第23話 ショタコンと酒屋
ソニアさんの宿屋に着いた俺たちは、緊張するニアを微笑ましく見ながらドアを開けた。オレンジ色の光が零れ、暖かい雰囲気の酒屋みたいな飲食店が視界に入ってきた。
「あったかい雰囲気のお店だね、ルイレン様。」
「騒がしい。」
「そっか。ニア、ご飯先に食べとく?」
「ぼ、ぼくは大丈夫です!」
「あれ?……じゃあ、ベアトリシアさんは?」
「昼にいっぱい食ったからのう……食えんこともないが、やはり美味しく食べるには空腹にならんとなぁ……。」
俺だけお腹空いてるんだけど……酒屋でぼっち飯かぁ……。人もそこそこいるけど、なんか既に盛り上がってるし入りづらい……。今日はご飯食べなくていいかな……。
「あれっ、キミぃ!!」
なんか聞いたことのある気がする声が喧騒の中聞こえた。目を向けるとそこには甲冑姿ではなく、私服っぽい服を着た、騎士団長のリーゼロッテさんがいた。
しまった、ルイレン様たちがいると後々面倒なことに……。
そう思って振り返るが、そこに彼らの姿はなく、チラリとルイレン様が2人の手を引いて階段を登って行くのが見えた。
『先に行く。どうせショタコンは腹が減っているんだろう。たまには僕以外の作った料理も食え。』
『あ、うん、分かった!!ルイレン様はお腹すいてないの?』
『酒の席で僕のような子供は目立つ。それに、買い出したものがあるから今は結構だ。』
それだけ念話で話すと、ルイレン様たちの姿は完全に見えなくなった。目の前で発泡酒を片手に一人酒をしていたリーゼロッテさんに視線を戻す。
「あ、お久しぶりです……。」
「ねぇ、あの後どうなったの?実は私、キミたちと別れた後結構探したけど見つからなくて……。朝には城に呼び戻されちゃったからさ、あの後どうなったか知らないんだ。」
あぁ、そういえばリーゼロッテさんは街の方を探してもらったんだっけ?
アリシアちゃんとベアトリシアさんのことに必死で忘れていた。確かにあの後は一回も会っていなかったけど、折角手伝ってくれたから伝えられる範囲で伝えておこうかな。気分の上がる話ではないけど。
「そっか……あの子、元々病気だったんだね。あの時私が止められてたらな……。」
「あまり思いつめないでください。アリシアちゃんは優しい子ですから、自分のせいで誰かが悲しんでいたら、アリシアちゃんも辛いでしょうし。」
「そうかな……。あー、うん……よし。」
悲しい顔、考えるような顔、何かを決心したような顔を経由して、リーゼロッテさんはバッと手を挙げ、近くにいた店員さんに叫んだ。
「お姉さん!私とこの人にお店のオススメのお酒を頂戴!!」
「俺ご飯食べたいんですけど……。」
「じゃあ私のオススメ、キノコグラタンはどう?」
「美味しそうですね……。」
「キノコグラタン2人前もお願いします!!」
リーゼロッテさんに先導される感じで、俺の晩御飯が決まった。
この人凄い……。俺、こうやって店員さん呼び止める系の注文苦手なんだよな。サッと呼び止めて、さらっと元気に注文出来る人は尊敬する。
「そういえばキミ、名前なんて言うの?聞いてなかったよね。」
「……カツキです。」
「そっか、カツキ君か。あの小さい子はどうしたの?……まさかまた……。」
「ち、違います!既に部屋に行ってるだけですよ。ここの宿屋、俺の幼馴染の知り合いがやってるとこで……。」
「へぇ、カツキ君の幼馴染って随分凄い人と知り合いなんだね。」
リーゼロッテさんの視線が刺さる。この人の真っ直ぐ射抜いてくる様な視線は正直苦手だ。
俺、どこまで話していいんだろう。あんまり嘘はつきたくないんだけど……。
「リーゼロッテさん。それより、なんでまだこの街にいるんですか?騎士団長……でしたよね、すでに撤退したって聞いてたんですけど……。」
「キミ……それを聞いてくるのね……。」
リーゼロッテさんが机に突っ伏した。このタイミングでやって来たウェイターさんがグラタンと発泡酒を机に置く。リーゼロッテさんは発泡酒を掴み、一気飲みしてダンッと強い音を立てながらジョッキを机に置いた。
「置いてかれたの……。」
「え?」
「あのね、ロザニアの近くの湖でギュスタロンの群れが発見されたっていうから、私は先駆隊で様子見に行ったの。そしたら既に倒されてて……。」
「あぁ、そうらしいですね……。」
