第2話.つまりこれは勇者を敵地へ送る会
それから一ヶ月後。早いもので、明日がついに魔物の領土への出立の日だ。
魔物の領土の最奥、なんだっけ、大陸の果てで異界と接している地の境界のあやふやな場所の手前に魔王城があるらしい。
何でまたそんな変なとこに。住み心地最悪じゃん? 最寄駅まで徒歩何分よ??
魔王城の所在はさておき、今夜は勇者の出立を祝うパーティーが王宮で開催される。
「まあ、ミチコ様、お綺麗ですわ」
「えへへ、そうかな、着付けてくれてありがとうございます、皆さん」
「とてもお似合いですわよ」
私は王宮で、与えられた一室の中、侍女さんたちの手によってドレス姿になっていた。
上品で気品があるクリーム色に、控えめな金と水色の装飾がなされたドレス。柔らかく広がるスカートが乙女心をくすぐる。
髪は結い上げられて、ドレスと色を揃えたバラと金の細鎖で飾られた。
金色の地金に鮮やかな空色の宝石が揺れるイヤリングとネックレスも着けて、気分がとてもふわふわする。
侍女さんたちがめっちゃ褒めてくれるからにへにへしちゃうな。嬉しい。
「シルヴィオ様と並ばれたらきっと一枚の絵画のようでしょう!」
ピシッ。
「まあ、想像するだけで胸が高鳴りますわ!」
「きゃあ素敵、早くお迎えにいらっしゃらないかしら?」
んぐぐ。
「あ、あの、シルヴィオが迎えに……?」
「――おう、文句あんのか勇者」
「ギッ」
信じられないくらい虫っぽい声出ちゃった。
「あらまあ、シルヴィオ様、ご機嫌よう」
「いかがですか、ミチコ様のお姿。お綺麗でしょう?」
「あんた方の腕の良さがよく分かる出来だ」
この野郎め。
ギリギリギリとシルヴィオを睨み付けていると、奴は唐突にこちらに向かって「ん」と手を差し出してきた。
「威嚇か?」
「馬鹿が。エスコートだよ」
「えすこーと?」
新手の攻撃か?! っていうのは冗談。こいつに助けてもらわないことにはどうにもならないことは分かっているので、大人しくその手に自分の手を重ねる。
「「「行ってらっしゃいませ」」」
侍女さんたちに見送られ、私はドナドナ、パーティー会場へ送り出された。
「おぉぉ……ザ・パーティー……」
「間抜け面すんな」
「失礼な」
パーティー会場に到着。壮麗なシャンデリアがキラキラと目映い輝きを放つ中、それ以上にキラキラした貴族っぽい人々がざわざわと歩き回っている。
「勇者様、ご到着!!」
アナウンスッ!! こらっ、やめてっ、そんなこと叫んだら皆こっち見るでァァァホラァッ一斉に見るじゃんッ!!
「ほう、あれが」
「普通の少女ではないか」
「本当に勇者なのか……?」
メッッッチャ疑うじゃん。
一番疑いてぇのは私だよ。こちとら固有スキル『ミンチ』やぞ?? 本当に勇者なのか、はこっちの台詞だわ。
「勇者と言えど、シルヴィオ様のエスコートを受けるなんて」
「全く不釣り合いですわ」
「クスクス」
コラァそこォ。バッチリ聞こえてんぞ。
不釣り合いなんて自覚してる上にエスコートされたくてされてんじゃねぇのよ。しかもこいつ良いのはツラだけだぞ知ってるか??
「はぁ……」
「もう疲れたのか? 流石雑魚だな」
「オ゛ォン? ちげぇますけどぉ?」
「そうだな、チンピラの間違いだった」
「チンピラはてめぇでしょうが」
「目が悪いみたいだな、お前。可哀想に」
「おめぇは耳が遠いんだな」
小声で「クソ神官~」と囁いたら脇腹を小突かれた。ぐえ。
直後、ぐっと腕を引かれて耳に唇を寄せられる。
噛み千切られる?! と焦った私にシルヴィオは低い声で告げた。
「こっからは無駄話すんなよ。お前は適当に笑って頷いてりゃいい。会話は全部俺に任せろ」
「は……?」
「神殿の足引っ張りてぇ奴がわんさかいんだよ察しろアホ」
「……なるほど」
神妙に頷いておく。
勇者、つまり私を召喚したのは国教である創星教の偉い人たちだ。そんな人たちとその部下で構成されている神殿の神官団は政治上も結構な一大勢力なんだよね。
つまり世界を救う勇者ですら、この場では政治のやり取りに組み込まれるってわけだ。
それで、私のあら探しをして「神殿は途方もねぇアホを召喚しやがったぞ」とか言って神殿の権力を削ぎたい奴がいるってことね。
一応国も私の後ろ楯ではあるけど、神殿の方がでけぇ後ろ楯だもんな。失うとまずい。
なのでちゃんとシルヴィオの言うことを聞くことにした。
「カシオペイア神官、ご機嫌いかがかな」
「お陰様で、ポムグラニット侯爵」
おぉぉぉ……シルヴィオの胡散臭ェ笑顔!!
