斬合道中《三》


 夜明け前。


 朝靄あさもやが立ちこめる、薄暗い森の中。


 木々が少ない開けた場所に、白い少女——かく昀昀いんいんは一人立っていた。


 ひんやりとした空気を肌で感じ、土と木々の匂いを鼻で感じ、大いなる大地の存在を足で感じる。


 昀昀いんいんが、動いた。


 朝靄が、渦を巻いた。


 龍を象形しょうけいし、全身で円と螺旋を描く。


 ある時は緩やかに、ある時は激しく。


 剛柔併せ持った「水龍」のごとき掌法。


 『水龍すいりゅう連環掌れんかんしょう』。


 『玄洞派げんどうは』の外功がいこうの基礎。

 これをやらなければ他の外功はおぼつかない。

 いわば『玄洞派げんどうは』の外功の根幹をなす掌法。


 舞踊のようにも見えるその掌法であるが、その一つ一つには、女の貧弱さを補って余りある「理」が含まれており、その有用性はかなりのものだ。

 熟練者の掌打ならば巨漢の男を容易く吹っ飛ばすほどの威力を出せる。

 そこへさらに内力ないりょくを込めれば岩だって砕ける。


 ひとしきりその慣れ親しんだ掌法を練ると、呼吸を整える。


 そして、今度は『内功ないこう』の鍛錬に入った。


 呼吸を整え、筋肉の緊張を緩め、心を鎮める。


 靴越しにしっかりと地を掴んだ足を通し、大いなる大地の存在を強く感じ、それと自分が「一体」となっていることを実感する。


 その大地の奥底から、足裏の湧泉穴ゆうせんけつを通して体内に力が湧き上がってくる——そんな意識を抱きながら、大きく息を吸い込む。


 次の瞬間——「熱感」が足裏から背中へ駆け上った。


 その「熱感」を意識で捕まえる。

 意識と呼吸によってその「熱感」を体のあらゆる箇所へ張り巡らせ、一周させる。

 そこからまた同じ経路で「熱感」を周回させる。


 周回を重ねるにつれて、その「熱感」が小さくなっていく。


 小さくなるにつれて、全身のがほんの少し増したような感覚を覚える。


 その場から全く動いていないのに、昀昀いんいんの額には汗がにじみ出ていた。

 それほどの集中を要する鍛錬であることの証。


 やがて、もう何度目かの周回をすると、「熱感」が完全に溶け消えた。


 いや——


 昀昀いんいんが大地から吸い上げた「熱感」の正体は、「気」だ。


 「気」とは、生きとし生けるもの全ての体内に絶えず巡っている「生命の力」のこと。


 炎のように目で見えるものでもなければ、音のように耳で聞こえるものでもない。


 しかし、確かに存在する。


 「気」は見聞きするものではない。体全体と心で感じるものなのだ。


 そして「気」とは、人間や動植物が自分で生成できるものではない。


 食物や空気を取り入れ、そこに含まれる「気」を自分の「気」に変えることで、初めて生み出せるのだ。


 その「気」の源泉は、元をただせば——


 草木は大地から「気」を受けて育ち、人や動植物はその草木の一部を喰らうことで「気」を自分の中に受けて育つ。


 あらゆる命は、大地とつながっている。


