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『何度か監視カメラの映像を見直したが、怪しい様子はあまりなかったね。業者とのやりとりも搬入業者用のパスの受け渡しのようだったし……』

『そもそも搬入業者用パスの受け渡しが当日なんてことあるんか?』

『クラブ側にあらかじめ用意されていない物に関しては機材を借りることになるそうだ。貸出予定がギリギリの場合、当日搬入する人間がパスを持っていない可能性もなくはない』

『ふうん……怪しいことこの上ないけどな』

『まあね。機材も念のため僕の目を通してスキャニングしたが……特に怪しいところはないね。清水大雅が嘘をついた理由が不可解だが――瑛麻さんを害そうとする気配は感じられない』

 実際にスキャニングをしたのは俺だけどな、と心の中で思いながらふたりのやりとりを監視カメラから静観する。入場が開始され、イベントがいつ始まるかといった頃合い。東雲は既に入場を済ませた千葉と合流を果たしていた。ふたりはグラスを持った状態でダンスフロアの柱に寄りかかっていたが、男女問わず行き交う者が皆振り返る有様だった。人が多いために目立ちづらいだけで、十分に人目を引いている状態だがそれを気にする様子はない。一方、VIP席に取り残された俺は馬鹿騒ぎする議員二世共とそれに便乗する真理愛を監視する役割を負っていた。

『ちなみにその機材って何なん?』

『舞台演出の装置らしい……スモークを焚くものだそうだ』

『へえ。そのスモークを焚くタイミングはいつなん?』

『どうだったかな……そこまで確認は取れていなかったね』

 大急ぎで本日のタイムテーブルを検索し、東雲のスマートコンタクトと千葉のデバイスへ該当箇所を送信する。スモーク演出のタイミングはある程度予想はついていたがやはり田原瑛麻が関わっていた。

『ありがとう、綿奈部くん――瑛麻さんの登場タイミングで使用されるのか』

『ええなあ、スマートコンタクト。俺も欲しかったわ』

『一般の場合はセキュリティに引っ掛かる可能性があったからね。僕たちについても関係者撮影用ということでお目溢しをもらっている状態だし……ナノマシンデバイスも通信と撮影・録音以外は機能を制限されているから結構厳重だね』

『こういうところやと血の気の多いヤツもおるからなあ。武器持ち込み禁止と同じようなもんやろ』

 千葉がニヤリと笑って肘で東雲を小突く。千葉が視線を送った先には肩がぶつかっただのどうのと小競り合いに発展していた若者がセキュリティに摘み出されかけていた。まだイベントが始まってないというのに既にフロアは温まっているところもあるようだ。東雲は微笑を浮かべてグラスの中身をグイッと飲み干す。

『ここへ来る前に酒を入れている人間も多いだろうからね、そういうこともあるだろう――さて、アヴェくん。僕の見立てでは清水にそこまで危険性はないとは思うが、念のため彼の動向は見張っていてほしい。だがあくまでも瑛麻さんの警護を最優先で。綿奈部くんも彼女たちのフォローを頼む。僕は一通りフロアを回ったらVIP席に戻るよ』

『祥ちゃん、俺は?』

『君はいざという時に動けるようにしておいてほしい……瑛麻さんの出番が近くなればステージ付近へ来てくれ。その時になれば清水大雅の嘘の正体もわかるだろうからね』

『アイアイ』

 千葉がふざけて敬礼してみせると、東雲はとうの昔に仕込まれたであろう本物の敬礼を千葉にして見せ、笑いながらその場を立ち去った。


 そして時刻は二十三時。東雲がVIP席とフロアを行ったり来たりするのを何度か見守り、俺はじっと席に座って相変わらず馬鹿騒ぎをする議員二世共を監視していた。

 しかし、清水に関しては騒ぎながらも好青年という部分を外さない男だった。田原のことをよく気遣っているようだし、田原の方も清水が可愛らしく感じて堪らない様子で仲睦まじい。

