暗殺道具展覧会
「きぃぃぃぃぃぃぃぃくぅぅぅぅぅぅぅぅぅ?」
異様に圧のある笑顔を浮かべながら、
「い、いへへへ!
「でも、それにしたって! それにしたって! 『唐氏』の現当主と一戦交えるだなんて!」
怒っているのか混乱しているのかはっきりしない態度の
両頬が彼女の手から解放されると、
「もう決まっちまったことだよ。やらねーと、あたしはめでたくイカサマ犯。この街にいられなくなっちまうよ」
「でもでもっ。博打でいっぱい稼いだんでしょう? だったらもうこの街に用は無いじゃない」
その通りだ。
けれど、「やらないと街を追い出されるから」というのは、所詮「建前」だ。
本音は別にあった。
「だけどよ、『
「結局、それが狙いなわけね」
「そうだよ。……あんたも分かんだろ? あのお嬢様。ありゃ、かなり出来ると見たぜ」
「……ええ。その通りよ」
三人は現在、石敷きがなされた大きな広場に立っていた。
ここは居住区の中心にある、『唐氏』の敷地内だ。
巨大な円筒のような立派な屋敷を中心にして、四角い壁で区切られた広大な土地。四隅には見張り台があり、東西南北の四面には門がある。一瞬、宮廷かと思うくらいに立派な住まいと庭、壁だ。
三人は、その広大な庭の南端付近、開けた場所にいた。
『唐氏』の当主である彼女は、この街では王族くらいの知名度と注目度を誇る。そんな彼女の試合が始まるとなれば、夜であろうともその噂は稲光のごとき早さで広がる。
ちなみに、この屋敷の四方の門は頑丈にできており、なおかつ番兵もいる。当主の許しが無い者は一歩も入ることはまかりならない。……しかし
どういう知り合いであるのか訊いてみたい
「すげーよなぁ。うちらとそう年も変わらないのに、こんなでかい屋敷の主様だとよ」
自分よりも小柄で幼げな(しかし体の凹凸は自分を優に超える豊満さを誇る)
「……彼女、あんな姿形だけど、実年齢は今年で四十半ばよ」
「はっ——?」
「え、い、いや、でもあれ、あれ……」
「『
「まじか……そんなもんがいるなんて、やっぱ武林てやべーわ。…………いや待てよ。「亜」があるってことは、「真」もあるんじゃねーのか? 本物の不老不死がさ」
「ええ。『
「あー悪い。あたしから話振っといて悪いけど、そろそろ行かないと」
「……いい?
「えー? せっかくの試合だぜ? 攻めないなんて生殺しだろうよ。それに……そんな半端を許してくれる相手には思えねーしよ」
「……これは、わたしもこれから先、覚悟をしないといけないわね」
それを聞き流し、
声の届く位置まで達すると、
「作戦会議は終わりかしら?」
「してねーよ、そんなもん。あんたの不老長寿について、少し話してただけだ」
「だから言ったじゃない。貴女よりも人生経験豊富だって。陣痛だって知ってるんだから」
「え? あんた餓鬼いんの?」
「いるわよぉ? 十人。もうみんな私より背丈が上よ」
「十人って…………すげーな。犬猫みてーだ」
「まぁ酷い言い草。貴女も惚れた男が出来れば分かるわよ、お嬢ちゃん」
「でも十人はねーわ」
軽口を叩き合いながら、
対して、
正中線をさらけ出した、一見すると無防備な状態。
しかしそれは素人意見だ。
迂闊に攻めたら、地獄を見る。
そう思わせる「何か」を内包した
「……開始の合図はどうするよ?」
「貴女に任せるわ。……でもその前にちょっといいかしら」
「この庭にいるみんな! 危ないから物陰に隠れなさいな!」
天に繰り返し響いて、やがて空気に溶け消えた甘い鈴音のような声。
それを聴いた敷地内の者達(仕えている下男や、端で見ている
「いったい何が始まるってんだよ?」
「すぐに分かるわ。それより……開始の合図はどうするのかしら?」
「ああ。じゃあ——今この瞬間から、だ」
言ってすぐに、
そして、目で、肌で、耳で、鼻で、空気に触れる舌で、剣尖の延長線上に立つ
——「見切り」のコツは、「現象」を「現象」として受け止めることだ。
人は往々にして、自分の人生の中で培ってきた常識の範疇で物事を決めがちだ。
なので、その「範疇」を放棄する。
偏見を無くし、水のような精神で、五感から世界を観る。
水はほんの少しの振動でも、すぐに震え、波動を作る。
波動から、水に触れた物の特徴と、次の動きが分かる。
それと同じだ。
五感が訴えたほんのかすかな情報。それらから逆算し、次の相手の動きを読む。
——それこそが、「見切り」の真髄。
どれほど剣技が巧かろうが、
しかし「見切り」を身につけることで、
一太刀で人体を断ち割るほどの剛剣も、音よりも疾く放たれる神速の剣も、そう動くことが分かっていれば避けるのは難しくない。祖国にいた頃、
そんな、将軍の顔色さえ変えてみせた能力で、
不気味なほどに動かない。
しかし、不意に片腕を持ち上げた。
ゆったりとした広袖。その
指が動く。奇妙な動き方。
何か持っている。小さな物。
薄い円型……銭貨。
それを持つ指に——不意に強い力が加わった。
銭貨へ力が加わる。その加わる角度と位置から、その銭貨が「飛ぶ」と確信。
どこへ?
