第3話 泡沫フクロウカフェ店員の友達

「やっぱりこのお店、いつもお客さんがいませんね」

「えっ?」

珍しく休日の土曜日にやってきたかと思えばこんなことを言い出すのだから、俺の驚きも仕方がない。

「いえ、いつもは平日の昼間にお邪魔しているので、だから人が控えめなのだと思っていたんです。でも」

まず彼女の言う通り、客が少ないことは事実である。それはもう疑いようのないほどに。業種や業態、立地や単価などによってその基準を変えるため、集客について一概に多寡を語ることはできないが、そんなこと無視できるほどに少ない。というかもはやいないというレベルである。そんなことは分かっている。故にその事実に驚いた訳ではない。俺が驚いたのはこの善良を絵に描いたような彼女から、抜身の言葉が飛んできたという点である。

「そんな気を使った表現をしてでも、人の少なさに切り込むだなんて、随分気になってたんですね」

「そうですね、はい。店を出るまでは本当に友達の家に遊びに来たんじゃないかと錯覚してしまうほどに人が居なかったもので。それで今日たまたま斜向かいのお団子屋さんが閉店されているのを見かけてしまって、それで…」

ふむ。そんなことは考えたことが無かった。斜向かいの団子屋さんというのは、恐らく真仁田さんというおじさんが経営していた団子屋さんだろう。内ほど客入りに悩んでいるという感じは無かったが、それでもやや寂れたこの商店街で稼ぐのは難しかったのだろうか。

もしそうだとすれば、この店の不思議な耐久力もいよいよ信用できなくなってくる。店自体が潰れてしまえば、家からもスーパーからも近い好立地でかつ楽なバイトを再び探さなければならなくなる。

「取り敢えずは大丈夫だと思います。オーナーからそんな話は聞いたことありませんし。少なくとも今日明日はい閉店です。とはならないんじゃないかと」

「ふふっ。確かに。私の考えすぎでしたね。失礼なことを言ってしまいました。ごめんなさい」

「大丈夫です。か、貴女が悪意を持ってそういう発言をする人じゃないのは分かってるつもりなんで」

「そう言ってもらえると嬉しいです。あと…」

「へ?」

彼女が背筋を伸ばし、真っすぐとこちらに向き直る。つられてこっちまで姿勢を正してしまったではないか。

「私、坂城かなめといいます」

「え?あー、はい。次山癒太郎といいます。よろしくお願いします」

「これからもよろしくお願いします。次山さん」

上手く誤魔化したつもりだったが、二人称に言い淀んだことは見逃されなかったようだ。そして知らなかった。大学以外で女子と仲良さげに喋ることがこんなに特別感を覚えることだったなんて。

「これからもどうぞ御贔屓に」

「はい。ぜひ」

なんだか人生の走馬燈でも始まるんじゃないかと思うほどゆっくりと、だけどどこか満ち足りたような時間が流れていたように思う。不思議な余韻は続いていた。

「それでですね、私このお店の経営が心配になってきたんです」

「確かに、なぜまだ経営しているのか不思議な客入りではありますね」

「それで聞いてみようと思ったんです。岡崎さんに」

「んーなるほど」

今までは怖くて聞けなかったが、この店の運営資金が一体どこから捻出されているのか気にならないといえば嘘になる。それは俺の安寧な生活が一体どのような基礎の上に成り立っているのかという問いに他ならないからである。しかし、普段は店の奥で良くわからん文房具と戯れている彼女のことだ、経営状況をあまり理解しておらず、これをきっかけに「じゃあ潰してしまおう」となってしまわないかだけが心配だ。藪蛇というやつだ。

「わかりました。俺のほうから聞いておきます」

「ありがとうございます。部外者の私からお店の経営状況をお伺いするのはさすがに気が引けたので…」

「そんなことだろうとは思いました。詳細については次回の来店のときでもいいですか?今日はもう帰ってしまいましたし」

次回の来店がいつも通りなのだとすれば2,3日の猶予がある。仮になくとも今日の帰りにでも聞けば良い。

「それなんですが、あの、LINEやってますか?」

「ええ一応」

「では、交換しませんか?LINE」

「はい、じゃあお願いします」

「ありがとうございます」

坂城かなめのLINEを手に入れた。

「それと、友達はかなめと呼ぶ人が多いんです」

「はい」

「次山さんもいかがでしょう、これを機に敬語止めて、呼び方も変えてみては」

「分かりました。敬語については善処します。呼び方は、そうですねでは、坂城さんと呼ぶことにします」

「ありがとうございます。それと…」

まだあるのか。随分と詰め込んでくるものだ。

「私は次山さんのことを、もう友達だと思っているんです。なので、その…」

「分かりました。これからはため口でお願いします」

「ありがとうございます!」

彼女の不思議な距離の詰め方には少しばかり驚いたのは事実だか、よく来る同級生の常連さんと店員というには違和感のある関係性に「友達」という名前がついたことは喜ばしく思うのだ。

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