剣客と白い少女《三》
「うおっ……?」
突風か? しかし自分の体には風は感じなかった。刀だけが勝手に動いた——
さらに刀が上へ流れてガラ空きとなった胴体めがけて、
柔和で滑らかそうで、なまっ
しかしその見た目とは不釣り合いな強烈な威力を、先ほど見たばかりだ。
「おっと!」
掌が宙を推す。
そこから生まれた風圧で、斜め後方へ飛び退いた
遠くまで届く掌圧に驚きながらも、
——
「
銀の残像を置き去りにして疾駆する剣尖。
熟練者ならば、その
過程がすっ飛ばされて見えるほどの速度で
(くそっ、まただ! 刀が逸れやがる! 風みてーなもんに逸らされちまう!)
彼女の操る掌の周りに渦巻く、謎の風圧。
一定の距離まで刀が近づくと、その風圧が太刀筋を歪めてしまうのだ。
再び
ふわりと柔らかく、しかし素早く距離を詰めた。
踊るような美しい挙動とともに幾度も繰り出される、岩をも砕く掌打の数々。
確実に
ときどき隙を見つけ、斬りかかるも、やはり掌の風圧によって刃を流されて失敗に終わる。
(意味が分からん。こいつ……天狗か何かか?)
——天狗にあらず。
今、目の前で見せている技も、神通力でも何でもない。
『
武功とは、『
徒手や武器を用いた武技『外功』、
体内を巡る「気」を用いた技術『内功』、
これら二つを
「水」は雨として地に満ち、そこから蒸気となって再び天へ昇り、雲と化して雨と雷を降らす。その様は、まさしく天地を
優しき姿と厳しき姿を併せ持った「水」のごとく、柔と剛を高度に備えた掌法である。
『
さらに、そんな
——そう。これは紛れもなく、
『内功』だ。
体内を巡る「気」を練り、『
……しかし、そんな神通力じみた芸当も、完璧ではない。
——あの風圧は、掌が動いた時しか発生しない。
ならば話は簡単だ。
掌が動くよりも先に斬ればいい。
相手の反応より速く動くか、相手の反応を見当違いの場所に誘って隙を突けばいい。
勝利への糸口を少しでも見つけたのなら、あとはそれを追い求めるのみ。
(——やっぱりこの子、すごく強い)
涼しい顔を少しも変えぬまま、あらゆる方向から殺到する
しかしその心の中では、
正確には——彼女の「
猿のごとく俊敏で、なおかつ水のごとく変化に富んだ歩法。
雷光じみた速さで繰り出される
それらによってこちらの掌を容易く避け、なおかつ斬れ味鋭い反撃をしかけてくる。
しかし、それよりも驚嘆すべきは、彼女の「見切り」の正確さ。
相手の次の動きを正確に読み、その上で対応することで、
しかし、それでもぎりぎりで避けられる程度。
少しでも誤れば肌に切れ目がつくだろう。
(これが……
百年ほど前、大陸近海では
なんでも、当時戦乱期だった
海に囲まれた島国だけあって
素早い動きと、非常に斬れ味鋭い
それによって多くの兵が反撃する間も無く斬り殺された。
どうにか海賊を撃退することには成功したが、
(確かに、これは怖いわね……! 少しでも気持ちをたゆませたら危ない——)
武林では、外功ばかり追い求めて内功をおろそかにする者を「
内外を併修することが最も尊く、そして確実に強くなれる道であるという考え方が根強いのだ。
しかし、目の前の圧倒的現実たるやどうだろう。
これを「外華内貧」と嘲笑しようものなら、その瞬間に首から上が転がり落ちる——!
(けど……彼女自身は、とても無防備)
内功とは、攻撃のためだけの技術ではない。
体内を巡る「気」を練ることで、体内器官を練り、内面を打たれ強く鍛えるためのものでもある。
内面を鍛えれば、体は壮健になるし、普通の人間が即死するような衝撃にも耐えることが可能となる。
そして、
刀術……すなわち『外功』は達者でも、『内功』は全く練っていない。
無防備。鎧を身につけていない、裸同然のありさま。
であれば、内力を込めた掌でひと撫でするだけでも、
自分と彼女とでは、持久力が違う。
内功を練ると、体力も上がる。
門派に入門してから内功を徹底的に練ってきた
そこが狙い時だ。
中天にあった太陽が、西へ少し傾きを見せていた。
互いが各々の苦悩と駆け引きを抱きながら続く立ち合いは、やがて終わろうとしていた。
その「終わり」を作っていたのは、
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
今なお目まぐるしく
額にもびっしり汗の滴が浮かんでいる。
持久力の差。
内功を修めている
並の武芸者ならば、息が上がる前にその首を落として終わらせていただろう。
しかし
内功の水準も高く、それと同じくらいに
ゆえに、
ああ。
命懸けの密航をしてでも、ここへ来た甲斐があった。
やはり自分は、
疲労に足を引っ張られ、下半身の体勢が崩れる
そのせいで
「うわっ……!?」
だが、
真っ直ぐ掌を打ち出す——
いや、「見切り」をする前から、そう来るであろうと予測していた。
……「勝利の瞬間が、最も危険な瞬間である」。どこかの国の軍師がそう言っていた気がする。
勝機を感じた時、人は否が応でも単調な動きを取りやすい。
そう読んでいたからこそ、
喉を向いていた剣尖を、
しかし、その刃は動き、
同じ時機、雄渾な内力を秘めた
そして——その状態で、双方止まった。
お互い、「寸止め」である。
もしも
しかし、その勢いに押されて後方へ吹っ飛んだ拍子に、
良い
双方とも、そんな自分達の状態の意味を察していた。
ゆえに、同じ結論を口にした。
「「——引き分け、
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