 大地から「気」を吸い上げ、それを何度も体に巡らせ、自分のものにする。


 そうやって、内面の力を鍛え、強くするのだ。


 このような内功の基礎功法は門派ごとに異なるが、理論はどこも同じ。

 ただ、やり方が異なるだけ。

 今、昀昀いんいんが行っているものも、『玄洞派げんどうは』独自の基礎功法である。


 名を『玄勁功げんけいこう』。


 「気」の総量を増やして内面の力を高めるだけでなく、美容を促進したりすることもできる、まさに女性のための内功。

 この『玄勁功』のおかげか、昀昀いんいんの同門はみんな男並みに力が強く、かつ華やかな外見をしている。

 ……華やか過ぎて、女同士で惹かれ合う門人も少なくない。


 『水龍連環掌』と『玄勁功』——この二つを練るのが、昀昀いんいんの毎朝の日課だ。


 というより、昀昀いんいん


 そして、それこそが昀昀いんいんの強さの秘密であった。


 鍛錬する技術が少ないということは、ことを意味する。


 『水龍連環掌』は、『玄洞派げんどうは』の基本にして極意。

 『玄洞派げんどうは』のあらゆる外功は、この『水龍連環掌』の体術を軸に成り立っている。

 つまりそれは裏を返せば、『水龍連環掌』を極めれば、その他の外功を身につけたも同然ということ。


 『玄勁功』は、内功の基礎を高めるもの。

 「気」を高め、それを運用する方法さえ知っていれば、よほど特殊な技でない限りあらゆる応用が効く。

 「気」を練り上げて生成した内力を攻撃に込めて強化したり、「気」を持ち上げて身を一時的に軽くし『軽身功けいしんこう』を使ったりなど。


 特異な技法は使えない。

 しかし強固な地力を誇る。

 それがかく昀昀いんいんという武芸者の強さの秘密である。


 ……しかしながら、このような練功のし方は、周りからあまり良い顔をされない。


 『玄洞派げんどうは』のような大門派において、武功の修練は「自らを鍛えること」だけが目的ではない。


 「」という目的もある。


 昀昀いんいんのやり方は確かに実戦を考えると合理的だが、「伝統を守る」という考え方には思いきり反している。


 本来ならば門派の中で咎められる修行法だ。


 しかし昀昀いんいんに関しては「とある事情」によって目溢めこぼしを受けている。


 許可してくれている今の掌門しょうもんには感謝の言葉も無い。

 

 昀昀いんいんはそんな自分の待遇のありがたさを再認識してから、気持ちを落ち着け、再び『玄勁功』を練る。


 大地から「気」を吸い上げ、それを己の体内に巡らせて溶かしていき、己のものにする。


 何度か同じように行う。


 やがて、疲れを感じてきたので、やめた。


 一日に何度でもやりたいところだが、そういうわけにもいかない。

 内功は「気」と体内に直接働きかける技術だ。

 それゆえに、修練には余裕と慎重を要する。

 もしも無理をして練ろうとすれば、逆に体に毒となってしまう。

 

「っ……」


 ふと、体の内側から、ずきり、という疼きを覚えた。


(……まぁ、そんなに甘くはないわよね)