「本隊が到着して……何故か私が倒したことになって、なんか騎士団の中で一層格が上がって……。今回はこの街の近くでモンスターが出たって言うからまた先駆隊で来たのに……。」
既に空になったジョッキを更に机にダンッと叩きつける。顔を上げたリーゼロッテさんは涙目になっていて、子供のように喚き始めた。
「本隊が来る前に別の街でモンスターが出て!!私以外、先駆隊も本隊も、皆そっちに行っちゃったのぉ〜!!なんで……なんでぇぇぇえ!!」
「り、リーゼロッテさん、落ち着いて……。」
「なんで!アレやったの私じゃないのに!!なーにが『リーゼロッテ団長なら一人でも大丈夫です』なのよ!!全然ムリだから!!」
「落ち着いてください、あ、ほら、キノコグラタン美味しそうですよ〜……。」
何とかしてべそをかいて机を叩きながら喚くこの騎士団長の気を逸らしたくて、リーゼロッテさんのオススメのキノコグラタンを進めてみる。
地雷を踏んでしまったとはこの事か。叩きつけられているジョッキや机が壊れそうでさらに怖い。
「ヤダァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!」
「!?」
窘めるつもりで勧めたのに、待ち受けていたのは3歳児の大絶叫だった。
そういえば俺が来た時には確か既に発泡酒飲んでたし……この人、もしかして相当酔ってる?
「ヤダヤダヤダ!!自分で食べるのめんどくさい!絶対熱いもん!!冷まして食べるのめんどくさい!!」
「え、えぇ……?」
「だから、ね!!キミが食べさせて〜!!ほら、私はここで口開けてるから!あ〜……。」
「自分で食べてくださいよ、貴女何歳ですか……。」
「え……ぅ……うぅ、ふぇ……。」
……あ、これ、マズイ……。
俺がそう思った時には時すでに遅し。騒がしかったはずの店内にリーゼロッテさんの大泣きボイスが響き渡ったのだった。
やめて欲しい。凄く。周りの視線が痛いよ……。
「びぇぇぇぇぇぇええええっっ!!!私大人じゃないもん!!私、まだ22歳だから全然大人じゃないもん!!!」
「大人じゃん……。」
「違うのぉぉぉっ!!……ぐすっ、私まだ子供だもん!!世話焼いてよぉぉぉおお!!えぐっ……ぐすん、ねぇぇええぇぇぇ!!!」
人目もはばからず泣き喚くリーゼロッテさんが俺の腕に絡みついてくる。全く気にしてなかったけど、確かにニアにツッコまれることはある。腕に大きく柔らかい感触が。
俺の顔、多分今凄い赤いだろうな……。
「り、リーゼロッテさん……離れて……。」
「ヤダヤダヤダァァァッッ!!!カツキ君は私に食べさせてくれるの!!」
「……はぁ……。」
あまりの面倒くささに耐えかね、ウェイターさんが持ってきてくれたフォークでグラタンの中のキノコを刺し、リーゼロッテさんの口の中に突っ込む。もぐもぐと食べている間は泣き止んで静かになった。
「……ごくん、美味しいね!!」
「疲れました、俺……。」
咀嚼して飲み込んで笑顔になったリーゼロッテさんを見て、心から安堵する。静かになったし、これで俺もご飯が食べられるな……。
そう思って俺もキノコグラタンをひと口食べる。うん、確かにとても美味しい。というかもう冷まさなくても食べられる温度になっている。
「カツキ君、あ〜……。」
「は?」
「ねぇ、食べさせて!!全部食べさせてぇぇぇぇええ!!!」
「あ〜、はいはい……。」
こうして結局最後までグラタンを口に運んであげた。せめて食べる時は離れて欲しかったな。少し袖が汚れてしまったし、ずっと腕に胸の感触があって恥ずかしかった。
「ふぅ、おなかいっぱい……わたしねむい……。」
「そうですか。じゃあ俺はこれで……。」
「まって!!」
酔っ払いリーゼロッテさんが眠りそうなのをいいことに、さっさと席を立とうとすると、強く腕を掴まれた。
いやいや、力強いな……。流石、騎士団長の名は伊達じゃない。
「……何ですか?」
「……まだいっしょにいる……。」
「いや、無理ですよ……。俺、そろそろ行かないよ……。」
「いやぁあ……!」
見上げてきたリーゼロッテさんは今にも泣きそうな顔をしている。本当にこれがディルサニア帝国の騎士団長なんだろうか。
どうしよう、また泣かれたら面倒くさすぎる。
俺が悩んでいると、さっきのウェイターさんがやって来て絶望の一言を口にした。
