第24話 ショタコンと宿屋の朝
朝、ベアトリシアさんと共に部屋を出て受付の方へ向かった俺が最初に目撃したのは、ソニアさんに土下座している某ディルサニア帝国の騎士団長だった。
「リーゼロッテさん、何してるんですか?」
「か、カツキ君……!!昨日は本当にごめんなさい!!わ、私、深酒しちゃっ…………。」
リーゼロッテさんがベアトリシアさんを見て固まる。確かにベアトリシアさんとは初対面か。ダークエルフだからビックリしているんだろう。因みに今日のベアトリシアさんは清楚な白ワンピース姿だ。少し黒い肌に白が映えて、とても似合っている。
「…………もしかして彼女さん?」
「……えっ?」
「ほぅ……?」
「あ"ああぁぁぁ!!!どうしよう……わ、私、昨日他人の彼氏に……うわぁぁぁあああ!!どうしよう、どうしよう……こんな、騎士に有るまじき行動の数々……き、きき、騎士団にバレたら辞めさせられちゃう……!!!」
リーゼロッテさんが髪を振り乱して俺に何度も頭を下げる。ベアトリシアさんは不思議そうな顔をしていたが、昨日俺が異様に酒臭かったことに合点がいったのか、俺を見て大きく頷いていた。
「おい、そこの……あ〜……うん。誰じゃったかのう……。」
「あ、この人はリーゼロッテさん。アリシアちゃんを探すの手伝ってくれてたんだよ。ベアトリシアさんとは初めましてだね。」
「なんと……!アリシアを探してくれておったのじゃな……。恩に着るぞ、リー……何じゃっけ?」
「は……初めまして……。私はリーゼロッテです。ディルサニア帝国の王家直属騎士団、サクレッド騎士団の団長をしています……。に、煮るなり焼くなり……好きにしてくだしゃい……。」
自己紹介で固有名詞が沢山出てきて一瞬スペースベアトリシアさんになったが、すぐに何かを割り切ったようにリーゼロッテさんに手を差し伸べた。
「
「え……?」
「儂はベアトリシア。ロザニアの近くに住んでおったダークエルフじゃ。アリシアを探してくれてありがとうな……。」
「……ダークエルフ……?」
リーゼロッテさんはベアトリシアさんを手を取らずにはね起きると、距離をとって彼を睨みつけた。
ロザニアの街の人達はベアトリシアさんに慣れていたからか特に反応しなかったけど、そうか……ダークエルフという種族を知っている人がダークエルフと対峙した時、こういう反応になってしまうんだな……。
「……ダークエルフ……目的は何……?」
「目的?……朝ごはんが食べたいのう……。」
「人間を捕らえて食べる気?」
「なんか勘違いしとるな。良いか、ダークエルフは人間を食べたりせん。儂は朝腹が減ったら、甘いものが食べたいんじゃ。」
「……そうなの……?」
リーゼロッテさんは怪訝な顔をしながらもベアトリシアさんとの距離を戻した。ここで戦闘が起きる事態にならなくて本当に良かった。もしそうなっていたら、きっとこの宿屋はベアトリシアさんのガトリングガンで穴だらけになっていたかもしれないから。
「ねぇ、もしかしてベアトリシア……さん、が、アリシアちゃんの育ての親ってやつなの?」
「……親なんて大層なものじゃないわい。」
「アリシアちゃんは「兄」って認識してたし、関係的には兄妹が一番近かったかもしれないね。」
「……そう。無礼な態度をとったわ。ごめんなさい。というか、貴方男性なのね……?」
「フフン、可愛いじゃろ?」
「……えぇ、可愛いと思うわ。世界で2番目くらいに可愛いんじゃないかしら。」
ベアトリシアさんは2番目、と言われたことは気にせず、「さて、朝飯じゃ〜」と1階へ降りていってしまった。
でも、あのベアトリシアさんを2番目と言うなんて、リーゼロッテさんの中の可愛さ1番は誰なんだろうか……。
「ダークエルフって、私初めて見たわ……。結構変わり者よね、ベアトリシアさんって。きっと、ダークエルフの中でも。」
「そうかもね。でも、ベアトリシアさんらしくて、俺は好きだな。」
「そうね。私もあの感じ、嫌いじゃないわ。」
事の顛末を見届け、ベアトリシアさんがいなくなったのを見計らったようにソニアさんが俺に声をかける。
「カツキさん、あのダークエルフは変わり者というレベルではありません。だって話が通じるんですから。」
「ダークエルフって話通じないの?」
「基本通じません。我々の言葉は理解できるのにも関わらず、自分の意思を頑として変えない、という意味です。」
