決着

「えっ……」


 突然起こった不可解な現象。菊はその様を他人事のように見ていると、左から声が掛かった。




「——菊、気を抜かない! まだ終わっていないわ!」




 振り向くと、そこには昀昀が立っていた。離れた場所から、掌を突き出していた。


 やっと来たか。助かった。そういえばさっきなんで怒って逃げたんだ——いろいろとぶつけたい言葉を今は呑み込み、意識を戦いに固定させた。


 隣まで来た昀昀に、手短に伝える。


「あの双子は二人だと手強いが、片方だけなら弱い。切り離して一人ずつ狙うのをお勧めするぜ」


「分かったわ」


 了承を示した昀昀を確認し、再び双子へと目を向ける。


 先ほど吹っ飛んだのは、直接昀昀の掌を受けたわけではなく、その掌の風圧によるものだろう。なので、損傷は受けていない。ゆえに『双鷹爪』は立った。


 双子はその猛禽じみた二つの顔に、不快感を隠さず表す。


「小娘がもう一匹」

「もう少しでその刀の女を殺せたものを」

「だが、誰が助力しようと知れた事」

「我々『双鷹爪』の前では、等しく塵芥」


 それらの言葉を、昀昀は冷たく一笑に伏した。


「『双鷹爪』? ああ知っているわ。確か『傖龍派』から離散した小門派の中にいたわね、そんなふうに呼ばれているが」


 常に皺の寄った双子の眉間に、さらに数本深い皺が増える。


「ほざいたな、小娘!」

「その服装、『玄洞派』の内門弟子と見た!」

「だがその若さでは大したことはあるまい!」

「所詮は先祖の教えを順を追って墨守することしか能の無い懐古主義者の集まりだ!」

「実戦のみを突き詰め続けた、我ら『傖龍』の武人の敵にあらず!」

「外華内貧と侮り続けてきた貴様らの驕り、今ここで教訓として受け止め、土の輪廻に帰るがいい!」

「殺す!!」

「殺す!!」


 一対の柳葉刀が、剣呑に、昏く輝く。


 それらの言葉には取り合わず、昀昀は菊に小さな声で言った。


「……菊、ここまで来る途中、たくさん敵らしい死体が転がっていたけれど、あれは全てあなたが一人で?」


「いや、分かんね。……とにかく襲ってくるやつ、片っ端から斬ってたから。それに……とんでもなくぶち切れてたし」


 何かを押し殺すように最後の方を口にした菊のその言葉だけで、何があったのかを昀昀は瞬時に悟った。


 脳裏に浮かぶのは、あの少女。


 明らかに武を知らない立ち振る舞い。襲われればひとたまりもない。


 そんな少女が、悪漢がうごめくこの無防備な街に、今なお留まっていたら……


 昀昀は心中を察して瞑目めいもくし、それから再び目を開いた。


「もしかすると、この二人が今回の邪派の親玉かもしれないわ。だから、討伐しましょう。……この街を一緒に守るの」


「……ああっ」


「背中は任せるわ」


「そっちこそな」


 その言葉を交わした途端、『双鷹爪』が一気に迫ってきた。


 二人並んで突進してくる——かと思いきや、左右へ散開。紐に繋がれた柳葉刀を放ち、菊と昀昀を狙う。


 それらは、昀昀の片手の一振りによる風圧により、吹き飛ばされた。


「「ぬっ……」」


 双子は揃って驚愕しながらも、柳葉刀を紐で手繰り寄せて掴み取りつつ、挟み撃ちの要領で接近してくる。


 間合いより少し遠くに菊と昀昀を置くと、その間を保ったまま、ぐるぐると高速で周回。


 どの角度から攻めてくるのか——菊は心身で身構えて待つ。


 動いた。


 二人は——昀昀へ殺到した。


「「その和刀の小娘の動きはもう分かっている! まずは貴様だ白髪娘ぇっ!」」


 迫る一対の刃。


 しかし、昀昀は調子を少しも変えなかった。


 兄が横薙ぎに斬りかかるが、昀昀はそれを掌風によってずらし、あらぬ方向へ流した。それから間髪入れずに弟の刺突が迫るが、それも踊るように回避。そのまま弟へ掌打を打ち込もうとするが、兄の刀がその腕を両断せんと刀を振り下ろしてきたので左手を引っ込めて後退。


