第21話 ショタコンと人混みの街ユシオ
そんなこんなで正太郎と再会を果たした俺たちは、ソニアさんのお気に入りの場所らしい、静かで誰もいない木陰のある中庭のようなところに来ていた。
その片隅で、ニアは憧れのソニアさんに魔法を教えて貰っている。ルイレン様も興味があるようで、少し離れて見守っている。
ベアトリシアさんはというと、また食べ歩きに出かけてしまった。散財もいいところだけど、財源は一体どこから……。
「なー、勝己。」
「何だよ。」
「ニアちゃんってさ……本当は女の子だよな?」
「男だよ。何故か俺のこと狙ってくるんだ。」
「どうしよう。オレ、ニアちゃんなら男の子でもイケる気がするわ……。」
「ガチっぽいのやめろや。」
ソニアさんはベアトリシアさんより少し背が低い。だから今俺たちの視界にいるのはちっちゃい子3人だ。動いてるだけで皆可愛い。でも、うちの子が一番可愛い。
「なぁ、正太郎。ルイレン様って何者なんだ?」
「あのクソガキが人間じゃないって話?」
「それはベアトリシアさんから聞いてる。残りの命がどうたらとか、人間には扱えない魔法が何たらって言ってた。」
「ベアトリシアさんの言うことはちゃんと覚えておけよ……。」
なんだよ正太郎、その顔は。なんか地味にイケメンで腹が立つなぁ……。俺、「一瞬女の子かと思った」とか言われたのに。まぁ、鏡とかほぼ見てないから自分の見た目を最早忘れかけてるんだけど。
いやいやいや!でも、メイク無しベアトリシアさんの方がイケメンだから、正太郎には負けてない!!
「くっそ、正太郎の顔が正太郎じゃない……。」
「お前もな〜。あーあ、勝己がロリに転生すれば良かったのに。」
「それは嫌だ。ショタをショタとして見られなくなる。いいか、正太郎。ショタは大人目線から見るからショタなのであって、同じ歳から見たらそれは同年代の男子なんだよ。だからすでにショタでは無いんだ。」
「ショタショタうるせえよ!……で、何だっけ。ルイレン様が何者かって?」
正太郎はルイレン様をじっと見て、ぐっと睨みつけた。ルイレン様が殺気か何かに気がついてこちらに視線だけ送る。俺が手を振ると、ふいっとまた目線をソニアさんの方へと戻してしまった。
「ルイレン様はな、オレの妻の子供なんだよ。」
「え?」
「あぁ、いや、妻がバツイチって訳じゃないぞ。」
「いや、そこじゃない。正太郎お前、結婚してたのかよ!!」
「うん。ほら。」
正太郎が自慢げに左手の薬指にはめた指輪を見せびらかす。俺が負け組みたいな気持ちになるが、そこまで悔しくはない。だって俺にはルイレン様やニア、それにベアトリシアさんもいるから。まぁ、ただ、腹が立つには立つな。
「……はぁ……誰と結婚したんだ?」
「勝己さ、本読んだことないか?『勇者ショウタロウの冒険記』ってやつ。あれ、かなり昔にソニアが出した本なんだ。」
「読んだことは無いけど、ニアがファンだよ。」
「そうなんだ、ニアちゃんが……。じゃあニアちゃんに聞きな。俺が誰と結婚したのか。あの本はハッピーエンドで締めくくられてる。それでいいんだ。それ以上を知る必要はないだろ。」
それだけ言うと、正太郎はそれ以上の追求を許さないように世間話をし始めた。
一体どういう事だ……?つまり、ルイレン様のお母さんが正太郎の奥さんで、お父さんは国王……。それで確か……とっくの昔にルイレン様のお母さんは……。
「ソニア!オレはそろそろ行くけど、ソニアはこの後どうする?」
「もう少し魔法を教えてから帰ります。ショウタロウもお気をつけて。」
「おう。じゃ、勝己もまたな。あぁ、そうそう。この街からは兵士が撤退したあとだから、暫くは来ないはずだ。少しゆっくりしていくといいぞ。」
「うん、ありがとう正太郎。また。」
中庭を去っていく正太郎を見送って、俺もちっちゃい子達の輪に入る。そしてその瞬間、見覚えのある水球が弾けて、大量の水が俺の身に降り注いだ。
「お、お兄さん!!ごめんなさい!ごめんなさい!」
なんて、またしても一滴も水を浴びていないニアが勢いよく何度も頭を下げる。
あー、涼しいなぁ。風がとんでもなく涼しいよ。一体、今は季節的にはいつなんだろうか。体感は春っぽいけど。
「ニア、そんなに謝らなくても大丈夫だよ。俺、気にしてないから。」
「カツキさん、大丈夫ですか。鏡とか見ますか?」
そう言って、すっと鏡を差し出してきたのはソニアさんだった。
えっ、鏡?こういう時に差し出すのってタオルとかじゃないの?
