剣客と白い少女《終》
「いやー、斬り合った斬り合った!」
自分と同じく、巨岩だった瓦礫の一つに腰を下ろしている
「あれが『武功』ってやつか。噂には聞いていたが、予想以上の代物だったな。徒手の技も、あの内功とかいう技も大したもんだ! あたしをあれだけ追い詰めたのは、あんたが初めてだよ」
「いえいえ。わたしより強い人なんて、『武林』にはたくさんいるわよ。あなたの刀術こそ、素晴らしかったわ。
そこでふと、気になることを思い出し、
「そういえば、
『武林』では、剣術や拳法みたいな武技を『外功』と呼ぶんだな——そう冷静に認識しつつ、
「ああ、使えるぜ。柔術っての。てか、柔術やらねーと剣術は上手くならねーわけよ。体の使い方がほぼ同じだからな。だから最初は剣を持つ前に柔術を徹底的にやった。手前味噌だけど、あたしは素手でも強ぇよ。さっきだって酒場の馬鹿男どもを投げ飛ばしてやったもんよ」
あぁ、と合点がいったように声を出す
……何人か倒れていたのは、そのせいだったか。
「…………「あそこでは斬り合うべきではなかった」ってあんた言ってたけどさ。なら、他にどういう方法があったんだ?」
そう尋ねてきた
「万事に模範的な方法があるわけではないけれど、一番穏便なのが口八丁でどうにかすることかしらね。理詰めで説き伏せたり、へりくだって相手の態度を軟化させたり。なるべく争わないようにするの。……下手をすると当事者間の争いから、門派同士の争いにも発展しちゃうの。どこかの門派に入っているなら、その門派の者として恥じない行動が求められるのよ。それが、武林における上手な立ち回りよ」
それを聞いて、
しかし空を同じくしていても、こんなにも価値観が違う。
面白いと思うが、めんどくさいとも思う。
「結局……『武林』ってのは、どういう社会なんだ?」
ほぼ独り言だった。
そんな独り言に、
「そうね……『武林』という社会の本質を知るには、まずは「
「「官の社会」?」
「皇帝がおわす朝廷や、国の機関に宮仕えしている
「まず前提として……「官の社会」の人達は、基本的に庶民を守ってはくれない。いえ、「守りきれない」という表現の方が適切かしら。——この国『
「……なるほどな。自分達の身は自分達で守らなきゃならねーってわけかい。国がでけーってのも考えもんだな。
「そうよ。組織立った賊が村を襲い、殺し犯し略奪しても、そこが「重要な土地」ではなく、なおかつ国を揺るがすほどの賊ではないのなら、「官の社会」は
「同感。……んで、そういう「武力を身につけた庶民」が集まる社会が『武林』ってわけかい」
「『武林』は、『武功』という強力な力を持つ者達の社会であるがゆえに、独自の慣習や掟、道徳が存在するの。代表的なのは、理不尽な暴力を憎み、その暴力から弱い者を助ける義侠の精神…………武林の者達は、非力な庶民を「官の社会」に代わって守っているのよ」
「でも、さっきの黄色い馬鹿どもはなんだよ? 明らかに弱い女に絡んでたよな?」
「……まぁ、義侠が尊ばれる社会といっても、結局は人間の集まりだもの。やはりそういう人も出てくるわ。それを正すのもまた武林の者の務めなのよ。それに、あの人達はまだかなり大人しい方よ。中には身につけた強力な武功を、義侠のためではなく悪意と私利私欲のために振りかざし、嬉々として人を殺す者達もいる。そういうのが——」
「「邪派」って呼ばれてる連中かい?」
「うん。それ。……なんだ
「意外と、ってどういう意味だ。ああ?」
じとっとした眼差しを送る
「とにかく、『武林』という社会で上手に立ち回るには、むやみに波風を立てない自制心と柔軟性、そして何より弱者を助ける義侠心が必要なの。「喧嘩を売られたから買って斬る」じゃ、周囲から警戒されるだけよ」
「……でもよ、あたしはこの大陸に武者修行に来たんだ。強い奴とやり合えなきゃ意味がねーんだ。むやみに波風立てんな、って言われたら、どうすりゃいいか分かんねーよ」
いじけた子供みたいな顔をしながら、鞘に納まった愛刀を抱きしめる
そんな
「……なんだよ?」
「いや、そんなしおらしい顔もできるのねって。野獣みたいな笑い方ばっかりするんだもの」
言って、
口元に垂れた白い髪を細い指先で
その微笑みに、その仕草がやけに調和していて、舌舐めずりをしているような艶っぽさが感じられた。
「な……何言ってんだよっ」
少しどきりとした
小首をかしげる
「そうだわ! いいことを思いついた!」
「な、なんだよ今度は」
「ねぇ
「あ、ああ。今更尻尾巻いて帰れねーよ」
「うんうん。それじゃあ——わたしもついて行くから! あなたの旅に!」
「はっ?」
虚を衝かれたように呆ける
「わたしが『武林』の案内人になってあげるって言ってるの! そうすれば、あなたが変に暴走するのを諌めることが出来るし、物の取引とか、世渡りのし方とか、教えてあげられるじゃない! それにわたし、食べられる草とかたくさん知ってるよっ? ね、どうっ? わたしを連れて行かないっ?」
さっきまでのしとやかさはどこへやら、まるで子供のようにその赤い目を輝かせて詰め寄ってくる
蘭のような吐息が間近にかかり、唇同士が触れ合いそうなほど、その人間離れした端正な顔を近づけて。
「い……いいのかよ、あんたはっ? あたしなんぞに構ってよ。あんたにも、用事くらいあんだろっ?」
「うん。いいの。旅をすることそのものが、わたしの目的だもの」
青々と広がる昼空全てを手中に納めんとばかりに両腕を広げ、空を仰ぐ。
息を大きく吸い、言葉とともに吐く。
「——この世界は、とっても広いわ。その
この風は、いったいこの世界のどこから、やってきたものだろう。
「それでも、わたしは命の続く限り、この世界を知りたい。目で、舌で、鼻で、耳で、肌で、この魂で、世界を味わいたい。だって、この世界には面白いもの、素敵なものが数えきれないほどたくさんあるから。——あなたもその中の一つだよ、
振り返り、笑う
これまでみたいに洗練されていない、しかし子供のように裏表の無い、清々しい笑顔。
「だから——わたしに「あなた」を教えて? 「あなた」を通して見る、武林という未知の世界を教えて?」
そんな
外見だけではない。
魂まで透けて見えて、その美しさがよくわかるような感じがした。
——自分はまだ、
すさまじく美人で、すさまじく強くて、すさまじく上品で、それでいて好奇心が強い。それくらいしか分からない。
けれど、少なくとも、悪い人間ではない。それだけは分かる。
それだけでも、これから先も彼女と一緒にいるには十分だった。
「——ああ。よろしく頼むぜ。相棒」
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書き溜めてから、また連投予定。
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