「「逃がさん!!」」


 もう一度、付かず離れずの距離を保ったまま昀昀へ迫る双子。


 あらゆる方向、あらゆる太刀筋で、昀昀に次々と仕掛ける。

 だが、昀昀は舞うような優雅な動きと、そこから発せられる掌の風によって、ことごとく空を切らせる。

 それは、戦っているというより、戯れているとでも言えるような光景だった。


「は!」


 昀昀が少し強めに掌を突き出す。風が壁のごとく双子を張り倒し、後方へ転ばせた。


「ふん、なんだ今のは!」

「こんな微風では、子供一人とて殺せぬぞ!」


 すぐに受け身を取って、そう揶揄してくる双子。


「その前に、お前達は?」


 対し、昀昀は冷笑してそのように言う。


 それから、自分の体の二箇所を指で示す。


 首筋と、脇腹。


 双子はそれにつられて各々の首筋と脇腹を見て、己が目を見張った。


「「な……いつから俺達に傷をっ?」」


 兄は首筋に、弟は脇腹に、ごく浅いながら切り傷が出来ていた。


 菊はそこに傷をつけた覚えは無い。昀昀とやり合った後に出来た傷だ。


「わたしは何もしていないわ。言ったでしょう? 片割れの腕前を疑え、と」


「「どういう意味だ」」


「その切り傷をつけたのは、紛れもなくよ」


「「な、なんだとっ!?」」


 双子が驚愕する。これまでのどの時よりもハッキリと。


 くすくすと、可憐に、しかし酷薄に、昀昀が笑声をこぼす。


「気づかなかったの? わたしと戦っている最中、お前達二人の間を幾度も刃が駆け抜けた。その刃が、誤って血を分けた兄弟に傷をつけてしまったのよ」


 双子が信じられぬとばかりに反駁はんばくする。


「う、嘘だっ!?」

「俺達が狙いをあやまつはずがないだろう!! まして、兄弟を傷つけるなど!!」

「貴様は嘘をついている! そうやって俺達をたぶらかして、連携を崩そうとしているのだろう!?」

「そうだ! この嘘吐きめ! 殺してやろうか!?」


 しかし、昀昀は聞く耳を持たず、せせら笑うように言った。


「————とんだ「最強の双子」だことね、邪派」


 猛禽のような瓜二つの相貌が、同じように青筋を立てた。


「「——殺すっ!!」」


 その怒気を体現したかのような一対の猛進。


 菊は愛刀を、昀昀は両掌を構えて待つ。


 間合いが重なった瞬間、


「はっ!!」


 突き出された昀昀の掌から、風が真っ直ぐに唸った。


 吹っ飛ぶ双子だが、すでに何度か受けて慣れているため、立ち直りは早かった。風にあえて逆らわずに流れに乗るように跳び、風圧が弱まってから足を軽く踏ん張らせて重心を取り戻す。


 けれど、昀昀の隣にいたはずの、菊の姿が無かった。


 横合いから鋭い殺気を感知。


「ちっ!」


 閃くの一太刀を、兄が柳葉刀で受け止める。


 そこへすかさず弟が菊へ斬りかかるが、その刃が当たる寸前に菊の姿が少し離れた位置へ瞬時に移動する。——川島派至刀流・五ヶ条『朧舞』。


 菊の横を、昀昀が烈風のごとく通過。


 すでに刀を振り終えた体勢の弟めがけて、ぶつかるような掌打を打ち込みにかかる。


「させん!」


 だが、兄は左腕で弟の首を抱くと、己の体を踊るように旋回させた。その旋回に巻き込まれる形で弟が昀昀の掌打の延長線上から逃れ、同時に右手に持っていた柳葉刀が昀昀の首へ向けて高速で流れる。


 それを、縦向きのが割り込んで防いだ。


「こっちこそさせねーよ」


 言って、菊は触れ合った柳葉刀に愛刀を滑らせ、兄の首を狙う。


 対して、今度は弟が兄の首を抱え、兄を巻き込んで旋回。菊の刺突から逃れてから、二人は分離して後退する。


「おのれ……!」

「我らの真似とは、ちょこざいな……!」

「だが、所詮は真似事」

「我々兄弟の「本物」には勝てんぞ」


 菊と昀昀は、並んで前へ進みながらそれぞれ答えた。


「じゃあよー」

「この戦いで生き残った方が」

「「本物」っつー事で」

「いいのよね?」

「だってよー」

「「本物」は、負けないのでしょう?」


 双子の眼光が、これまで以上に剣呑に光り輝いた。


「「我々の真似をするなぁ————っ!!」」


 重複した怒号を発するやいなや、双子は左右へ散開。


 また迂回して挟み撃ちでもする気か、と菊は思ったが、どうやら狙いは違った。


 菊たちの周囲。


 菊が散々斬り殺してきた邪派の武人の死体。そして——それらが持っていた武器の数々。


 双子はそれらを拾い上げるや、菊たち二人へむけて手裏剣のごとく投擲してきたのだ。


「はっ」


 無論、昀昀は内力をこめた掌による風圧で、飛んできた剣の軌道をずらす。剣はあらぬ方向へ飛び、地面に突き刺さる。


 だが、双子は投擲をやめない。次々と死者の武器を投げつけてくる。


 昀昀がどれだけ防ごうとも、投げてくる。


 やがて、とうとう双子も投げるのをやめ、菊達へ向かって挟撃するように左右から近づいてくる。


 とうとう懲りたのか、と菊も昀昀も思いかけて、すぐに双子のに気がついた。


 周囲に散らばっている無数の武器。

 これらは投擲に失敗して落ち転がったもの——ではなく、

 

