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席を立ち、待機場所となる舞台袖へ移動する最中、東雲の指示通りに田原の動線上に設置されている監視カメラを一斉に確認する。出番を終えた出演者が酒に酔い潰れていたり、スタッフが廊下を走り去っていったりと相変わらず舞台裏は忙しない。だが、それは正常であることの証だった。
先行する東雲の背中に向けてぼそりと呼びかける。
「動線に特に異常は見当たらない」
「了解」
『了解しました。ではこちらも移動を開始しますね』
『俺は既に舞台近くにおるから、何かあったらすぐ動けるで』
田原のステージ直前で本人がトイレへ駆け込むというイレギュラーは発生したものの、ここまで特に大きなトラブルもなく、むしろ順調すぎるほどにイベントは進行していた。
田原に届いた脅迫状がただの脅しで、平穏無事にイベントが終了すればいいと思うが。
『このまんま何も起こらんかったらおもんないなあ』
「千葉くん、何も起こらないのが一番だよ……犯人は捕まえそびれるけどね」
『祥ちゃんもおもんなそうやん』
「まさか。まるで僕が何か起こってほしそうにしてるみたいじゃないか」
『実際せやろ?』
「人聞きの悪い……」
「おしゃべりが多いぞ、お前ら」
普段から顔を突き合わせればぺちゃくちゃ騒がしいふたりだったが、通信上でもこんなにうるさいとは思わずつい口を挟んでしまう。
『真面目やなあ、ツナは』
揶揄うような千葉の発言はいつものことで返事をするだけ時間が無駄なこともわかっていた。
二十三時二十五分。田原の出番五分前。約束の舞台下手に俺たちは待機していたが、一向に田原は姿を現さない。しかし、真理愛の通信もオンライン状態で、特に異常を知らせるような発言もない。ステージは生物とはいえ、出番際で待機場所に出演者がいないのはマズイのではないか。
田原の出番直前の賑やかなステージを静観している東雲に声をかけようとした瞬間だった。
「……綿奈部くん。おかしいと思わないか」
「俺もちょうどその話を……」
「何故瑛麻さんが上手側にいるんだ? アヴェくん、一体どういうことだ!」
「はあっ……?」
東雲が見据えていたのはステージではなく、そのずっと奥の他の場所よりも照明が暗くなっている空間だった。しかし、人が識別できる程度には明るい。本来、下手側にいるはずの田原と真理愛が何故か上手側に控えている。
耳の後ろにつけたスピーカーから焦りを隠せない真理愛の声が響く。
『待ってください! 私たちは下手に向けて移動したはずなんです!』
「まさか上手と下手を勘違いするわけもないだろう……もしかして……! アヴェくん、今すぐそのスマートコンタクトを!」
東雲がステージ裏から上手側に回ろうと踵を返しかけるが、瞬間、別の会話が割り込んでくる。
『なあ! 祥ちゃん!』
「千葉くん、すまないが今は……!」
『ナイトクラブならスモークマシンって普通に設置されてるモンちゃうの? なんでわざわざそんな機材を運びに業者が来たんや? 多分この装置……』
千葉の発言に確かに奇妙だと思い、ステージに設置されたスモークマシンを振り返る。しかし、自分自身のスマートコンタクトで再度スキャンをかけても何も見えない。では何が違和感なのか。どこに違和感があるのか。異常な状況で何をどう飲み込めば良いのかわからなくなりそうだった。
そんな俺の焦りなど、誰も気にかけることはない。
そして、スキャンをするために凝視していたスモークマシンは、盛大な音楽と共に大量の煙を噴射し始めた。
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