第22話 ショタコンとローラン様

俺とニアとジョンさんの3人で並んで突っ立っていると、数分でソニアさんとルイレン様が現れた。よく見ると、また大量の食品を腕にぶら下げているベアトリシアさんも一緒だ。

ま……また……そのお金は一体どこから……?



「何と言うか……案の定、でしたね。」



ソニアさんはため息をついて俺に笑いかけた。ルイレン様は呆れたように、食べ物を口いっぱいに頬張るベアトリシアさんを見ている。



「しかしカツキさん。何故その犬と一緒に「待て」をしているんですか?」



ソニアさんのジト目がジョンさんを捉える。少しカチンと来たらしいジョンさんがムスッとした顔でそっぽを向く。

あれ、もしかして仲悪い?



『お兄さん、お兄さん。』


『ニア……この2人ってもしかして……。』


『はい。本の中でも仲が悪く書かれていました。でもソニアさんのいい所は、そんな相手でもわざと悪くは書かず、ありのままを書くところです。』


『へぇ……。なんでこの2人仲悪いの?』


『幼馴染だから遠慮が無いんだと思います。』


『……そっか。教えてくれてありがとう、ニア。』


『どういたしまして。』



そっか……幼馴染…………正太郎。

連想ゲームみたいに正太郎のことを思い出す。俺がこの世界に来て、初めて会ったのが前世の幼馴染だったのか。

……アイツも死んだのかな。いやいやいや、そんな事考えてはいけない。もう過去のことなんだから、前を向いて生きないと。



「ハッ、猫女が何を言っているのか分かりませんねぇ。俺、人間なので。」


「私はエルフですけど?どうせ貴方なんてローラン様に尻尾振ってるだけじゃないですか。犬と同じでしょう?」



前を向かないと、と思って前を見たら凄い火花を散らしている2人がいた。幼馴染なのに敬語で罵りあっている。まぁ、関わり合い方は人それぞれか。別に不思議ではないよな。



「俺はローラン様にお仕えしているだけです!そう言う貴女は良いんですかァ〜?大好き♡なショウタロウ様に擦り寄っていなくて。」


「はっ……はァァ!?今ショウタロウは関係ないでしょう!?そろそろ本気で黙らせてあげてもいいんですからね!?」



ジョンさんの煽りに耐えかねたのか、ソニアさんが魔導書を取り出す。挟まっている栞の先に魔法石がぶら下がっている。おそらくニアの魔導書の栞に魔法石が付いているのはこれが真似したかったからなのだろう。



「魔法でも使う気ですか?こんなに人の多いところで。ははっ、貴女がご自身で犬呼ばわりしている俺に窘められるとか恥ずかしくないんですか〜?」


「くっ……そっ……あ"〜、もう!!頭きた!おめェ絶対黙らせてやるからなァ!?」


「やってみろよ!まァ、単細胞ソニアの手の内とか全部知ってっから、勝ち目ないけどなァ!」



あぁ……ついに口調が……。執事服来たガラの悪い兄ちゃんと、魔導師の格好したガラの悪い姉ちゃんが喧嘩してる……。

ほっといたらマズそうだけど少しだけ微笑ましい。少しだけ見て、止めに入ろうとした瞬間、パンッと手を叩くような音が響いた。



「ソニア様、ジョン、喧嘩はお止めなさい。大衆の前ですよ。」



男性とも女性とも判別のつかない、ただ透き通ったガラスのような美しい声が中央広場全体に響いた気がした。険悪な空気が一瞬にして浄化され、ふと時が止まったかのように静かになった。



「ローラン様……。」


「しかしお嬢……!」



ジョンさんたちの視線が向かう先を追うと、そこには髪も肌も服も白い、純白の神々しい人間の姿があった。佇んでいるその人は、強かに視線をソニアさんとジョンさんに送り続けている。



「ジョン。今夜は話し合いましょうか。」


「……すみませんでした……。」



……高貴だ……。

なんか漠然とそういう感想がでてきた。笑顔が怖い人ってこの人のことを言うんだ、そう思った。

ローラン様はコツコツと近づいてきて、俺たちに頭を下げた。

こんな高貴な方に頭を下げさせてしまったなんて……!