「お客さん、閉店です。」
「……この人預かってもらっていいですか?」
「無理です。」
それだけ言うとウェイターさんは去っていってしまった。……そんな後生な……。
色々考えた末、とりあえず2階の宿屋まで行ったらソニアさんがいるだろうから相談しようという結論に至った。
「……リーゼロッテさん……。今日、うちの宿屋にはそんな名前の宿泊客はいないはずですけど……。」
「……えっ!?」
「というか、カツキさん以外の人はもうお部屋に行かれましたけど……?」
「じゃ、じゃあ俺がお金を出すので、この人にお部屋を……。」
「……満室です。」
ヤバい、本格的にヤバい。どうしよう、この酔っ払い。ソニアさんも困った顔をしている。俺の面倒に巻き込んでしまって申し訳ない気持ちになってしまう。
「……ソニアさん、ルイレン様たちは……。」
「ルイレンくんとニアくんは同室、もう一人は一人部屋です。カツキさんも一人部屋ですよ。」
「……俺、ベアトリシアさんの部屋に泊めてもらいます。この人、一泊お願いします。」
「……本来は直筆サインが必要なんですけどね。でもショウタロウの友人なので、仕方ありません。サービスですからね。」
そう言ってソニアさんは元々俺のだった部屋の鍵を渡してくれた。リーゼロッテさんはまだ俺の腕に絡みついていて離れそうにない。泣き喚いていないだけいいんだろうが、歩きづらい。凄く重い。
「リーゼロッテさん、今日はここに泊まってってください。明日はちゃんと部屋取るなり別のところに泊まるなりしてくださいね。」
「えへへへ、はぁ〜い!」
「はぁ……。」
「カツキさん、大変ですね……。」
ソニアさんに哀れみの目を向けられながらもリーゼロッテさんを引きずりながら廊下を進む。鍵と同じ番号の書かれた部屋の前に立ち、鍵を開けてリーゼロッテさんを先に部屋に入れる。
「じゃあ、俺はこれで……。」
「なんで〜!」
クソ酔っ払い……。
腕を引っ張られて部屋の中まで連れてこられてしまう。非常に宜しくない。まさか騎士団長がこんな酒癖をしているとは。
騎士団って男所帯なんじゃないのか?本当にこの人は大丈夫なんだろうか。一周まわって凄く心配だ。
「リーゼロッテさん……俺も眠いんで部屋に行かせてくださいよ……。」
「イヤ!ねぇ、眠いなら一緒に寝よ?そうしよ?」
「それはダメです。全く、自分を大切にしてくださいよ、女の子なんですから。」
「カツキ君やさしい〜!!」
リーゼロッテさんに飛びつかれる。俺も多少は飲んでいるものの、とびきり酒臭い。
……疲れた……ルイレン様を抱きしめて撫でて癒されたい……。この際、もうニアでもベアトリシアさんでもいい……。
「……はぁ……。」
死んだ魚のような目をしてリーゼロッテさんをお姫様抱っこし、ベッドに放り込む。横になって少しすると、リーゼロッテさんの寝息が聞こえ始めた。さっさとベアトリシアさんとこ行こう……。
ドアをノックし、声をかけると、ベアトリシアさんはすぐにドアを開けてくれた。
「おぉ、カナ。どうしたんじゃ……というか酒臭いな、お主。何だか顔色も悪いようじゃし、悪酔いでもしたか?」
幻術、メイク無しのイケメンベアトリシアさんが怪訝な顔で俺の様子を伺ってくる。
……あぁ……可愛い……。なんかもう、相対的になのか……ベアトリシアさんが可愛くて仕方がない……。
「ベアトリシアさん……。」
「どうしたどうした、甘えん坊じゃな。」
少しの酔いもあってか、ベアトリシアさんに抱きついてしまう。でもベアトリシアさんは、そんな俺に嫌な顔ひとつせず、背中をさすってくれた。
優しい……抱擁力……年の功すぎる……。
「……泊めてほしい……。」
「……なんか事情がありそうじゃのう。まぁ、儂は別に構わんが。」
ベアトリシアさんに部屋に入れてもらう。特に何も無い部屋で、狭くも広くもないが清潔感があって過ごしやすそうな内装だった。
「一人用のベッドじゃが……まぁ、いけるじゃろ。カナ、そろそろ寝るぞ。」
ベアトリシアさんが呼んでる。眠い。
それだけを考えながら俺もベッドに寝そべる。
さっきまでくっついていた人が急にいなくなったせいで何だか少し寂しくなり、ベアトリシアさんを抱き枕みたいにして眠った。
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