「そうだったんだ……。じゃあ、ベアトリシアさんが変わり者で良かった。」
「……私も……ごほん、なんでもありません。まぁ、そんな知識を持っていても、今生き残っているダークエルフも数少ないでしょうし、会うことは無いかもしれませんがね。」
ソニアさんは顔を背けてそう言うと、受付へ戻って行った。そういえば、ルイレン様やニアは起きてきているのだろうか。一度俺も1階に降りてみて、もしまだいなかったら部屋まで呼びに行こうかな。
「リーゼロッテさん、俺も1階に行きますね。」
「あ、私も。騎士団が私しかいないから、街の外をパトロールしないといけないんだ。」
「……1人で大丈夫ですか?」
「……大丈夫、多分。私は自分の力量を分かっているもの。無茶はしないわ。」
昨日だったら泣き喚いていただろうに。今のリーゼロッテさんはキリッとした表情を崩さずに返して見せた。やはり昨日のアレは酔っていたからこそ見せた"素の姿"なんだろうな。
そんなことを考えながら階段を下っていっていた俺は、重要なことを忘れていた。常に念頭に置かなければ行けなかったはずのことだった。
「あ、あの時の小さい子だ!……増えてる!!」
「………っ!?」
1階に降りると、そこには朝食としてパンを口にしているルイレン様と、キョトン顔のニアがいた。店の隅で大量の皿とともに朝食をとっているベアトリシアさんはこの際無視しよう。
『おい、ショタコン。』
『……はい。』
『極力、城の者とは会いたくないのだが。』
『…………はい。』
『……まあ、一度会ってしまっているし、それは僕の落ち度だ。この際、なんとかリーゼロッテをこちら側につけられないか考えよう。』
珍しい、慈悲だ……!!ルイレン様が優しい、今日は多分午後から雨だな。
念話をしている間、ろくに視界には意識を向けていなかったが、気がつくとニアがリーゼロッテさんのスネを蹴っていた。と言っても蹴っているのがニアなので、騎士団長にはそこまでダメージはないようだ。
「……このっ……!……このっ……!!」
「う〜ん、何かなぁ?」
「話しかけないでよ、……このぉ……!」
「んへへ〜、どうしちゃったのかなぁ〜?」
加害者は明らかにニアなのに、ここまで肉体的及び精神的にすらダメージが入っていないとちょっとニアが可哀想にも思えてくる。
とりあえずこのまま放置は良くないので、後ろからニアを抱き上げ、再度椅子に座らせた。
「ねぇキミ、名前は〜?」
「うるさいっ、話しかけないでよ!」
「私はただ、キミのことが知りたいだけなんだってばぁ〜。」
「話聞いてよ!おっぱいお化け!!……びっ!?」
流石に言い過ぎだし色々失礼なので、ニアの頭に優しめに鉄槌を下した。でも、そんなニアの被害者であるはずのリーゼロッテさんは全く気にしている様子もなく、ニコニコとニアやルイレン様を眺めていた。
「リーゼロッテさん、この子はニアだよ。そっちはルイレン様。」
「へぇ〜、ニアっていうんだね。可愛いねぇ!」
「うぅぅ〜……。お、お兄さんは渡しませんからねっ!?」
リーゼロッテさんがニッコニコ顔で俺の方を一瞬見て、すぐにニアに視線を戻した。この人、さっきからずっとニコニコしてるけど、どうしちゃったんだろう。またお酒でも飲んだのかな?
「お兄さんのこと好きなんだぁ〜。」
「……っ、そうです!なので、お兄さんに近づく奴らはみーんな大嫌いですっ!!」
「ほぅ、僕のことも大嫌いなのだな。面白いことを聞いた。」
「……ルイレンくんとベアトリシアさんは特別です。でもお前は嫌っっ!!」
リーゼロッテ騎士団長よ、この子の無礼をお許しください……。と心の中で唱えると、それは受け入れて貰えたようで、リーゼロッテさんは怒ったりすることなく、ニアの代わりのようにルイレン様の頭を撫で始めた。
「……触るな。」
「あれっ、頭撫でられるの嫌いだったのかな?私の弟は好きだったんだけどなぁ……。」
「リーゼロッテさん、弟がいるんですか?」
「うん、10歳差の弟がいるんだ。世界一可愛いよ。」
世界一可愛いのは弟さんで、ベアトリシアさんが2番目か。それは弟さんが気になるところだ。
リーゼロッテさんは22歳らしいから、10歳差となると12歳か。小6か中1くらいかな?リーゼロッテさんの顔立ちが割と整っているということは……?
リーゼロッテさんの弟さんに対して期待がムクムクと高まっていく。
「……そうなんですねっ!今度会わせて下さい!」
「キミ、今までで一番食いつきがいいね。ハッ、もしかして私の弟狙ってる!?」
「そんなことは……。」
リーゼロッテさんが、すすす……と俺から距離をとる。そしてルイレン様の椅子の後ろに隠れ、不審者を見るような目でこちらを伺ってきている。
「リーゼロッテ、そいつは僕くらいの歳の男子を愛する変態だぞ。」
「ええぇっ!?」
「だからコイツの仲間は僕とニアとベアトリシアなんだろう。」
る、ルイレン様ぁぁぁ!!!良かった!平常運転ですねっ!!本日は一日中快晴だ!!
リーゼロッテさんの目が、俺の事を犯罪者を見る目に変わっている。
こ、これ、良くないんじゃないの!?
「まぁ、基本的にはそんな奴だが、それでもコイツの事が好きで一緒にいるんだ。良い奴だぞ。」
「る………ルイレン様ぁぁぁ………。」
思わずルイレン様のお膝に泣きついた。
嬉しい!嬉しい!!俺のこと好きって!!良い奴って!!言ってくれたぁぁぁ!あ、お膝がすべすべ!
「ルイレンしゃ……ま"っ!?」
俺の首が急に締まる。どうやらルイレン様が足を組んだらしい。ルイレン様の太ももに綺麗に首を挟まれて、今からギロチンにかけられるような気分だ。
「……る、……るい……。」
「えっ、大丈夫なの!?めっ、めっ、だよ!!そんなことしたら!!カツキ君、大丈夫!?」
死ぬほど苦しい訳では無いし、それより俺の首周りがルイレン様の太ももに触れることが出来ているという点で幸せがMAXなので、問題ない、という意味でグッと親指を立てた。
「あ、そう……。大丈夫なら良かったけど……。」
どうやらこの世界でも伝わるジェスチャーらしい。親指を立ててから、もしこの世界ではヤバい意味だったら……って思ってしまったんだ。
「加減しているに決まっているだろう。ショタコンには死なれては困るからな。」
「ねぇ、キミたちはどういう関係なの?」
「保護者と子供だ。経緯は面倒だし長くなるから省くが、僕たちが互いに互いを必要としているのは確かだ。」
「そっか……なんだか難しい事情がありそうね。」
ルイレン様からの何も説明されていない説明で何かを理解してくれたらしく、リーゼロッテさんからはそれ以上ツッコまれなかった。それは良かったのだが、こちらも城側の情報が少しは欲しいところだ。ちょっとだけ踏み入ったことを質問してみようかな……。
ルイレン様が足を退けて、自由と引き換えに少しの名残惜しさを感じながらリーゼロッテさんに聞いてみることにした。
「リーゼロッテさんってディルサニア帝国の騎士団長なんですよね。」
「うん、そうだよ。」
「最近街で噂を聞いたんですけど、なんか子供?を探してるって。本当なんですか?」
「………。」
リーゼロッテさんは少し考えるような素振りを見せて、その後ルイレン様のことを凝視し始めた。
踏み込みすぎたかな……。危ない橋を渡ってしまっている気がする。……気づくな!ルイレン様の正体に気づくなぁ!!
「……もしかして……。」
その言葉に、俺は固唾を飲み込む。
ヤバい、流石に気づかれてしまったか……?
「その子供のことも狙ってるの?キミ。」
「へぇ?」
あまりの質問返しに間の抜けた声を出してしまった。その質問を真剣な顔でするのやめて欲しい。怖かった。凄く。
「いや、噂を聞いたから本当かなって……。気になっただけですけども。」
「ふぅん……流石に私も止めるよ?その探してる子供を狙ってるんだったら。」
「あ、え、本当なんですね……?」
「うん。私もあんまり詳しいことは聞かされてないけど。」
リーゼロッテさんが「耳を貸して」と言うように手を招く。近づいて耳を貸すと、リーゼロッテさんの囁き声でこう聞こえてきた。
「王様が探している子供は、史上最悪の悪魔の子なんだって。」
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