「この度は大変お見苦しいものを……。」


「いえいえいえ!全然構いませんので、頭を上げてください!」


「わぁ……綺麗な人ですね……。」



ニアはローラン様に見蕩れてしまっている。その惚けた顔を、俺は初めて見た気がした。ソニアさんとジョンさんはバツが悪そうな顔で、ローラン様に続き頭を下げた。



「はぁ、ローラン様の御前では仕方ありません。用件が済んだら私の宿屋に連れてきてください。いいですね?ジョン。」


「承知致しました。それでは皆様、屋敷までご案内致します。」



ソニアさんとはここでお別れし、ジョンさん先導のもとローラン様の御屋敷へと歩を進めた。人混みの多いこの街では、かえって到着が遅れるため馬車などは使わないらしい。



「おい、ショタコン。」


「どうしたの?ルイレン様。」


「ベアトリシアの持っている大量の食料は持ち入っていいのか?」


「……確かに……。」



ニアとルイレン様をジョンさんに預け、少し歩く速度を落としてベアトリシアさんと並ぶ。相も変わらず口に何かを含んでもぐもぐとしている。

どれだけ食べているのか分からないが、とにかく大食いをしているのにも関わらず、その華奢な見た目は変わりないのだった。



「ベアトリシアさん、身分の高い人の家に上がるから、その大量の食料片付けてもらってもいい?」


「……ごくん。ほう、何故じゃ?」


「人様のお家に上がる時に、食べかすとかがポロポロ落ちたら汚してしまうでしょ?」


「……フフン、一理あるな。仕方がない、本当は味わって頂きたかったのじゃが、さっさと片付けてしまうかの。」



そういった彼は、目にも止まらぬスピードで屋台で購入したものを食べ始めた。ひとつ、ふたつと腕から提げていたものが消えていき、遂には最後の一口となってしまった。

普通のフードファイトとかを見ているのとは段違いの、何だかヤバいものを見てしまった気がする。



「皆様、こちらがローラン様の御屋敷ですよ。」


「わぁ……。広いね、ルイレン様。」


「ベアトリシアの家より更に大きいな。」


「凄いです……ぼくもいつか、こんなお家に……。」


「広い敷地じゃなぁ。門から玄関までの距離が遠いのう。しかし丁寧に手入れされておる。」



門をくぐってから暫く歩くと、玄関が見えた。そこには使用人がいて、ドアを開けてくれ……はせず、ジョンさんが扉を開いてくれた。

会釈をして室内へと入る。するとそこには使用人がズラリ……とはならず、隅々まで手入れされた煌びやかかつ繊細な内装がただ広がっていた。



「……誰もいないんですか?」


「いえ、ジョンの他にはメイドがひとりおります。ただ、やはり3人暮らしには広すぎますね。」


「こんなに広いのに、3人しか住んでおらんのじゃな。ならば引っ越せば良かろうに。」


「そうもいかないのが現実なのですよ。」



ローラン様がベアトリシアさんに微笑みかける。まるで後光でも差していそうな神々しいお姿があまりに印象的だった。ベアトリシアさんは動じていないが、ニアが何だか目を輝かせている。



「伝統と、わたくしの見栄が邪魔をしてしまうのです。」


「……ぼくも一人称わたくしにしようかな……。」


「あのさ、ニア。どうしたの?さっきから。」


「えっ?だ、だって、ローラン様可愛いですから、見習えばぼくもこんなふうに魅力的になって、お兄さんに好かれるんじゃないかって……。」


「わたくしは可愛いですか。ありがとうございます。しかし、大切な方に伝える術がなければ、意味は無いも同然なのですよ。」



ローラン様がチラッとジョンさんの方を見る。ジョンさんはクエスチョンマークを頭の上にうかべながら、ローラン様に笑顔を返した。

……あれ、これ、もしかして……。



「ふふ、伝わらないんですよ。」



こちらに向き直ると、お淑やかに笑ってまた歩き始めた。どうやらニアは更に目をキラキラさせてローラン様に見入っているようだ。俺から見ても本当に美しいお方だ。ローラン様はニアの憧れを奪ってしまったのかもしれない。



