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「何か問題が?」

「祥ちゃんは俺のことを人格が保証されてるとか言ってくれたけど、そういう人間やないしなあ」

 千葉は後頭部をガシガシと掻きながらおどけた表情で言う。誰が見てもふざけた態度だったが、東雲の捉え方は違うようだった。

「……君自身がどう思っていようと僕は君のことを信用しているよ?」

 このように返答する東雲は大真面目だった。気恥しいことを真面目くさって言える東雲は尊敬に値するが真っ当に恥ずかしいとも思えた。一方、千葉の方はといえば、東雲の態度に対して気まずい表情を作っている。

「いやあ、祥ちゃんがそう思ってくれてるのはありがたいねんけど……」

「本当の理由を聞かせてごらんよ」

 東雲の真摯な態度に千葉自身も流石に対応を改める必要があると思ったのか、東雲の方を向き直る。言いづらそうにしているものの、しかし、口を開いた瞬間にはいつものニヤケ面を取り戻していた。

「うーん……多分、俺、この子の関係者……」

「え?」

 テーブル中央へ投げたVIPパスにもう一度手を伸ばし、千葉はホロ画像をピンチアウトして主催者名を拡大した。カード上の空間に『エンマ』という文字が浮かび上がる。

「この『エンマ』って多分『田原瑛麻(たはら・えま)』っていう女の子やろ?」

 千葉がまじまじと東雲の顔を見上げると、東雲は先程までの真剣な表情から一転して再び微笑みを浮かべ、人差し指を唇へ当てた。

「――なるほど。確かに千葉くんはこの女性の関係者のようだね」

「やっぱり、瑛麻ちゃんやったかあ……」

「おい、千葉。関係者ってどういうことだ?」

 東雲は何か得心していたようだが、俺は納得がいかずに隣に座る千葉を再度睨んだ。千葉は意にも介さない様子でカフェオレを啜っている。

「今はしっかり繋がってるわけやないけど、『関係』がある女の子やなあ」

「そういえば娘の交友関係は広すぎると、お父上が嘆いていたね」

「市議も泣かせてしまうほどの男遊び好きってわけかあ……まあ、俺もそのつもりで何回か遊んだけど」

 昼間故に東雲は言葉を選んでいるようだったが千葉の明け透けな発言でその気遣いも無に帰していた。千葉の言葉に東雲がくすくすと優美に笑い声を漏らしている。

 普段から千葉の節操がないとは思わないが、この男のあまりの『交友関係』の広さに顔が引き攣った。そして、このままでは仕事を俺ひとりに背負わされそうだという予感に苛まれ、内心焦りで支配されていた。

「……極力関係者を外すべきとはいえ、お前がストーカーをするような人間とは思えんぞ。別に仕事を引き受けても」

 いいんじゃないか。そう言いかけた時に千葉が神妙な顔つきで首を左右に振った。

「俺、この子の周辺の子らとも遊んでるから厳しいわ。客側としてならもしかしたら行けるかもやけど、関係者側やと多分相手に警戒されるからなあ……そうすると祥ちゃんの計画からはちょっと逸れてまう気がしてるけどどうなん?」

「東雲の計画? そんなこと話していたか?」

「祥ちゃん、多分現行犯で捕まえる気やろ、これ?」

 千葉の発言は暗に「東雲はおとり捜査をするつもりだ」ということを指していた。日本でのおとり捜査は昔から避けるべきものと見なされており、一部事案では用いられる手法だが積極的に為されるものではない。誰かが犠牲になるかもしれない事案に対して東雲がそのリスクを負いながらもおとり捜査をするとは思えなかった。

「千葉、お前……それは本気で言ってるのか?」

「本気かどうかは祥ちゃん本人に聞けばええやん。な、祥ちゃん?」

 千葉の言うことはごもっともで、男が指差すままに東雲の方へ視線を向けた。話の当事者は涼しい顔で涼しげなドリンクを優雅に啜っている。ちらりとこちらへ視線をくれると、グラスをテーブルに置いた。両手を組み、その上へ滑らかな顎を乗せて艶やかに微笑む。

「いやいや……あくまで警護任務だよ。事件が実際に起きるかなんてわからないじゃないか……」

 隣の男もカップを置くと片腕で頬杖をついて真っ直ぐに東雲の目を見据える。眼窩に埋まる明るい茶の目が悪巧みの光を帯びて東雲を見つめた。

「ふーん……ストーカーが関係者の場合は犯人の炙り出しに失敗する可能性があるということやと思ってたんやけど……ちゃうん?」

「その意味においては、君の意見は正しいね」

「祥ちゃんがわざわざ俺らに依頼に来たのは関係者を排除して相手に警戒をさせへんため。田原市議がわざわざ祥ちゃんを名指ししたんも、市議と瑛麻ちゃん自身がストーカーは自分たちの知り合いやって目星がついてるからちゃう? 絶対に関わりがない人間を捜査の中心に据えたかった。しかも祥ちゃんは署内でも有名なやり手の刑事やしな……多分この件は人手不足じゃなくて、祥ちゃんしか知らんのちゃうの? てかほんまに捜査なん? ……市議からの個人的な依頼やとしたら……ああ、選挙か。田原市議としてはなるべくスキャンダルを潰しておきたいってことね――ちがう?」

 長々と語ると頬杖をついたままカップを持ち上げて東雲へ向かって掲げた。千葉は声に出さずに「乾杯」と唇を動かすと温くなっていた中身を飲み干す。

 千葉の語りを静かに聞いていた東雲は深く長い溜息をついて呆れた笑顔で千葉を見る。

「――僕は何も言っていないのに、深読みしすぎだね」

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