「えっ、……あ。」
ルイレン様が飾ってくれていたお花が脳天に。風に吹かれてそよそよと揺れている。なるほど、ソニアさんが鏡を勧めるわけだ。元からこうだったのか、水がかかったからこうなったのか。分からないけど、ルイレン様のことだから多分前者だと思う。
「……俺ピ○ミン……。」
「ショタコン、ここに立っていろ。」
「どうしたの、ルイレン様。」
ルイレン様の言う通りに直立不動で立ち尽くす。ルイレン様が何かをニアに耳打ちして、それで何故かニアがやる気に満ちた顔になった。嫌な予感がする。
「お兄さん、ぼく、頑張りますね!」
「えっ、何!?」
「
「わっ……!」
ニアが叫ぶと俺の足元に魔法陣が展開され、水が滴っていた服が一瞬にして乾燥した。
な、何だこれ。こんなニッチな魔法あるのか……。
「すご……。」
「えっへん!ぼく、旅のお役立ち魔法を沢山教えてもらったんです!お兄さんのお役に立ちますよ〜!」
「あはは、ニアは健気だ……ふぁ……ふぁっぐしっ!!」
「あ、あれ?お兄さん、寒いですか!?もしかしてお風邪を……?」
服は乾いたんだが、身体が冷たい。ていうか寒い。でも、ちょっと服が暖かく感じて心地よい。まぁ、寒いんだったら動けばすぐにあったまるし放置していても問題は無いだろう。
「大丈夫だよ、ちょっと鼻がムズムズしただけ。」
「そうですか……良かった……。」
ニアがほっとしたのを見届けると、ソニアさんが俺の袖を引いて話しかけてきた。うん、確かに可愛いな。少女って感じだ。……でも、俺が求めているのはこれではない……。
「カツキさん。カツキさん。」
「何でしょうか。」
「今日泊まる宿とかはお探しではないですか?」
「あー確かに、折角街にいるなら、屋根のある所で寝たいか……。」
「でしたら私の家に来てください。うちは宿屋なんです。ショウタロウの友人ならお安くしておきますよ。」
確かに、俺たちは4人いるし、部屋を分けなければいけないということも考えると、かかる費用は安ければ安いほど良いだろう。まだこの街に何日滞在するかも決めていないことだし。
「うん、じゃあお言葉に甘えて、お願いします。」
「えぇぇ……ソニアさんの宿屋に泊まれる日がくるなんて……。」
「例の本にも書いてあったの?」
「はい。ラストの方で、パーティーメンバーの解散の時に。『私は貴方のように勇ましく旅を続ける方の止まり木になりたい』と……。」
「はわっ!?ニアくん、だ、だめです。言わないでください。昔の話ですから……!」
ソニアさんがニアの口をその手で塞ぐ。心なしか顔が赤い。確かに自分の著作物を目の前で朗読されたらちょっと恥ずかしいか。ニアはもごもごと何か言っていたが、やがて諦めたように静かになった。ため息をついて手を離したソニアさんは、俺たちを引き連れるようにして歩き出した。
「まずはダークエルフを迎えに行きましょうか。」
「そうですね。今はどこにいるかな……。」
「先程ニアに確かめてもらった。ソニアのお陰で恐らくの位置は見当がついている。さっさと向かうぞ。」
ルイレン様がソニアさんの隣に立って先導する。ニアは人混みではぐれないように俺と手を繋いだ。俺の手は2本しかないので、ソニアさんとルイレン様の2人とも手を繋ぐことは出来ない。ここはひとつ、土地勘のあるソニアさんにルイレン様を預けよう。
「もしはぐれてしまったら、ユシオの中央広場の噴水で集合しましょう。いいですね?」
「分かった。ショタコンもいいな。ニアを離すなよ。」
「うん、もちろんだよ。ニアも、手を離さないでね。」
「離しません!!絶対に!!」
こうしてとんでもない人混みへと立ち向かった俺たちだが、フラグ回収というかなんというか、バッチリソニアさんとルイレン様を見失った。でも、ルイレン様に言われた通りにニアの手はしっかりと俺の手と繋がれている。
「はぐれちゃったね……。」
「でも、ぼくはお兄さんと長く手を繋いでいられるので嬉しいですよ。」
「そう?不安じゃないなら良かった。中央広場に向かおうか。」
画面さん、中央広場へのルートをお願い。あ、出来るだけ人混みは避ける方向でお願いします。
【道案内】
