「え? ありがとうございます?」

 いつも笑顔満点の真理愛にしては珍しく怪訝な顔で、ようやく手元のCDから目を離し、山田の方を見る。俺たちもCDが配られた意図がわからず、テーブルを見つめるだけになっている。そして山田は相変わらずの一番の笑顔で告げた。

「これ、皆さんへ差し上げますね!」

 何が何やらわかっていない千葉はさておき、それ以外の俺を含めた三人は戸惑いを隠せず、とうとう真理愛まで手に持っていたCDをテーブルの上へ戻した。

「は……? お前、さっき自分で歴史資料ものって言ってたじゃないか……」

「そうですよ。とても貴重なものなのでね、皆さん大切に扱ってくださいね。僕がビッグアーティストになった際にはさらに価値がつきますので」

「ちなみにこのディスク自体には今どれくらいの価値が……?」

 東雲が苦笑いでそっとケースを持ち上げる。印刷された紙のジャケットも紹介カードも入っていない、透明なプラケースに虹色に光る円盤が入っているだけのものだ。だが、珍しいものには間違いない。

「そんなに不安にならないでくださいよ、東雲さん。これはちょっとした価値のある旧貨幣とかそれくらいのものですから」

「えっ、なになに? どういうこと? 骨董品として売ったら金になる?」

「僕がビッグアーティストになればさらに価値が上がりますので、まだ売り時ではないですよ」

「ほな中身消してCDだけで売ろかな……」

 金銭絡みの話だと判断するやいなや、千葉が大盛り上がりで質問するが山田はにっこりと涼しく流す。

「今居るみんなの分と余分に一枚あるけど……余ってるんやったらちょうだい」

「まったく千葉さんってば欲張りですねえ。これはお世話になっている方の分です。そしておそらく、このCDの価値が一番わかる方ですから」

「ケチやなあ。ソイツには黙っとったらわからんやん」

「私にも価値くらいわかりますよ、山田さん!」

「ちょっと落ち着かないか、君たち」

 微妙に価値のある記録媒体を巡って場が(主にふたりのせいで)混乱してきた中、俺は黙って紅茶を啜る。

 華がある人間だったり居るだけで空気が明るくなる人間だったり、かと思えば思考の理解しがたい宇宙人のような人間や心優しいかと思いきや沸点がわかりづらい人間がいたり。

 俺という人間の人生にしては随分、賑やかな日々を過ごしていると――温かい茶色の液体がしみじみと体に行き渡り、そんな風に少しだけ心が満たされたような感覚に陥るのだった。


<完>

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