第28話 懐古
幼い頃、夏休みなど長い休みがあると、祖父母の家に泊まりに行っていた。母が「また迎えに来るね」と半時間ばかり滞在した後、妹と一緒に帰ってしまう。妹は以前夜に「帰りたい」と大泣きをしてから、私一人で泊まるようになった。
平常は温和だが夕方にお酒を飲み始め、しまいにグダグダ言う祖父の酒癖の悪さは嫌だったが、どこにいても大して変わらないと、半ば冷めた思いで過ごしていたところもある。祖母は早朝からよく働き、特段私に気を遣うわけでもなく、それはそれで居心地が良かった。
私には、聞くとすぐさまその時の情景が浮かぶ音がある。ヒグラシの鳴き声だ。
午後に畑仕事を終えた祖母は、「昼寝しよら」と私にすすめる。眠たくなんてないが、祖母に付き合って横になり目をつぶっていると、眠っていたようだ。陽が落ち始め、土間では祖母がゆうげの支度をしている音がする。向かいの山から、「カナカナカナカナ・・・」と何かの鳴き声がする。当時の私は、好奇心旺盛な子供であったが、母に質問をすると疎まれていたので、他の大人にも聞けず、自身で曖昧に答えをみつける癖がついていて、その鳴き声は鳥だと長い間勘違いしていた。
毎年この場所で、この時期に聴く、心地の良い鳴き声。午睡から目を覚まし、縁側から見る庭の花や、その向こうの山。祖母がたてる家事の音。安心感で包まれていたひととき。
今でも山に入り、ヒグラシの鳴き声を聞くと胸がキュンとなり、あの夏の日にタイムスリップする。
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