「さぁ、お入りください。会議室です。」



ローラン様が部屋を指し示すと、ジョンさんが扉を開いてくれた。先に通してもらって、後からローラン様、ジョンさんが入ってきた。ふかふかの高そうなソファに腰掛け、部屋の装飾を見渡す。



「ふふ、高級なものばかりでしょう?」


「はい……。一体総額はいくらとなるのか想像も付きませんね……。」


「実は、わたくしは一銭も払っていないのです。全て貰い物なのですよ。」



向かいのソファに腰掛けたローラン様は、困ったように笑った。そんなローラン様を心配そうにジョンさんが見つめている。それにしてもジョンさんが犬にしか見えなくなってきた。ソニアさんが「犬」って呼んでいたの、分かる気がしてきた。



「さて、自己紹介が遅れまして大変申し訳ございません。わたくしはローラン・ユシオリュート。ディルサニア帝国ユシオリュート領の領主です。」


「こんなに綺麗な方が領主様なんて……。かっこいい、そして可愛いです……。」


「ふふ、光栄です。カツキ様はショウタロウ様のご友人であると伺っております。」



そ、そうか、ショウタロウの友人……。その通りだな。だけどローラン様の笑顔って、裏がありそうで少し怖いんだよな。俺だけだろうか。



「はい、俺は金田勝己。正太郎の友人です。こっちはルイレン様で、こっちは……。」


「ぼく、ニーアホップ・ティルギスと申します!ニアって呼んでください!」


「儂はベアトリシアじゃ。見ての通り、ダークエルフじゃよ。」



微笑をたたえながらローラン様は自己紹介を聞き終えると、分かりました、ありがとうございます、と言って再度頭を下げた。なんか申し訳ない気持ちになるので非常にやめてほしい。



「さて、本題に入らせて頂きます。ショウタロウ様から、カツキ様は冒険者であると伺っております。ですので、わたくしから依頼をさせていただきたいのです。」


「依頼ですか?」


「はい、そうなのです。実は、この街の人混みに紛れて、盗みを行う者が多くいるのです。お恥ずかしながらわたくしも、大切なものを盗まれてしまいまして。」



ローラン様の……大切なもの……?

一体いくらの代物なのだろうか。つまり、その盗人をひっ捕らえてローラン様の大切なものを取り返さなければいけない、ということか。



「その盗人退治を俺たちに?」


「はい、是非お願いしたく。報酬は金貨2枚。いかがでしょうか。」


「ぼく、やりたいです!ローラン様のお役に立ってみせます!」


「ふん、ニアもやる気があるようだし、引き受けてもいいのではないか?」


「ありがとうございます。それでは現在の調査資料はこちらです。依頼遂行は明日から、本日はお疲れでしょう、ゆっくりお休み下さい。」



その後、笑顔で手を振るローラン様に見送られて、夕暮れのユシオの街へと、ジョンさんと共に進む。約束通り、ソニアさんの宿屋へ連れて行ってくれるらしい。



「本日は大変お騒がせ致しました。お嬢からの依頼、引き受けてくださってありがとうございます。」


「いいんですよ。丁度、稼げる時に稼いでおきたい気もしてきたところです。」



一体今日だけでいくら散財したのか分からないダークエルフをチラ見する。ベアトリシアさんがとんでもなく食べるのはダークエルフだから?それともベアトリシアさんだからだろうか。



「お兄さん、ローラン様って素敵な方ですね!」


「うん、そうだね、ニア。」


「ぼくもあんな風になりたいです。そしてお兄さんをオトすのです!」


「あはは、頑張ってね。」


「あ〜、バカにしてますね?」



そういったやり取りを延々続け、進みゆく。ジョンさんの足は、ふととある建物の前で止まった。こちらを振り返り、笑顔で建物を指し示す。



「こちらがソニアの宿屋です。1階は飲食店にもなっているのですよ。ご参考までに。」


「ありがとうございます、ジョンさん。また会いましょうね!」


「はい、また。では失礼致します。」



ジョンさんが去っていくのを見届け、すっかりと暗くなった空が包みこんだ、建物から零れる光へと手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る