現れたおっさんは「ザ・悪徳貴族ゥ!」みたいな見た目の髭のおっさんで、内心の読めない笑みを浮かべて近づいてきた。
おっさんの目が私に向く。シルヴィオが私の腕を引き寄せる力が強まった。
「初めまして、勇者殿」
「初めまして」
薄い笑みを浮かべて取り敢えず挨拶だけは返す。ちょこっと膝を折ってそれっぽく礼もしてみる。
「勇者殿、必ずや魔王を討ち、世界に平和を。平穏な世界からやってこられた貴方には荷が重いかもしれませぬが……」
「ご心配はいりませんよ、侯爵。彼女は非常に強く、そして勇敢です」
「ほう、それはそれは。ですが不安になることもあるのでは? 何かあればどうぞご相談を。私には丁度、貴方と同じくらいの娘がおりますのでね」
「お気遣い、ありがたく思います」
おおお~、おっさんは私に話しかけているというのに全てシルヴィオが返答している。すげぇや。私は頷くだけ。便利だなシルヴィオ。
「カシオペイア神官、貴方のように信心深く、高潔な男のそばにばかりいると、やはり年頃の乙女は気疲れするものですよ」
ええぇ~……乙女心を
「――そうですか」
シルヴィオがうっすらと目を細める。薄青の瞳が剣呑な光を宿すのを、長い銀のまつ毛が誤魔化していた。
ロングまつ毛すげぇ。
そうとも、とドヤ顔で答えるおっさんに、私は「何もそうともじゃねぇ」と言いたいのを堪えて薄く微笑む。
直後、シルヴィオが私の腰に腕を回し、体勢を向き合うような形に変えると、物凄い至近距離から「ミチコ」と囁きかけてきた。周りで女の子たちの悲鳴があがる。
なるほど、我々が
――でも私はそれどころじゃなかった。
近い近い近い近いッ!!!!
シルヴィオがこの至近距離で見つめてくるので、身の内側で固有スキル発動の気配がごにょごにょ蠢き始めたのである。
つまり、危険を察知からのミンチコースの危機だ。
流石に『勇者を敵地へ送る会』の最中に勇者がミンチになって弾け飛ぶのはまずい。周囲の人々に私のミンチを浴びせてしまう。
必死にミンチの衝動を抑え、少しでも危険察知力を下げようとギュッと目をつぶった。
やべぇ、力入れすぎて頭に血が上る。ほっぺが真っ赤になるやつだこれ。
ふるふる震えちゃうし、
「っ……!」
――っぶねぇ、自分で自分の解釈違い起こして弾けかけた。
固く握り込んだ指先がもにょもにょ動き始めている。そろそろ退出しないと本当に爆ぜる。
ガッツリ目をつぶったまま、極力全身の力が抜けないように、声を絞り出す。
「……っ、シル、ヴィオ」
「分かってる」
ほんとか?! この私の危機的状況を本当に分かっているのか?!
そんな私をガン無視して、シルヴィオはおっさんにフッと笑いかけた。この女、明らかに俺に惚れてるぜ? とでも言いたげな(意図してのものだろうけど)顔である。おっさんは顔を顰めた。
「会場の気に当てられてしまったようです。それでは失礼いたします、侯爵」
「そ、そうかね……では、また」
シルヴィオに支えられたまま、おっさんに背を向ける。
「――行くぞ、歩けるか?」
「な゛、なんとかなァ……」
そうして私はパーティーらしいことを何も楽しまずに会場をあとにした。
「――あ゛、もう無理ィィッ!!」
パァァァンッ!!
「いきなり爆ぜるんじゃねぇッ!!」
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