 己の抱えているの存在を再認識して、昀昀いんいんの朝の練功は終わった。


 すでに太陽は、東の彼方からすっかり顔を出していた。


 昀昀いんいんきくのいる川辺へと戻った。








「おー、戻ってきたかい。はよー」


 川辺の石の一つに腰掛けて、昨日った果実の残りを食べていたきくが、そう手を振って出迎えた。


 武林では、他門派の練功を覗き見することは、基本的に「禁忌」とされている。

 技を他人に盗まれてしまうからだ。

 昀昀いんいんも自分の門派の伝承を尊重し、きくとは離れた場所で練功していた。


 残ったもう一つの果実を昀昀いんいんへ投げて寄越すと、きくは問うた。


「んで、どうするよ? もう発つか?」


 昀昀いんいんはその小さな口で果実をひと齧りすると、微笑して答えた。


「ううん。もう少し……大人しくしていたいわ。練功で少し疲れたし、急ぐ旅でもないし」


「そっか。んじゃ、それでいいや」


 きくが頷くと、昀昀いんいんはその隣の石へたおやかに座った。


 二人とも食べ切ると、きくはやや気後れした声でぼやいた。


「にしてもなぁ……まだ乾ききってなくて気持ちわりー……」


 そう言って、きくは自分の着ている紺の上衣と黒袴を摘んだ。


 昨日、野盗を斬った返り血を浴びてしまい、せっかくの二着目の衣服が汚れてしまったのだ。


 なので、その前に着ていたずぶ濡れの一着を身につけるしかなくなった。


 どうにか焚き火の近くに干してはみたものの、乾ききらず、湿った状態で着る他無かった。


 昀昀いんいんはふふっ、と一笑。


「旅をするというのは、そういうことよ。……ちょっと待っててね」


 ふんわりと石から立って身を離し、きくと二丈(約六メートル)ほど距離を取る。


 掌を、きくへ向けて突き伸ばした。


「うおっ」


 無論、掌の届く距離ではない。

 しかし内力の込められたその掌は猛烈に空気を押し出し、夏の颶風ぐふうのごとき風をきくへ叩きつけた。

 その風は、しっかりと座って倒れないようにするきくの生乾きの衣服を強く撫で、水気を少し取った。


「いいね。もっと頼む」


 きくの所望に頷き、もう何度か掌風を送る。


 そのおかげで、きくの衣服は、先ほどよりもだいぶ乾いた。


「もういいかしら?」


「ああ。もうこんくらいでいいや。あんまやるとあんたが疲れるだろうしな。ありがとさん」


 満足そうに言うきくに、昀昀いんいんも笑って頷いた。


「にしても、何度見てもすげーな。その技。和國わのくににも素手の武術の流派があるけど、手から風起こしたりするようなものは無かったぜ。武林の奴はみんなそういうのが出来るのか?」


「いろいろな種類の武芸者がいるわね。あなたみたいに刀で戦う人もいるし、剣や槍を使う人も、素手で戦う人もいる。あ、ちなみにわたし、武器を使っても強いわよ?」

 

「ふーん。……って、あれ? 刀と剣? この二つをなんで分けてんだ?」


「違う武器だもの。大陸では、「刀」というのはその和刀わとうのような反りを持った片刃の武器、「剣」というのは反りの無い真っ直ぐな両刃の武器を意味するのよ」


 そういえばあたしの使う技を「刀術」って呼んでたっけ……きくは思い出した。


「でも、どんな戦い方でも、武功使う奴はみんな『外功』と『内功』をあわせて身につけてんだよな?」


「ええ」

 

「一人の例外もなく?」


「ええ。『傖龍派そうりゅうは』のように、外功に偏ってる門派もあるけれど、それでも内功と外功を弊習していない武功門派は存在しないと言っていいわ」


 昀昀いんいんの断言に、きくはおとがいに指を当てて考えながら、独り言のように呟く。


「……もしかして、どの武功も、だったりするか? だから修行の方式も同じだったり……」


 そんな独り言に、昀昀いんいんはパッと目を見開き、よくぞ言ったとばかりに指差してきた。


「すごい! きくってば、よく分かったわね! やっぱり意外と賢いわ」


「意外と、ってのは余計だ」


 昀昀いんいんは誤魔化すように咳払いしてから、昔通った寺子屋の師のような口調で、


きくは『土宮教どぐうきょう』をご存知?」


「へ? あ、ああ。もちろんだ。宗教の名前だろ。大昔、大陸南西部の国で発祥したやつだ。和國わのくににも寺院があるぜ。昔からある比較的無害な宗教だからーって、幕府にも見逃されてる」


「その教義は?」


「えっと…………『「土の輪廻」を知り、己もその輪廻の一部であると認め、次の世代の良き実りとなるべく恵みある現世を生きよ』だったか?」


「そうよ。——武功を最初に作ったのは、その『土宮教』の高僧なの」


 きくは目を見開く。


「まじかよ!? 『土宮教』って、結構優しい教えじゃなかったか? そこから武功が?」


「『土宮教』は殺生を禁じていないわ。あらゆる命は「土の輪廻」でつながっている。どういう形であれ、死ねば生き物は土に還る。その死した命を養分にして土は新たな草木を生み、その恵みを人や獣が食し、その人や獣も寿命で死して土へ還る。ゆえに全ての命はつながっている。死んだとしても、その魂は次に生まれる命の中に含まれ、引き継がれる…………そんな「土の輪廻」を信仰する『土宮教』は、古くからこの大陸で信仰されてきたわ。そして歴史が長い分、


「……身を守る術が必要だったって?」


「ええ。敗残兵が食うに困って村や集落を襲うのは、戦乱の世の常。『土宮教』の寺院も、その標的となったわ。そんな暴力から身を守るため、寺院は武装が必要になった。——それを最初にやった寺院の名は『黄林寺こうりんじ』。現在は『玄洞派げんどうは』と同じく『四大派』の一つに数えられている勢力よ」


