「毒」
「
「うるせー」
風呂桶の端に寄りかかりながら、
のぼせた体の熱はだいぶ引いて、気持ちも冷めてきていた。
思考が明瞭に働くようになったため、ずっと気になっていた事が頭に浮かび、それを問う気になった。
「……
「知り合いどころではないわ」
「だって————その子に余命を宣告したのは、この私だもの」
「…………え」
一瞬、何を言われたのか、分からなかった。
いや、分かっている。
ただ……その言葉の意味を理解することを、
——余命。
誰の?
「……
おそるおそる、
どことなく、寂しそうに、しかし己の宿命を拒絶なく受け入れているような、そんな微笑を見せた。
それを見て、
黙りこくった二人を見て、
「……もしかして、
いよいよたまらなくなり、
「ど、どういうことだよ!? 何だ、余命って!? こいつ、なんかの病気なのか!?」
「
「「毒」……?」
なおも戸惑いの続く
「話が変わるけれど……
「え? えっと……
「そうよ。母体と繋がった臍の緒が、母体の栄養を胎児に送り、それを養う。けれど、それは母体の栄養補給の質に依存している。もしも母体が毒物を摂れば、その毒素もまた臍の緒から胎児へ送られ、胎児の生育に影響を及ぼす」
「つまり……
「そうよ」
「——武林には『
「そんなえぐいもんがあるのか……武林には」
「ええ。けれど強力な分、危険も大きい。『毒手』を身につけたとしても、自分自身がその毒に冒されて死ぬ可能性もある。普通はやらないし、武林でも「邪道」と唾棄されるわ。……が、それでも『毒手』に手を染める人間は存在する。主に「仇討ち」のためにね」
「仇討ち」という血生臭い単語に、
「
「そう。その子の母親は、自分の父をある武芸者との試合で失った。双方、合意の上での戦いだったけれど、だからといって感情がそれを割り切れるわけではない。だからその母親は『毒手』を身につけて、その武芸者を触って毒死させたのよ。何年も武功を練るより、『毒手』の方がはるかに早期に身に付くからね。……それから母親はある官吏の男と結ばれ、
無表情。まるでもう聞き飽きた話を聞くともなく聞いているような顔。
それが、なんだか悲しかった。
「命と引き換えに産んだ
だが、それが報われなかったことは、今ここでこの話を聞いている時点で明らかだ。
「
なんという悲惨な因果であろうか。
これはもはや「呪い」だ。
「復讐」という目的のために邪道に手を出し、その報いを本人だけでなく、その子孫さえも受けている。
これが「呪い」でなくて、なんだというのか。
「断言するわ。——この子は二十歳に達する前に、確実に死ぬ」
「で、でもさ! あんたら『唐氏』は、毒が専門なんだろ!? だったらこいつの「毒」を治すことくらい——」
「無理ね」
「なっ——」
断言され、出かかっていた
「私達『唐氏』は、この世のあらゆる毒を知り、同時にその対処法を知っているわ。けれど、対処できるのは、毒が外部から体に入って、その人間の中を巡って冒している場合のみ。……けれど、この子の「毒」は違う。「毒」が生まれつき体の一部となっているの。こうなってしまったら、もはや私達ではどうすることもできないわ」
「…………そんな」
この大陸に来て以来、一番の落胆だ。
まるで、自分の体の半分が、どろりと泥のようにこそげ落ちたような気分であった。
まだ出会ってひと月にも満たないが、それでも
「治す方法は……無いのかよ」
「あるわ。一つだけ」
それが「方法はあって無きがごとし」という証左として
「
希望的情報があまりにも少ないその言葉の列挙に、
(なんで、そんな顔してられんだよ、あんた……)
これではまるで、悲しいと思っている自分が馬鹿みたいではないか。
「諦めなさい。この子の
「……何をだよ」
「この子に、決して「
「内傷……?」
「
「「毒」の進みが早くなるからか……!」
「その通りよ。この子の中に根付いた「毒」は、この子の持ち味である強力な内功の高さによってどうにか進行が遅れている状態。もしもこの子の「気」が少しでも乱されてしまえば、「毒」は一気に体を蝕み、死期を急激に早めるわ」
そこまで言ってから、
「彼女の堅牢な防御は、いかなる敵も寄せつけない。けれど武林は広い。彼女を超える武芸者がいつ敵として現れるかわからない。その時は——貴女がこの子を守ってあげなさい」
頷きたかった。
しかし……
——この子の夭折は、もはや不可逆に等しいわ。
その冷厳な言葉を、いまだに受けとめきれずにいたからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます