16
『お前ら! 盛り上がってるか!』
目の前には地獄の鬼も裸足で逃げ出すほどに冷徹な表情を浮かべるこの世のものとは思えないほど美しく恐ろしい男、背後には地響きかと思うほどに大盛り上がりの観客の声。
山田は涼しげな顔立ちのわりにお調子者の側面もある。謎の覆面男の登場だったが、山田の声の良さと堂々たるプレイに何かのサプライズだと勘違いをしたらしい観客は、予定通りに『エンマ』が登場しなかったことも気にせず盛り上がっていた。
東雲はスタッフへ本来の身分を明かしたのち、山田の身分も保証した上でステージを任せることとなった。大量に焚かれたスモークが消え去る前に真理愛と捕縛した男を引き摺りながら下手側へ引き上げる。するとステージの傍に『誕生日おめでとう、エンマ』と書かれたホロを真上に浮かべた綺麗なデコレーションのホールケーキを持って呆然と立ち尽くしている男がいるのがわかった。田原の恋人・清水大雅だった。清水は田原の様子に気づくと顔を真っ青にして駆け寄ろうとするが、その間に立ちはだかるようにして東雲が一歩前へ踏み出した。
「ショウさん、瑛麻は……」
「見たところ、先程言っていたサプライズはイベント中に行う予定だったようだね」
「そうですが、それが、何か」
「……君、瑛麻さんがストーカー被害に遭っていたことは知っているかな?」
「えっ……それは、勿論……」
明らかに非常事態だっただろう田原の状況と東雲の質問が上手く結び付かないのか、清水は動揺を見せながらも首を傾げていた。
それを横目に観客から見えない位置に一時的に真理愛の体を横たわらせ、真理愛の手首からデバイスを外す。俺はそのデバイスに簡易診断機能が備わっていたことを知っていた。デバイスを起動させると真理愛の全身をスキャンする。やはり俺のスマートコンタクトレンズが示す通り、特に異常は見られない。自然と安堵の溜め息が漏れ出た瞬間、真理愛が「うう……」と唸り声を上げながら身動ぎした。
「東雲、真理愛は目覚めそうだ」
「ありがとう、綿奈部くん」
東雲を見上げて真理愛の様子を伝えても男はこちらをチラリとも見ず、清水を見据え続けていた。その顔は限りなく無表情であり、しかし灰色の目の奥に紅の閃光が鋭く煌めくのが見えた。それは何かを斬りつける刃のようだった。
「では、このサプライズを知っていた人間の名を全員挙げてもらえるかな。こんなに大きなイベントだ。主催者側が知っていないわけがないよね」
「お、俺は瑛麻以外のイベント関係者全員がこの演出を知っていると……」
「わかっていると思うが、少なくとも僕たちは知らされていなかった。VIP席での会話で、君は違和感を抱かなかったのかな……これ以上の御託はいらない。このサプライズ計画を知っていた者の名前をすべて言え」
怒鳴り声を上げるわけでもないのに東雲の声に確実に怒気が含まれていることは、この場にいるすべての人間に感じ取ることができただろう。無表情だった東雲の顔は徐々に冷気を帯びていき、清水を凍りつかせて口を塞いでしまうかと思うほどだ。東雲の覇気と「言え」という命令に雁字搦めにされてしまった清水は顔を強張らせながらもゆっくりと口を開いた。
「ひ、ひまり……今回のサプライズはひまりの計画で……俺は『ケーキを持っていくように』としか言われてないんです……ひまりがみんなに伝えているものだとばかり……」
「わかっていると思うが、嘘をつけば君も犯罪者の仲間入りだ。嘘はないと誓えるな?」
冷たい表情の東雲はその美しい目を鋭く細めて、清水を見下ろした。睨まれた男はびくりと体を揺らすと必死で頷く。その勢いで持っているホールケーキが落ちそうになっていた。それに気づいた東雲は白く大きな手をスッと差し伸べてケーキをのせていた盆を支えて、清水から取り上げた。
「……信じよう。だが君」
取り上げたケーキを隣でじっと会話を聞いていた千葉へ手渡す。すると東雲は一度呼吸を入れて再び清水を正面に見据えた。
「君の浅はかさが今回の事件を招いたんだ。ストーカー被害に遭っている瑛麻さんに何の相談もなしにイベントの計画を変更するなんて愚か者がすることだ……いい加減、責任というものを覚えた方がいい」
清水と東雲はまるで地獄の沙汰を待つ人間と審判を下す超常のモノだった。絶望ともいえるような冷え切った空気の中、千葉は手渡された盆からフォークを手に取ってホールケーキを貪り、満足げな笑顔を浮かべていた。
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