 昀昀いんいんは一息吸って、続けた。


「武芸者を教練として寺院に雇い、僧侶たちはその武芸を学んで身につけ、寺院を襲う賊と戦い、これを追い払ったわ。『黄林寺』に伝わった武芸はその中で独自に発展を遂げ、やがて今で言う『武功』の原型が出来上がった。その『武功』を学ぶために多くの者が黄林寺を訪れ、そこからいくつもの系譜に枝分かれしていき……数百年かけて今へ至るまで星の数に等しい武功の門派が生まれるに至った」


 きくはそれを聞いて、面白いとばかりに声を明るく言った。


「長い歴史が一本の糸で繋がってるみてーな、面白い話だな。あたしの『川島派かわしまは至刀流しとうりゅう』からも分派がいくつか枝分かれしたが、みんな元の川島派の動きを濃く残してる。それと似たようなもんってわけか」


「かもしれないわね。……でも、武功が広がったことで「新たな災い」が起こった。理不尽な暴力から身を守るべく発展した武功を使って、逆に暴虐を働く勢力が現れるようになったの。その勢力は、時に朝廷を揺るがすほどの大いなる脅威と化したこともあったわ」


「邪派、って呼ばれてる連中か?」


 昀昀いんいんは頷く。


「武功を学ぶ武芸者たちは、侠気からそんな彼らと戦い、これを倒したわ。けれど、朝廷……つまり「官の社会」は武功を恐れ、一時期弾圧した。どうにか朝廷側を説得して弾圧をやめさせた武芸者たちは、「官の社会」と折り合いをつけるために、ある「仕組み」を作った」


「仕組み?」


「『武林盟ぶりんめい』という、を作ること。大門派がその『武林盟』の理事を務め、世を乱す武林勢力を「邪派」と認定し、これを見つけ次第討伐する——今からおよそ数百年前に出来上がったこの仕組みが、今の『武林』の「始まり」よ」


 言うべきことをひととおり語り終えたようで、昀昀いんいんは「ふぅ」と一息つく。


「……まぁ、『武功』の誕生と、それに伴う『武林』の成り立ちを説明すると、こんなところかしら」


「ありがとさん。……でも、なんかめんどくせー社会だな。和國こっちみてーに侍が権力握ってりゃ、また違ったんじゃねーか?」


「どうかしら。大陸は広いから、野心家もその分多いもの。余計に武力をぶつけ合う泥沼にはまる気がするけれど」


 ままならない世の中だ、と二人で一笑。


「あ、そうだ昀昀いんいん。もしも「邪派」の奴が目の前に現れたらさ……斬っていいの?」


「いいわ」


 いつにない断言ぶりに、きくは若干面食らう。


「……そいつが、自分に何もしていなくても?」


「ええ。だって「邪派」だもの。——自分に手を出していようがいまいが、人を殺して物を奪ったり、女をかどわかして売ったりして得た金銭で飯を食らい、ぶくぶく大きくなった連中の片割れだもの。連中の傘下にいる時点で、みんな等しく斬るべき「邪派」だわ」


 その冷厳な断言ぶりは、いつものふんわりした物腰の昀昀いんいんとは違っていた。


 容赦無いな、と言おうとしてやめた。


 ——これがきっと「考え方の違い」なのだ。


 きくは、自分がどうしようもない馬鹿だと自覚している。

 何せ鎖国状態の国から無理やり大陸に家出するような女だからだ。

 今頃、家は大騒ぎになっているだろう。


 そんな自分でも、人間ごとに考え方が異なることくらいは分かる。

 民族ごとならばなおのことだろう。

 その場所で「神」と崇めている存在が、別の場所では「悪魔」と蔑まれていることなど、よくあることだ。


 「邪派」は斬るもの——きっとそれが『武林』の常識なのだ。


 郷に入っては郷に従え。


 きくはその言葉を再度わきまえたのだった。

 