 剣、刀、槍、大刀、斧……実に多彩な武器の数々。


 これらを状況に応じて交換すれば、この双子の戦い方は実に多様になる。


 腐っても実戦主義な『傖龍』の出身。こういう工夫と発想はお手のものというわけか。


 双子が紐付きの柳葉刀を投擲。


 昀昀はすかさず虚空へ掌を這わせる。内力がこもったその掌による風圧が、紐ごと二本の刀を舞わせた。


 だが、それは囮だった。双子はすでに別の武器を拾い、二人を間合いに納めていた。


 兄は槍。弟は双手帯そうしゅたい。両者ともに長い得物だ。


 手始めに兄の槍が菊に迫る。菊はそれを避けつつ、柄を一太刀で斬る。


 その後方から、弟の双手帯の振り下ろしが来る。昀昀は掌風によってその刃の向きを横へずらし、地面を斬らせた。それからすかさず双手帯の柄を踏み付けてそれを地面に縫い止めた。


 けれども、双子はすでに次の武器を手にして近づいていた。


 双剣を手にした兄が菊に再び肉薄。刺突と薙ぎ払いを連続で繰り出してくるが、菊はそれを巧みに防御していく。


 昀昀も助けに入ろうとするが、


「っ?」


 しゅるっ、とその柳のような腰つきに紐が巻き付いた。その紐の末端には、うり形の小さなおもり。もう片方の末端は弟の手がしっかり握っていた。——流星錘りゅうせいすいという隠し武器だ。殺傷力は低いが、足止めに使える。


 だが、昀昀にとっては、こんなものは足止めにもならない。


「——はぁっ!!」


 裂帛の一喝とともに、昀昀は勢いよく身を捻った。


「うぉっ!?」


 ただ捻ったのではない。内力を込めて全身を捻ったのだ。たおやかな女体にあるまじき怪力に引っ張られ、流星錘の紐がびぃん! と一気に張り詰める。それをしっかり握っていた弟が虚空を踊った。


 弟は昀昀を中心に円弧の軌道で宙を舞い、


「「おぉあっ!?」」


 やがて菊と剣を交えていた兄に思いきり激突した。


 虚空を舞った弟に潰される形で、大地に押し付けられる兄。


 ぶつかっただけならば、大したことはなかったに違いない。


 しかし。


「あ、兄者ぁっ……!」


 兄の持っていた双剣の一振りが、弟の体を貫いていた。


 ぶつかった拍子に、突き刺さったのだ。


 明らかに、助からない刺さり方だった。


「お……弟よぉっ!? お…………お、俺は、なんということを……!!」


 兄の発した、これまでで最も切羽詰まったような声。


 故意にではないとはいえ、血を分けた双子の弟を己の刃で刺してしまった。そんな己の所業を悔いるような声。


 もはや戦いなどしている暇は無い、とばかりに、弟のことを気にかけ続ける兄。その目には、涙すら浮かんでいた。


 ——


 一方、菊はその言葉を聞いて、燃えるような怒りを覚えていた。


 あれだけ無辜の人間を自分勝手に殺しておいて、それは一切悔いず、自分の身内が死んだ時は人間臭く悲しむ。


 その醜悪な根性が、生き意地の汚さが、たまらなく許せない。


 こんな連中に、琦琦は——


「悪い……昀昀。あとはあたし一人にやらせてくれ」


「……ええ」


 何かを察したのか、昀昀はそう答えた。


 愛刀を清洌に、剣呑に光らせながら、もはや片方だけとなった『双鷹爪』へ向かってゆっくり歩む。


 兄もまた、ギラリと殺気に満ちた眼光を菊へ向けた。


「よくも…………よくも弟を————!!」


 落ちていた柳葉刀を拾い、燃えるような怒気と憎悪をまとって矢のごとく突き進んでくる兄。


 繰り出されたその一太刀を、菊は難なく受け流し。


 川島派至刀流・四ヶ条『逶迱いい椿つばき』で斬りつけた。


 が、蛇のごとく曲がりくねった文目あやめを描く。首筋、両手首、両大腿部を滑らかに通過し、それらの部位から赤黒い血華を咲かせた。


 絶命の一太刀を浴びせられた兄は、弟の後を追った。


 どしゃり、と水気のある重い音を立てて倒れたその屍に、菊は冷厳に言い下す。


「——土の輪廻の中で、兄弟そろって琦琦に万回詫び入れろや」

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