「瑛麻、もう三十分くらいで出番だろ? もうそろそろ酒を飲むペース落としたらどうだ?」

「わかってるって。あと一杯だけ、ね? 大雅ももうちょっと飲みなよぉ」

「おい、飲み過ぎだって。スタッフさん、水持ってきてもらえる?」

 監視すればするほど明らかになる清水の甲斐甲斐しさに、俺の違和感は気のせいだったのではないかと思える。事件の当事者のはずの田原瑛麻は清水がいるからこそすっかり安心しているようにも見えた。

 そしてそのふたりの隣に真理愛、伊藤の順番で座って会話をしていた。

「ひまりさんはなぜaroundに参加されているんですか」

「実は私の実家は元々不動産業をしててね……その中で日本で生活する権利はあっても、契約で不利益を被る人がいるっていうのを聞かされて育ったから、そういう苦労をする人がひとりでも減ってくれたらって思って。就労や居住支援をしてるって聞いてこのNPOに参加しようって思ったの」

「へえ……きっとひまりさんの支援に勇気づけられてる人たくさんいますね」

「そう言ってもらえると頑張り甲斐があるなあ」

 見るからに遊びなれている風貌とはギャップのある発言に、流石は政治家のご息女だと小学生のような感想が浮かんできた。将来的にはこのNPOでの経験も議員になるための礎になるのだろうと思うと少し気に食わない気もしたが、彼女の思い自体は共感できるものではあった。一方でよく人のためにそこまでできるよなとも思うが。

「真理愛ちゃんはどこで瑛麻と知り合ったの? 後輩としか聞いてないけど。大学で知り合ってたら私も知っているはずだし……」

「ボイストレーニングの教室での後輩なんです。エンマさん主宰で、しかも移民支援のチャリティーをすると聞いて私もイベントに参加したいと思って」

「そういえば海外にルーツがあるって言ってたもんね――」

 それぞれが話に花を咲かせていると、VIP席のセキュリティが恭しく頭を下げてひとりの男を通す。東雲が戻ってきた。

「……本当に女の子を追い返したのかい、君」

 信じられないという表情を作りながら東雲は俺の隣に腰を下ろすと、テーブルからショットグラスを持ち上げて中身を空にする。ソファの背にもたれながら脚を組んで、冷ややかな視線を俺に浴びせた。

「俺を見るなりそれかよ」

「何度かスタッフも気を利かせてくれただろう? ――いや、仕事熱心と言うべきだろうね。すまない」

「いちいちムカつくな、お前」

「酒もあまり進んでいないようだし」

「お前ほど飲む人間もいねえんだよ。一緒にすんな」

「冗談はさておき」

 コイツはどこまでが冗談でどこからが本気なのかまったくわからないが、改まった様子で咳払いをして不自然にならない程度に俺の方へ身を寄せる。声のトーンを落として口を開く。

「瑛麻さんの出番では僕たちもステージ傍に移動できる手筈になっているだろう?」

「タイムテーブルに書いてある通りなら」

「瑛麻さんの動線の確認とその動線上の監視カメラをもう一度確認してほしい」

 了解、と俺が返答しようとすると、田原と真理愛が突然立ち上がり、ふたり揃ってVIP席から素早く立ち去ろうとする。すれ違う瞬間に「お花摘みに行ってきます」と真理愛が慌てたように言い、真っ青な顔をした田原を支えて小走りの状態になっていた。

「……良くない飲み方だな、あれは」

「綿奈部くん、ちゃんと監視していたのかい?」

「は? 俺はガキの面倒を見に来たわけじゃねえぞ」

「ナーバスになって飲みすぎたんだろう。誰かが止めないと……と言っても後の祭りか」

 東雲はふたりの後ろ姿を見送りながらスタッフを呼びつけると「ジントニックで」と追加の酒を注文していた。人に飲みすぎだと評価を下したその口でカクテルを追加する男に、呆れそうになった。

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