『双鷹爪』

『双鷹爪』の実力は、菊が思っていた以上であった。


「ちっ!」


 兄が繰り出してきた刀を受け流してから反撃の一太刀を入れようとしたら、もう片方の弟にそれを防がれた。菊は思わず舌打ちする。


 しかもそれで終わりではない。弟に守られた兄はすでに次の攻め手の準備をしており、菊の横合いから刀を繰り出してくる。


 大陸によくある外観の、柳葉じみた形の刀身が菊の首筋を斬り裂く——ただし、残像の。


 菊はすでに兄の背後に移動していた。踊るような回転によって相手の攻撃を紙一重で避けつつ背後に回り込んで浴びせる一太刀。川島派至刀流・五ヶ条『朧舞おぼろまい』。


 だが、それも弟が防いだ。


 さらにすぐ兄と入れ替わり、柳葉刀を円弧に放ってきた。


「めんどくせーなもうっ!!」


 菊は兄の斬撃を強引に弾きつつ後退し、距離を取った。


 様子を伺う菊に対し、双子は代わる代わる喋りだした。


「どうだ、小娘」

「これが『双鷹爪』」

「大陸最強と名高い双子」

「祖国に帰ったら伝えておけ」

「いや、帰れないだろう」

「そうだ。俺達が今ここで殺すからな」


 双子は再び殺意を示すように、片手持ちの柳葉刀を構えながら近づいてくる。


「そうかよ。なら、和國に帰ったら伝え広めてやる。——『双鷹爪』っつー、最強の双子がいたってよぉっ!!」


 菊は再び戦意をみなぎらせ、双子へ接近。


 川島派至刀流・二ヶ条『旋風蚕つむじがいこ』。全身の旋回と手の内の巧妙な操作で、無双の斬れ味を誇る刃の太刀筋をまゆのごとく密にまといながら、双子の間合いへと突入した。


 双子はお互い離れて左右へ飛び退く。それから、柳葉刀を左右から投げつけてきた。


 武器を捨てるか、と菊は一瞬思い、次の一瞬にはその考えを否定する。見ると、二つの柳葉刀の柄頭にはひもが付いており、それぞれの持ち主の手元と繋がっていた。


 二人の柳葉刀では、長さが菊の和刀より短い。普通に斬り込めば菊に刃が届く前に『旋風蚕』の密なる斬撃によって腕がズタズタになるだろう。……しかし、紐で飛距離を伸ばせば、そんな捨て身をせずとも菊に届く。


 それに、たとえ刀が菊に届く前に防がれても、紐は菊の愛刀に絡みつくだろう。それは小さいようで大きな隙だ。体力で劣る菊にとって、唯一の決め手となる攻撃手段は愛刀一振りのみなのだから。


 その手には乗るか——菊は瞬時に敵の狙いを考察し、そして瞬時にその対策を講じて動いた。


 『旋風蚕』をやめ、右側にいる弟の投げた柳葉刀だけを受け流しつつ、大きく踏み込んで喉元を狙った刺突を繰り出した。……それは同時に、兄の投げた柳葉刀の間合いから遠ざかる動きでもあった。


 小さな動きだけで刺突を避けられる。しかし、狙いは刺突にあらず。


 首筋に刃を添えながら、刀身をこと。それによって、刃の摩擦で首筋を切り裂いて絶命させる。和刀にはそれを可能とする非常に優れた斬れ味がある。


 だが、背後に殺気。


「はぁっ!!」


 兄が勢いよく菊の背後へ迫り、腰を落としての正拳突き。


 大きな鉄球が高速で迫るような圧力を宿したその一撃を菊は身を捻って避ける。そこから反撃の刀を振るおうとするが、それよりも速く弟が柳葉刀の紐を引き戻し、菊の顔を狙う。


 菊は引かれて戻ってくる弟の柳葉刀を愛刀で防ぐ。それから兄へ一太刀浴びせようと試みるが、今度は弟が自身の柳葉刀を掴み取りながら右掌打を繰り出してきたので断念して後退。回避には成功するが、突き伸ばされた弟の右腕の真下を滑らかに潜って、斜め上の軌道で刀の刺突を放ってくる兄の姿。


「うっぜーなぁっ!!」


 菊はうんざりしてその刺突も受け流すと、再び大きく後方へ跳ねて距離を取る。


 構えて出方を伺いながら、呼吸を整え、気持ちを整え、敵の動きの「質」を高速で考察する。


(やりにくいったらねーな……単なる赤の他人の雑魚二人が一緒に来るんならまだマシだが、こうまでとな……)


 はっきり言って、この双子の片方だけの実力なら大したことは無い。せいぜい、今まで斬ってきた『傖龍そうりゅう狠子こんし』より少し強い程度だ。


 しかし、この二人はあまりにも連携が上手い。それこそ、お互いの何から何まで知っていて、思っていることすら通じ合っているように。


 さらに、実力が両者とも全く同じ。なので、互いに出来ることと出来ないことがはっきり互いに分かっていて、その範囲内で自由自在に動くことが出来る。なおかつ、連携の巧みさが、互いの動きを邪魔し合わず、それどころか相乗効果を発揮している。


(金魚の群れか、こいつら……!)


