13
蛍光色のピンク、オレンジ、水色の煙が勢いよくスモークマシンから立ち上り、ステージ上はたちまちのうちに煙で覆い尽くされた。煙を照らすストロボの眩しさはただ眩しいだけで視界を良好にはしてくれない。人が何人かステージに立っているということくらいしかわからないほどだった。
まったく収まる気配のない煙の排出。はじめは演出だと思っていたらしい観客たちも異様な光景に騒然としだしているのが手に取るようにわかった。
隣にいるはずの東雲の姿さえ確認することは難しいが、はっきりと通る声がその存在を主張する。
「アヴェくん! 瑛麻さんは?」
『私の隣にいます。スマートコンタクトはまだ私たちをステージ上へ導いて……』
真理愛の声が途切れた瞬間、僅かな振動とともに何かが落下する鈍い音が耳のうしろに貼り付けたスピーカーから響く。同時にスピーカーから女の金切り声が聞こえるが、大音量の音楽にかき消され、その叫び声が俺たちの耳に直接届くことはなかった。
「瑛麻さん!」
何が起こったのか見えていないはずの男は視界不良のステージを横切るように走り出す。
「おい、無茶だ!」
走り出した男の背に呼びかけるが、東雲がこちらを振り返るわけもない。
――クソッ……何かできることは……!
人間、焦っていると基本的なことさえ見落としてしまう。俺はそれを何度も実感しているし、今回もそうだ。いざとなったときに俺は役立たずだとへこむことすらある。
「あっ……! まったく、俺は……!」
しかし今はへこんでいる暇などない。左手首に巻いたデバイスを速攻で操作し、俺と、そして東雲の見える世界を変化させた。
『ありがとう、綿奈部くん』
男にしては余裕のない声色で、しかし確実に気分を高揚させた様子で礼を告げるのが聞こえてきた。俺たちの目には煙を透かしてどこに人が立っているのか確認することができた。いざというときのサーモグラフィーがこんな場でも役に立つとは思ってもいなかった。
『これだけ見えれば十分だ』
ステージ上には倒れている人影とそれに寄り添う人影、そしてその人影を無理やりに立たせようとしている人影があることがわかった。倒れている人影の体格を見れば、それが真理愛であるということは察しがついた。寄り添う影は明らかに真理愛より小さく、それを立たせようと強制する影は明らかに真理愛より大きい。平均的な成人男性よりも少し大きいくらいの体格だ。
そしてそこへ猛スピードで近づいていくさらに大きな影の頭上には東雲のコードである『G1』が表示されている。東雲の持つ驚異の身体能力により、現場との距離が一気に縮まった。
東雲の影が拳を振り上げて男の影に勢いよく殴り掛かるが相手もこちらが見えているらしく一撃めは不発に終わった。東雲の攻撃を躱した後、男の影はさらに無理やり小さな影――おそらくそれは田原瑛麻だ――を引きずり上げて、東雲との間に立たせようとする。
「人質にとられたか……!」
田原瑛麻の身辺警護がこの任務の主目的だ。しかし東雲は初手を誤り、頼りのナノマシンデバイスも今は制限されて使えない。相手にこちらの様子が見えているのなら俺が下手に動くと田原瑛麻を害される可能性がある。
「東雲、退け! 田原瑛麻が相手の手中にあるうちは動くべきでは……」
『――後ろがガラ空きやぞ、雑魚が』
低くも艶のある、自信に満ちた男の声がスピーカーから聞こえた。田原を捕らえる影の背後からぬらりともうひとつ大きな影が現れる。その影は容赦なく男の影に襲いかかり、完璧に隙を突かれた男は田原瑛麻を手放してしまった。東雲祥貴はその瞬間を見逃すような男ではない。突き放されるような形で崩れ落ちる田原の身柄を保護すべく、東雲は長い腕を精一杯伸ばして小さな影を抱きとめる。同時に俺も駆け出し、現場がハッキリと視認できる場所まで走り寄った。
耳元のスピーカーを通してカランッと軽いプラスチックがステージに転がる音がした。
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