斬合道中《四》
日差しがある程度強くなってから、
二人は今、真っ直ぐ続く山道を歩いていた。
右に深い森、左に断崖絶壁。
絶壁の下では、先ほどまで過ごしていた川がさあさあと流れている。
「この先をもうしばらく北上していくと、『
そう問うてくる
「いんや。ねーよ。あたしはまだまだこの国には素人だからな。しいて言うなら……『
「『
「世家って?」
「古き時代、何らかの形で特権を持っていた過去を持つ一族のこと。滅んだかつての王朝の王族だったり、諸侯だったり、王朝と関係の深かった氏族だったり…………たいていは属していた王朝の崩壊とともに実力を失ったけれど、中には時流に上手に乗って、その頃に持っていた既得権益や特殊技能を守り、数百年経った今もある程度保有し、その恩恵にあずかっている一族もいるわ。それが今でいう「世家」という存在よ」
「ふーん…………んで、その『
「いいえ。でも、昔この大陸を治めていた皇族と関係が深かった一族よ。——『
「うえー。根暗っぽい。目ぇ合っただけでも殺されそう」
苦い顔をする
「流石にそれはないわよ。だって『
「そうなのか? 「邪派」の奴を暗殺したりとか?」
「——「毒」よ」
「毒…………ああ、暗殺専門だもんな。毒くらい使うか」
「うん。『
『
なので、ずっと温めていた話題を、今ここで出すことにした。
「ところでさ、
「なに?
「——気づいてるか?」
「ええ。もちろん。十分くらい前から」
「あたしと同じだな。……さっきから、あたしらを
共通認識の存在を確かめ合った二人は、後ろを見ずにささやき合う。
「昨日、あたしが斬り殺した連中の仲間かね?」
「可能性はあるわね。
「緑林?」
「山道で人を襲って金品を掠奪する集団のことよ。『武林盟』では「邪派」に数えられているわ」
「山賊ってわけか。じゃあ斬る?」
「いいえ。まずは右の森に紛れましょう。昨日の連中の片割れなら、また
「なるほどな。木が生えまくってる森の中なら、
「そういうこと。それじゃあ…………今っ!」
さんさんと照っていた朝の陽光から、深緑の薄暗さへと視界が変わる。
勢いよく森へ入った二人を、ずっと尾行していた「気配」たちも追随してくる。
乱立する木々をかいくぐる「気配」。
ずっと足音が無かったそいつらだったが、さすがに落ち葉や枝がある森の中を無音で移動するのは不可能だったようだ。足音が聞こえる。
さらには、全体像まで見えてくる。
各々の武器を手にした、いかにも「ならず者」といった風貌の男達。
全員、明らかにこちらを睨んで剥き出しの刃を持っている。
面白ぇ、全員斬ってやる。
敵の殺意を確信した
「————!」
だが、突如背後に「殺気」を感じ、思わず振り返る。
「な——」
そこには、いつの間にやら、一人の男が立っていた。
その男が振り抜いた刀の薙ぎを、転がって間一髪避けた。
距離を取り、その襲撃者の全体像を見据える
一言で言い表すなら「刃物だらけ」な男だった。
面長な顔の上から垂れ下がる髪は肩の辺りまで達しており、たくさんの束になり、その先端部から小さな
肩には交差して背負われた二振りの直剣。
大腿部には一対の短刀。
猛禽の脚を模した形の靴は、爪の部分が鉤爪状の刃物になっている。
……一対になっているそれらと違い、腰の刀の鞘が右にしか無いのが、なんだか気になった。
だが、そんな奇抜な見た目よりも、よほど驚くべき点がある。
(ぎりぎりまで「気配」に気づけなかった……!?)