菊の胸へ向かって。
「——!」
「見切り」を終えるや、
次の瞬間、その銭貨が「ピチュッ」と風を切り、過程の見えない速度で宙を直進。
一瞬だけちらりと見る。——円い銭貨は、半ば以上木肌にめり込んでいた。
(なんつー威力だ、こんなもんにまともに当たったら……)
戦慄を覚える
「
すでに圧倒されかけていたが、その気持ちを飲み込み、負けじと交戦的に笑い返す。
「へっ、毒も使っていいんだぜ? おばはん」
「ふふ、駄目よ。もし毒まで使ったら、確実に勝ってしまうもの。そういう生意気な口は暗器を避けてみせてから言いなさい、お嬢ちゃん」
「そうかい。んじゃ——ついでに勝ちも得てやるよ!」
先ほどのように、銭貨が矢のごとく次々放たれる。
それでいて、
刀を思い切り伸ばした状態ゆえ、剣尖は一番早く
左肩を狙った
だが、そう動くことは分かっていた。刺突は必ず横へ動いて回避するものだ。
転瞬の間ののちに放たれた神速の刺突。
武器を何も持たない丸腰の
そのピンと張り詰めた袖の
途端、その袖縁の上を、刀の刃が滑った。
そう。袖が切れた、のではなく「袖の上を滑った」のだ。
まるで同じ金属の刃に受け流されたように、刺突の方向が微かに歪められ、
刺突を避けられたことで、
「くっ!」
わずかに逃げ遅れた
袖が刃物になった。
ふんわりとしていて、刀どころか素手でも簡単に引きちぎれそうな薄手の袖が、刃のような硬さと切れ味を得たのだ。
さらに、それに驚いている暇も無い。
こちらへ向けられた左手には銭貨。
「ちっ!」
銭貨が穿ったのは、
川島派至刀流・五ヶ条『
だがそれもかがんで避けられる。太刀筋が真上を通過した瞬間、
普通ならばそこでひとまず作戦を練り直せるが、今回はそれができなかった。
「おっと!」
距離が開いたと見るや、
一発一発が火縄銃にも匹敵する貫通力を誇る銭貨の投擲。尖っていないにもかかわらず樹の幹に突き刺さるほどのその威力は、もはや普通の力では実現し得ない。
(指に
俊敏に駆け回って銭貨を避けながら、
——『
まず、銭貨を狙い過たず真っ直ぐに飛ばすための指遣いを学ぶ。目標物に当てるのが上手くなったら、今度はその指遣いを内力を用いて行い、威力を上げて撃つ練習をする。
そうして身についた『通天銭箭』は、銭貨一枚で頭蓋を貫くほどの威力を誇る。
使われているのは、『唐氏』が暗殺貴族として仕えていた王朝時代の通貨……の偽物だ。国の経済を狂わせ、滅亡への一役を買った「滅びの悪貨」。この忌まわしき鉄屑を『唐氏』はたくさん所有しており、それらは武器として消費されている。この悪貨の悪名は現王朝の『璘』においては周知なので、手裏剣としてばら撒いたとて何の心配も無い。拾っても貨幣としては使えない。
(
決めるや、
そこから始まったのは、斬り合い。
そう、斬り合いである。
刀剣を手に持っていないにも関わらず、斬り合いという関係が成立していた。
理由はひとえに、
袖が刃物になる。
(一番わけわかんねーのがこの技だ。なんだこれは……!? 袖に何か仕込んでんのか……!? でも見た感じ、そうは見えねーし……どう見ても普通の袖だろ……なのに……!)
——『
袖が張り詰めるような振り方を練習し、それからその振り方に内力を併用する。
それにより、袖は確かな張力と斬れ味を持つ。
この袖は非常に薄い生地でできているが、薄いがゆえに切れる。
(……なるほどな、さすが「暗殺貴族」ってわけかい。誰も袖が凶器だなんて思うめーよ……!)
以上の原理を知らず、しかし
偏見を捨てることが「見切り」のコツだからだ。
これまでの人生経験で培った常識的見地を捨て去り、虚心となり、「目の前で起こったこと」を「目の前で起こったこと」とのみ認識する。
——それを証明するのが、この一戦の目的だったはずだ。
「ははっ……!」
結局、やることは今までと同じだ。
相手を「見切り」、勝つこと。
今までと変わらない。
「斬る!!」
何合と打ち合わせ続けられる、菊の刀と袖刀。
防御する中でも、菊の刀はほんの微かに角度を変え、刺突や斬り込みに繋げる。
斬り合いの中で微かに生じる「間隙」を、巧みに突く。
それによって、とうとう刀の刺突が、
はらり、と落ちる己の髪に目を見開いたのは、ほんの一瞬。
上品さのかけらも感じられない大口っぷり。喉ちんこまで丸見えである。
だが
だから、虚心のままに「見切った」。
————口から何かが出てくる。
その一瞬後に、
「っ……!」
「波」と同時に聞こえてきたのは、陶器を尖ったもので引っ掻くような、耳に痛い甲高い音。
そして、
どういう理屈かは知らないが、驚くべき威力。しかし
だが——
それを見た
「……ごめんなさいね。本当は『
「『雷声功』って……さっきのやつか?」
「ええ。内力で声帯を操作して、声の「波」を極限まで細く尖らせて吐き出すの。やり方は教えられないけれど、さっきのように奇襲に使えるし、殺した相手の死因も悟られにくい。……そして、貴女はそんな奇襲すらも読んでみせた。「見切り」とやらがこれほどであるなら、「
「っ……じゃあっ」
こくり、と
「——
その言葉を聞いて、大きな安堵のため息をついたのは、
(もう少し
やや不完全燃焼で、不満が残っていた。
そんな二人に、
「よかったら、これから我が家に寄っていかないかしら? そろそろ夕食が出来上がる頃だわ」
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