この道を真っ直ぐ。焼きそばっぽい屋台の店があるので、その横の細い道に入り、右、左、右の順で曲がる。その後は道なりに進めば、中央広場へ出られる。
ありがとう、画面さん。これで待ち合わせ場所に行ける。しっかりと手を繋ぎ直し、人混みの中を進む。
焼きそばっぽい……焼きそば……あ、あれか。あそこの横の細い道……。
「ここを曲がるのか……。路地裏に入っちゃうな。」
「大丈夫です!悪いやつが出てきたらぼくがやっつけます!」
「あはは、ニアは頼もしいな。じゃあこっちから行こうか。」
細い道に入ると、そこには人っ子1人おらず、薄暗く埃っぽい空気が漂っていた。意を決してずいずいと進んでいく。
……そう、確か右、左、右……。
頭で唱えながら着実に歩を進めていく。あとは道なりに進めば中央広場に出られるはずだ。
「あ、出られますよ、お兄さん!」
「良かった、特に危ないことがなくて……。」
薄暗い路地裏から中央広場へ出ると、急な光に目が眩んだ。その一瞬の内に、俺の身体に衝撃が走り、なんだか分からないままに地面に倒れた。咄嗟にニアの手は離したので、巻き込んで倒れることがなかったのが幸いだった。
「わわ、すみません、怪我はありませんか?」
目が慣れてきて視界に浮かんだのは、黒髪の執事だった。手を差し伸べてきているので反射的にそれを握ると、かなりの力で引っ張られて助け起こされた。少しずつ頭が動いてきて、広場に出た瞬間にこの人とぶつかったんだということを理解した。
「大丈夫です。」
「それは何より……あれ?……銀髪……金髪の小さい子……あ、もしかしてカツキ様でしょうか?」
「えぇ?……そうですけど。」
「やっぱり!先程ショウタロウ様からお話を伺いまして、お嬢と顔を合わせておくようにと仰せつかっております。ですので、少々お時間頂いてもよろしいでしょうか。」
犬っぽいな……。じゃないや、今はソニアさんやルイレン様との合流を優先しなくては。
状況を説明すると、「お嬢」との顔合わせは合流した後でもいいとのことで、一緒に噴水の前で待つことになった。
「あの……貴方の名前って聞いていいですか?」
「俺ですか?ジョンと申します。」
「お、お兄さん……。」
ニアが俺とジョンさんの間に割り込んできて、俺をグイグイと押し、ジョンさんから遠ざけようとしている。
子供ってやたら勘が鋭いから、ジョンさんから良くない何かを感じたのかな……。
「ど、どうしたのニア……。」
「可愛らしいお子さんですね!」
「は?」
「え?」
「……あれっ?」
一瞬変な空気になったのも束の間、追って言われた意味を理解する。
……俺、10歳の子供がいるようなお父さんに見えるの……?いや、まだそんな歳じゃないよな……。あは……あはは……。
「む〜……!!」
「あたた、痛い、痛いです……。やめてください、レディがはしたないですよ……いだだだ……!」
「んんんん〜!!」
ジョンさんにぐるぐるパンチを仕掛けるニア。あれ、本当にやる人いるんだ。
俺の子供だと言われ、女の子と間違われ……。次々にニアの地味な地雷を踏んでいくジョンさん。これを微笑ましいと見るか腹が立つと見るか……。
「ニア、落ち着いて。ジョンさん、多分わざとじゃないと思うから。」
「んむ〜……!ぼく、お兄さんの子供じゃありません!未来の旦那です!」
「旦那様……でいらっしゃいますか?」
「あー、そこは気にしないでください。」
全く、ニアはすぐにそういうこと言う……。確かに俺は結婚相手どころか恋人すらいないけど。必要だとも思えないし、長続きするとは到底考えられない。
「それにしても、男性でしたとは。失礼いたしました。」
「もう間違えないでくださいね!」
「はい、覚えました。あはは、いやぁ、ニア様は少しお嬢に似ていらっしゃる。」
「どういうことですか?」
「実はお嬢も男性なんですよ……。でも実に可憐な見た目をしておいでなのです。」
なるほど、ニア二世みたいな人に会うってことか。それは少し楽しみに感じている自分がいる。少しソワソワしながら、ソニアさん達の到着を待った。
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