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「楽しんでもらえてますか?」

 夏の爽やかな陽光が似合いそうな笑顔で清水がこちらに話しかけてきた。真理愛と共に田原が離席したため、こちらに関心を向けようとようやく思ったのだろう。

 VIPスタッフにより素早く提供されたジントニックを片手に掲げ、東雲が男に微笑みを向ける。

「ええ、勿論。そうだ、瑛麻さんと伊藤さん……」

「ひまりで良いですよ」

 伊藤は相変わらずの獲物を追いかける獰猛な目で東雲と距離を詰めようとするが生憎東雲はVIP席の一番外側に陣取っており、女と東雲の間には俺という障害も存在した。しかし俺には構わずその熱っぽい視線を東雲へ注ぎ続けている。俺のことが眼中に無いのは理解していたが流石に傷つく。水を取る振りをして、座っていた場所を東雲に譲った。

 女の意図に確実に気づいているだろう男は優しくも素っ気ない態度を崩さなかったが、それでも万人に受ける笑顔を伊藤へも向ける。その仕草の気取った様子ときたら。

「そう? なら、ひまりさん……は、瑛麻さんと大学からの友達って聞いていたけど、清水くんも?」

 東雲の問いに議員二世は揃って首を横に振った。

「俺は三年ほど前にひまりの紹介で瑛麻と知り合いました」

「三人とも市議会議員を親に持つという共通点があって……私と大雅は元々知り合いだったんですけど、瑛麻のお父さんが派閥を移したあとの懇親会でふたりを引き合わせたんです」

 ねっ、と顔を見合わせるふたりの若者。田原と清水の関係性とはまた違う緩い空気感が伊藤と清水の間には漂っていた。もしかしたら幼馴染といってもいいほどに付き合いが長いのかもしれない。

「なるほど。ひまりさんはふたりのキューピッドになったわけだね」

「まさか、って感じでしたけどね。ショウさんにもわかってもらえるとは思いますけど、大雅、こんな感じだし……瑛麻と気が合うとは思ってもみなかったので」

「おいおい。こんな感じってどういうことだよ。本人を目の前に失礼だぞ」

「実際大雅が奥手すぎて付き合うまでが長かったんですよ」

「付き合いが三年ほどになるのに交際歴が四ヶ月くらいと考えると……確かに清水くんは奥手なようだ」

 清水を揶揄う言葉に東雲も同調しながら笑い、ジントニックをあおる。水を飲むかのように勢いよく中身の飲み干された空のグラスがコツリと音を立ててテーブルの上へ置かれた。職務中なのに飲みすぎじゃないか、コイツ。

「ええー。俺だって最近は頑張ってるんスよ。二週間後には瑛麻の誕生日だから……」

「大雅! それは内緒だって!」

「あっ……今のは聞かなかったことにしてください」

 誕生日サプライズか何かを計画しているのだろうか。清水と田原の関係性が変わっても三人の仲はよほど良いらしい。若者らしい爽やかさと和気藹々とした雰囲気がVIP席を包み込む中、またもや緊張感のない呑気な声がスピーカーから流れてくる。

『なあなあ、聞いてや。さっき山田くんと出くわしたわ。アイツこんなところに来るヤツやと思わんかったんやけど『取引先からチケットを貰った』んやって。めっちゃ謎やわ……』

「俺たちの知らないところで顔が広そうなんだよな、山田……」

 ぼそりと思わず漏れ出た言葉は、特に誰の耳に届くこともなくVIP席の宙へ浮いて消えた。

 千葉がまだまだ何やら話しているがとりあえず無視をしていると、真理愛が通信に割り込んでくる。

『すみません、こちら真理愛です。瑛麻さん、だいぶ吐いてますが落ち着いています』

『へえ。えらい気合い入った飲み方してたんやなあ。もうそろそろ出番やって聞いてるけど?』

『そのことなんですけど、VIP席に戻ったら間に合わない可能性があるので私たちはこのままステージに向かう予定です』

『了解了解。祥ちゃんたちもそれでええな? YESならミュート解除で応答して』

 議員二世たちと会話中の東雲に目配せをするとチラリと一瞬だけ目が合う。俺がするまでもなく東雲がさりげなくミュート解除した。

 東雲がゆったりと席から立ち上がると、舞台役者の朗々とした口調で周囲に笑顔を振りまく。

「そろそろ僕の『目』の出番のようだ。瑛麻さんの撮影のために一度席を外すとしよう」

 暗がりの中にも紅の輝きを放つ自分の瞳に指を差すと、東雲はVIP席から離れるために俺の肩を叩いた。

「さあ、ツナくんも行こう」

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