 それは揶揄にあらず。称賛であった。


 金魚の群れは、互いにぶつかることが無い。違う個体同士でも、調和を保って動き合うことが出来る。


 しかし人というのは、たとえ血を分けた兄弟であっても、考え方や癖に必ず差が生まれる。そしてそれらの差は、必ず連携や集団行動にひずみを生む。他人同士であればなおのこと。だからこそ、ある意味では金魚にも劣る人の群れを、掟や法というもので強引に縛って統制してきた。それが人の世の歴史の常。


 この双子は、そんな金魚の動きを人の身でやっている。


 手強い相手だ。ある意味、屈強な一人の強者とやり合うより、面倒である。


「怖気付いたか、小娘」

「だが、まだまだだ」

「我々『双鷹爪』の真骨頂は」

「これからだ」


 言うや、再び『双鷹爪』は向かってきた。今度は左右から外側へ弧を描くように近づいてくる。


 二つの弧の接触点——つまり菊まで近づいた瞬間、右の弟は右回転に、左の兄は左回転に身をひねった。そのひねりにそれぞれの柳葉刀を付随させ、斬りかからんと迫る。


 菊は舌打ちし、二人の刀の鋒同士の間隔が広いうちに前へ思いっきり飛び退く。——両側から、しかもそれぞれ違う回転方向で迫られたのでは避けられない。右へ避けても、左へ避けても、もう一方の刀に斬られる。これでは『朧舞』も使えない。であれば、間合いから逃げる他無かった。


 転がって素早く受け身を取って、流れそのままに立ち上がる。


 またも二人揃って向かってくる双子。付かず離れずの兄弟の距離感を保ったまま、菊へ向かって刃を走らせてくる。次々と飛来してくるそれらを躱し、防いでいく。


 だが、防戦一方ではいつかは疲れ果てて斬られる。迂闊に攻めても、高度な攻防の連携によって逆に攻め所を与えかねない。


 であれば、どうするか。


 菊が思いついたのは、双子の距離を切り離すことだった。


 この高度な連携も、双子がそろって菊に刃が届く位置にいるからこそ成り立つ。であれば、大きくこの二人の間隔が開けば、両者は孤立する。双子が揃っている状態では確かに強いが、個々の実力はさほどでもない。孤立すれば斬り殺せる。


 なので菊は防ぎ躱しながら、機会を待った。


 やがて、その「機会」を見つけた途端、菊は大きく上段に振りかぶった愛刀を、目の前にいる双子の兄の方へと縦一閃に振り下ろした。川島派至刀流・一ヶ条『瀑布ばくふ』。


(こいつを防いでも、余剰した威力で吹っ飛ぶだろうよ! 受けきれずに斬られて死んでくれりゃなお良しだ!)


 川島派の基本にして、菊が最も深く練り上げた一太刀が、兄へと迫る。


 その兄の猛禽じみた顔が——にやり、と悪どく笑った。


 轟然と振り下された『瀑布』が、


「な——」


 避けられた——そう確信すると同時に、自分の短慮さに気づいた。


 自分は馬鹿か。

 当たり前だろうが——自分達を弱めかねない攻撃を、常に警戒しておくなんてこと。


 こいつらは確実に、こちらの狙いに気づいていた。


 兄弟が付かず離れずの距離を保ちながら攻撃や防御を巧みに繰り出してくるのは、菊にとっては面倒な戦法だった。……ならばその連携に歪が生まれるように、二人の距離を切り開き、一人ずつ殺してやろう。そういう考えに行き着くのは、武芸を学ぶ身として当然だった。


 どんなに優れた戦術でも、それを実行する前に読んでしまえば、防ぐのは容易い。


 軽々に勝ちを急いだ代償は、兄の走らせた柳葉刀だった。


 汚い、細かい錆びつきが彩るならず者の刀が、断頭台の勢いと威力を宿して菊の首筋へと向かってくる。


 だめだ、避けられない。『波濤』は強力だが、それゆえに技の終了後、一瞬だけ硬直する。たかが「一瞬」だが、武芸達者はその「一瞬」をあらゆる手で埋めにかかる。


 負ける死ぬ——


 そう思った瞬間だった。




 




 同時に、目の前にいた『双鷹爪』の兄が、強風に煽られた紙のように吹っ飛んだ。


 弟も一緒になって飛び、兄弟もろとも左へ転がった。

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