 ——同じ頃。


「……で? どうして手ぶらで帰ってきちゃってるわけ?」


 とある森の中にある、朽ちた小屋の中。


 入り口から中へ入って奥にあるすすけた椅子に座る一人の男と、その足元でひざまずくもう一人の男。


 跪いている男が、震えた声で早口に訴えた。


「も、申し訳ありません「頭目」。こちらの気配を前もって察知されていた上、白髪の女の内功で毒針も吹き飛ばされて通じず、何より……あの黒髪の女が非常に強く…………あのままやり続けても一方的に斬り殺されるだけだと思い、無駄な犠牲を出さぬよう撤退を——」


「言葉を飾るなよ。つまり、俺が命じた「和刀わとうの強奪」が叶わず、おめおめ逃げ帰ってきたってわけだろ? …………お前を「隊長」にしたのは間違いだったかなぁ」


 失望した口調で言ったのは、すすけた椅子に座る男……「頭目」だった。


 肩まで伸びる長い髪をたくさんの束にしており、それらを先端部で一まとめにしている髪留めには小さな匕首が飾り付けられている。頭が動くのに合わせて、無数の匕首がチャラリと揺れてぶつかり合う。

 背中には、交差するようにして背負われた二本の剣、

 両腰には刀、

 両大腿部には短刀、

 靴には猛禽の爪を模した三本の鉤爪状の刃、

 頭から爪先まで、ありとあらゆる刃物がその身を彩っていた。


 面長の顔に引かれた線のように細い瞳が、跪く男……「隊長」を冷たく見下ろしていた。


「……んで、次にお前が言いたいことは察しがつくぜ。、って言いたいんだろ?」


「はい……その通りです…………自分では、あの小娘どもには敵いませんゆえ」


 消沈した隊長の言葉に、「頭目」はしばし押し黙ってから、おもむろに腰を上げた。


「……ま、半ば予想してた展開だな。いいぜ。俺が直々に出てやる。手下を余計に減らすのも勿体ないしなぁ」


「!……あ、ありがとうございます。「頭目」が出てくだされば、あんな小娘ども、容易くバラバラに——」


「——だがその前に、お前に聞きてぇことがある」


 びくっとする隊長の元へ、「頭目」は猛禽の足のごとき靴を鳴らし、ゆっくりと近づく。


 足元に隊長を置くと、すんっ、と大きく鼻を吸う。細い瞳が不快げに開かれる。


「……お前、。臭すぎる。木炭、硝石しょうせき硫黄いおう…………俺のの組み合わせじゃねぇかよ、なぁおい?」


 隊長は下からり上がってくるような恐怖を覚えた。


「お前よぉ……使ったな? 火槍かそうを」


 「頭目」は、濃厚な殺気の込もった静かな口調で問うてくる。


 いや、「問い」ではない。


 この男が、最も嫌う物の匂いを、間違えるはずがない。


 誤魔化しきれないと思った隊長は、自分の行動の正当性を訴える方向へと話をもっていこうとした。


「で、ですがっ! あいつら強すぎて、火槍でも使わないと殺せなくて……!」


。んで、こんな風に尻尾巻いて戻ってきてる。くっせぇ火薬の匂いを漂わせてよぉ」


 だが、無駄だった。


 避けようの無い「死」が、迫っていた。


 悔やむ暇さえ、もはや無い。


「土の輪廻りんねに還る前にもっかい教えといてやる。——俺はな、火槍がでぇきれぇなんだよ。あんなもん、この世から一つ残らず消えちまえ。そして……そんな道具に甘えやがったてめぇも消えちまえ」


 「頭目」の手が閃き、左腰の鞘から刃が閃いた。


 次の瞬間には、隊長の首の横が大きく裂け、そこから赤黒い華が咲いた。


 こときれた隊長が倒れる。そこを中心に赤黒い水溜まりが広がる。


 瞬時に命を刈り取った己の刀を、しかし「頭目」は不満そうに見つめた。


「……この刀、もう随分斬れ味が鈍ったなぁ。そろそろ替え時か」


 その刀を放り捨てる。鞘も左腰から外して捨てる。


 空いた左腰をぽんぽんと叩き、口端を吊り上げる。


「この「空席」には——あの黒髪の女の和刀わとうを置くとするか」

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