後ろを取られた経験がほとんど無い
それだけでも、この男が強敵であるという十分な裏付けだった。
さらに面倒臭いことに、周囲を囲まれた。
「……てめぇ、何者だ?」
刃物だらけの男はその鋭い細目を若干開き、わざとらしく明るい声で答えた。
「失礼失礼! たしかに、名乗らずに首を
人を食ったような態度に苛つきを覚える
「——まさか、『
「こいつを知ってんのか?」
「直接会ったのは初めてだけど、噂なら聞いた事があるわ。——緑林組織『
ちゃらり、と無数の髪束の末端に付いた小型匕首を鳴らし、「へへっ」と上機嫌に笑声を漏らした。
「嬉しいねぇ、俺をご存知とは。その服装、『
あたしっ? と目をしばたたかせる
……より正確には、その左腰に佩いた刀を。
「そこの黒髪のお嬢さん。単刀直入に言おうか。——その腰の刀、俺にくれねぇか?」
「ざけんな。斬り殺すぞ」
共に大陸での死戦をくぐりぬけてきた、命の次に大切な愛刀を寄越せと言われたのだ。
剣客として当然の答えだった。
「まぁそう答えるわなぁ。その刀は見るからに
風のごとく詰め寄り、閃きのごとく抜刀し、石火のごとく
「……おぉ、怖い怖い。いきなり斬りかかってくるたぁねぇ。
——野郎、反応しやがった。
ほぼ不意打ち同然の一太刀を余裕で受け止めた
やはりできる、この男。
刃同士を接し合わせた状態から、攻め手を繰り出そう思った瞬間——
「——っ!?」
視界の端から弧を描いて高速で迫った小型匕首を、
……もしも一瞬でも動くのが遅れていたら、あの小型匕首で眼球を横一線に切られていた。
さらに真下から風圧が迫る。
猛禽の脚を模したような靴。その鋼鉄の爪が
「くっ……」
柄に感じる重み。かろうじて防御が間に合った。
だが、
一瞬の猶予の間、すでに
——
「
明滅する雷光のごとき速度で、瞬時に三太刀を放つ。
一太刀——
二太刀——右手の刀による斬撃を弾く。
三太刀——蹴りによる鉄爪を跳ね返す。
『閃爍』は、「一瞬一太刀」の型。
光のような速度で、瞬時に「一太刀」を放つ。
斬るというより「叩く」に近い性質の斬撃なので、斬れ味は他の型よりいまひとつだが、その剣速は
練度が高いほど、一度に連発できる斬撃の数が多い。
——
その電光石火の防御を受けた
「へぇっ! すげぇ速ぇなぁ! 見た事の無ぇ刀術だ! それが
答える代わりに刃をくれてやろうと思った瞬間、
「おっと」
「ふっ!」
真上を通過する剣身の下をくぐって、一気に肉薄する
顎を的確に狙ったその一蹴りを、
「おっと!」
が、別の方向からも剣がやってきて、それも素早く防ぐ。
「っておい!? さっきよか増えてねーかっ!?」
いつの間にやら、手下の数が増していた。
次から次に殺到する攻撃を受けるのに精一杯で、
さらに忘れてはいけないのは、本格的な危機はこの手下どもではなく、親分だということ。
「俺とも遊んでくれよぉ!」
勢いよく距離を潰してきた
「ぐぅっ……!」
刃は防げても、そこに込められた重みだけは受け止めきれず、
勢いを維持したまま、木の幹に背中からぶつかる。
「っ——」
一瞬、息が詰まった。
それを仕留めんとばかりに手下が群がってくる。
「いかん」と思った
「——
火薬の炸裂のような一喝とともに、その声を体現したような凄まじい風圧が、突き出した
『うおおおああぁぁぁ————!?』
木々すら揺るがすほどの暴風に、敵の群れが押し流される。
「うっははは! すげぇなぁおい! まだ若いのになんつう
暴風が緩やかになっていく過程で、
「『
「……ああ、恩に着るぜ!」
相棒の心強い言葉に、刀を握る
やがて風が止み、伏せていた
「お前さんの
肌に刺さるような殺気に、これから始まる激闘の匂いを覚え、
「吐かせ! てめぇにこの刀は役不足すぎんだよっ! 土の輪廻に還してやらぁっ!」
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