桑の葉
「——なんだい、しおれた葉っぱだらけじゃないかい! こんなもんが役に立つと思ってんのかい!? ただ桑の葉取りゃ良いってもんじゃないよ!」
渡した網籠の中を見て、体格の良い
うっせーし唾が飛ぶんだよ馬鹿。
「んだよ、どうせ虫が食うもんだろ? 適当に選びゃいいじゃねーかよ」
「馬鹿言うんじゃあないよ!
「虫のくせにぜーたくだなおい」
「口答えすんじゃないよ! あんた雇われてる身だろ!? ちゃんと仕事しないとお代出さないよ!」
「わーった。わーったから。もう叫ばないでくれっての」
「今度文句言ったら追い出すからね、
「けっ、腰抜かせ」
唾を吐くように文句を言って、
数々の桑の木が梢を広げる桑畑。そこに
今、隣には
周囲には、自分と同じ仕事を担う、知らない人間ばかり。
しかも全員女。
……蚕に食わせる桑の葉を取ったり、その蚕から取った生糸を精製して絹にするのも、基本的には女の役目なのだ。
それによってさらに絹の需要が増え、さまざまな場所で絹の生産が行われるようになったらしい。
……ここにはいない
蚕は良質な桑の葉を好んで食べる。
その葉を多く集めるため、人を雇っている。
その稼ぎの額は、良質な葉をどれだけ集められたかで決まる歩合制。
しかし所詮は下働きであるため、多くても貰える額は推して知るべし。
それでも、稼ぐからには、人はより多くを望む。
そのために楽な道を進みたがるのもまた、人の性だ。
「や……やめて! 返してっ!」
どこからか、懇願するような声。
見ると、気の弱そうな女の子が、それよりやや年上っぽい女三人に網籠を奪い取られていた。
女の子の網籠の桑の葉——どれも光沢がある良質なものだ——を自分達の網籠にそれぞれ入れると、女の子の籠を放り捨てて笑いながら歩み去る。
「おい、待て」
そんな女三人の前に、
女の一人が、怪訝そうに言った。
「確かあんた、今日ここで働き始めた
「今その子から葉っぱぎっただろ。返してやれ」
「は? 何言ってんの? これはあの子から譲ってもらったのよ」
「やめて、返して……って言ってたの聞いてたぜ? おら、とっとと返せ、すれっからし共」
「空耳でしょ。小汚い
ちん。
「あたしがこんな喪服みてーな暗い色の服着てんのは何の為だと思う? ……返り血を浴びても汚れが見えねーようにするためだよ」
あからさまに悪ぶった笑みをにやりと見せ、言葉と刀で示威する
効果は抜群だった。三人は青い顔をして立ち尽くしていた。
「返せよ。お前らの手でな」
それからそそくさとその場を後にした。
「や、野蛮っ。なんて野蛮な生き物なのっ」「さすが
陰口が聞こえてくるが、言ってろと無視。
女の子へ網籠を返し、笑いかける。
「この件、あの仕切り屋の糞婆に訴えな。あの婆、うっせーけど不正には厳しい類の奴っぽいからな。あたしの地元にも似たような奴がいたから分かるんだ」
「え、あ、はいっ」
「あと、これからあたしと一緒に作業しようぜ? そうすりゃ、あの
出来る限り優しい感じに微笑みかけると、女の子はぽぅっと顔を赤らめ、
「は…………はぃ」
うつむいて、消え入りそうな声でそう返事した。
それから、女の子と一緒に、仲良く葉っぱ集め。
仲間が出来て少しだけ楽しくなったが、それでもでっかいため息を禁じ得なかった。
女の子に聞こえない声で、呟く。
「……あたしってさ、何しにこの大陸来てんだっけ」
——武者修行でしょう?
心の中にいる相棒の
「じゃあなんで、虫の餌を汗水流して集めてんだ?」
——路銀を稼ぐためでしょう?
だよなぁ。
じりじりと照らしてくる昼過ぎの太陽を、
————さかのぼる事、数時間前。
『
大陸にいくつか残る旧貴族や旧有力氏族の末裔「
かつて『
暗殺を生業としていた『
毒は、人を冒し殺すだけではない。使い方次第では、人を治す薬にもなり得る。
『
商魂たくましい街の商人はその知識を商売に利用しようと活発に動いた。
結果、大陸有数の薬草の産地となったのである。
無論、そんな薬草の利権を狙って攻め込む悪しき勢力——邪派がその典型例——もまた存在する。
当然、それらから街を守るための防衛機能も有している。
まず、城郭が二重に存在する。
一枚目は、建物が集まる居住区を守る城郭。
二枚目は、居住区の外側に広がる薬草園や桑畑を守る城郭。
さらに、『
古来から続く血族が育て上げた、質実剛健の街。
それが『
「——というわけだから、
「わぁってるっての。穏便に済ませろ、ってんだろ?」
もう何度目かになる
早朝より少し日が登ったくらいの時間、二人は『
周囲はやいのやいのと賑わっていた。
さまざまな商店が軒を連ね、商売文句を声高に訴えたり、値引き交渉を行ったり、茶杯や酒を片手に談笑していたりと、人々は活気にあふれている。
その中に、
ついさっきたどり着いたばかりのその街でも、
「それじゃ、改めて、この街に来た目的を説明するわね。——わたし達の目的は、残り少なくなった路銀を増やす事。そのための働き口を探す事」
「んな簡単に見つかるかねぇ」
「探せばきっとあるわよ。なかなか豊かな街だもの、ここは。特に薬草取りと桑の葉取りは、いくら人手があっても足りないくらいよ。薬と絹は、いつの時代も需要が高いわけだし。最悪、
「えー? 地味だなぁおい。どうせならお尋ね者とか
「そういうのは『
「わーってるってば!」
聞き分けの悪い子供を諭すような口調で念を押してくる
「よろしい。それじゃあ、お仕事探しましょうか」
(ちくしょう、餓鬼扱いしやがって。見てやがれ、こうなったら馬鹿みてーにたくさん稼いで、拝ませてやる)
——が、そう簡単に大金など稼げるはずもなく。
「……これだけかよ」
夕空の下。ちょうど先ほど桑の葉取りの仕事を終えて街中を歩いていた
仕事が終わった途端「ほらよ」と仕切り屋の婆に渡されたのが、このはした金だ。
(「ほらよ」? 「ほらよ」で済ませんなよあの婆。その日暮らしの奴の食い扶持を。つーかあれだけ頑張ったのに、これっぽっちって何だ)
ため息をつく
「あ、あのっ……
隣でそう訴えかけてくるのは、昼間に助けた女の子だ。
「あー、いいって。別に今日死ぬわけじゃねーし。食うに困ったらその辺の魚獲って食えばいいし。あんたはそいつで家族を食わせてやりな」
そう言って頭を撫でてやる。
ずいぶん懐かれたなぁ。
途中で二人の帰路が分かれた。
一人になった
「やっぱ、少ねーなぁ」
(こんなちまちま貯めてたんじゃ、この街をまた出る頃には老婆になっちまう)
もっと割りのいい仕事はないものかと、
すでに夕方であるため、人通りもまばらだ。そのせいか、昼間よりも並んでいる建物が見やすくなっていた。
その中の一つに、
建物をじぃっと数秒間見つめてから、
——そうだ。稼いだ額が少ねーんなら、その額を増やしちまえばいいんだ。
すっかり軽やかさを取り戻した
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