第20話 ショタコンと勇者ショウタロウ

はぐれないようにルイレン様と手を繋ぎ、ニアをおんぶしながら、ベアトリシアさんが初めに向かっていった屋台へと急いだ。



「だめだ、こんな凄い人混み……ベアトリシアさん、ちっちゃいから何も見えない……。」


「ぼくが探します!なるべく人の少ない場所に移動してください、お兄さん。」


「うん、分かった!あっちの方なら人が少ないかな……。」


「ショタコン、あちらで魔法を使うのは目立つ。路地に入るぞ。小規模な魔法だから問題ないはずだ。」



路地裏に入るのは危険そうだからあんまりやりたくはないんだけど……もし、こうして迷っている間にソニアさんがベアトリシアさんと鉢合わせたら大変なことになるだろうから、仕方がないと踏み切って、俺たちは人気のない路地裏へと入り込んだ。



「魔法陣、起動……。」


「ニア、それでは魔力が足りない。あとほんの少しだ。」


「うーん……起動……!」


「あ、出来たみたいだよ。」



ぼうっと、ベアトリシアさんが画面みたいなものに映し出される。見ると、屋台で購入したと思われる大量の食べ物を腕からぶら下げてホットドッグっぽいものを頬張っているベアトリシアさんと、そして、なんか赤い髪の男が映し出されていた。

……ナンパだ。ナンパされてる、ベアトリシアさん。確かに可愛いからな……されてもおかしくは無いけど、普通に男だからな……赤い髪の奴がショックをあまり受けないことを祈ろう。



「べ、ベアトリシアさん、ナンパされてる……!」


「真実を知っても大丈夫かな、この赤い人。」


「おい、それよりこれはどこだ?」


「うーん……。」



画面さん、画面さん、これどこ?


【道案内】

路地に入る前の屋台通りを、平和の像に向かって真っ直ぐ。クソ目立つどピンクの屋根の家があるので、そこを目印に左折。手前から数えて3本目の木の横のベンチに座っていると考えられます。


……本当に回答が返ってくるとは思っていなかったんだけど。凄いな、画面さんの機能。前世のあの世界でも革新的なのでは無いだろうか。



「ルイレン様、ニア、あっちだよ!」


「えっ、分かるんですか!?」


「多分大丈夫!」



ニアを背に乗せて再度走り出す。ルイレン様の手を引くと、素直に着いてきた。繋いでいる手があったかい。

人混みを掻き分けて、画面さんが示してくれたように進むと、ベアトリシアさんの姿を見つけた。赤い髪の人も一緒だ。



「ベアトリシアさん!」


「おう、なんじゃなんじゃ?」


「探しましたよ!」


「あ、ごめんなさい、赤い人。ベアトリシアさんは俺たちの仲間なんです……。」



ニアを背から下ろし、ベアトリシアさんと赤い人の間に割って入る。あのベアトリシアさんがナンパされてホイホイ着いていくとは思えないが、念の為引き離しておきたい。赤い人はキョトンとしながらニアを見た。



「……ろり……。」


「えっ?」



すると目にも止まらぬスピードでニアの前に移動して膝をつき、ニアの両の手をとった。

まずい、ニアを見るこの赤い人の目がキラッキラ輝いている。それはもう、ベアトリシアさんにも負けないくらいの輝き具合だ。



「君、何歳!?」


「えぇっ、なんですか!?お兄さん、この人怖いです……。」


「名前は!?」


「ひいっ!!た、たしゅけて……。」



赤い人の顔がずんずん近づいていく。と、その瞬間、ガゴンッとなんかもう聞いてるだけで痛そうな音が響いた。俺が止めに入る前に、どうやらルイレン様が赤い人の頭に岩を落としたらしい。赤い人が地面にぶっ倒れる。

……いやいやいや!!死ぬでしょ、そんなことしたら!ルイレン様、めっ!だよ、めっ!!



「お、お兄さぁん!」


「うんうん、ニア、大丈夫だよ。」



赤い人の手が離れるやいなや俺に駆け寄って抱きついてきたニアの頭を撫でてやる。急に知らない人に手を握られて怖かったのだろう。少し震えているのが分かった。

それを見ながらも特に気にせず次は綿あめを食べ始めるベアトリシアさんのメンタルはさっきルイレン様が落とした岩以上だろう。



「る、ルイレン様……やりすぎじゃ……?」


「はぁ、いったぁ〜……。」



赤い人は予想に反して平気そうに頭をさすりながら起き上がってきた。そしてルイレン様を見ると、驚いたような顔を一瞬だけして、すぐに舌打ちをして睨みつけた。



「チッ、何すんだよクソガキ……。」


「ニアは僕の友人だ、手を出すな。」


「旅でもすればちょっとは落ち着くかと思ってたんだが……逆効果だったか?そこの冒険者に甘やかされて悪化したんじゃないのか?」


「そちらこそ、だ。時間が経てば少しはマシになると思っていたが、相変わらずの節操なしだな。」


「何だと……?」



えっ、なに?知り合いなの?じゃあこの赤い人は城の関係者!?じゃあダメじゃん!

ニアの頭をグリグリ撫でながら、ぽかんとした顔で2人の会話を見守る。



「可憐で可愛いロリがいたら話しかけるのが男ってもんだろぉ!?」


「その認識自体がおかしいと言っているのだ、少しは頭を冷やせ、じいや。」


「うぜぇ〜……!ほんっと、全く変わってねぇなぁ、ルイレン様よぉ!」



えっ、じいや?この赤い人が?あの老人じゃなくて?これが正太郎なのか?確かに「ロリ」って言ってたし……ニアとベアトリシアさんに話しかけてたし、少なくともロリコンなのは確かだけど。



「……正太郎なのか?」


「え、何?」


「俺、勝己だけど。」


「え……えぇ……ま、まじ?」


「うん。」



正太郎は俺のことを認知してはいなかったらしい。親友としての目線から見ても、やっぱコイツやべぇんだな、としか言えないものを見てしまった気がする。



「何だよ……お前もこっち来てたのかよ……言えよ……。」


「どうやって?」


「……それもそうか。いや、悪かったよ。勝己のパーティーメンバーに勝手に触って……。」


「謝るならニアに謝れよ、ほら、こんなに震えて怯えてるだろ。可哀想だと思わないのか?」


「う"っ!かわいい……ごめんな、ニアちゃん。」



ニアが一瞬正太郎の方を見て、何だか凄く悲しいものを見るような目をし、再度俺に抱きついてきた。正太郎がショックを受けたようにズーンと沈んでいる。ルイレン様はその様子を、ゴミでも見るかのような目で眺めていた。



「じいや。」


「何だよ……オレはクソガキには興味ないからな……。」


「知らん。だが、ニアもベアトリシアも男だぞ。」


「は?……いや、勝手なこというなよルイレン様。どう見たって女の子だろ。」


「男だ。勝手なことを言うな、じいや。」



ルイレン様が正太郎の肩に手を置いて真実を告げてしまった。案の定正太郎はフリーズして、ただただニアの方を眺めるだけの人形みたいになってしまった。



「おい、ニア。これがじいや……勇者正太郎だ。現実から目を背けるな。」


「ぼ、ぼく……昔から、もっとカッコイイ勇者を想像してたんです……。ちょっとだけ待ってください、認識を改めますから。」


「な、なぁ……勝己……本当なのか……?」


「ルイレン様が言った通りだよ。ニアは男の娘だし、ベアトリシアさんは女装男子だから。2人とも男。」


「ンナッ……!!!?」



正太郎が崩れ落ちた。なんか虚しく見える赤い髪に、ルイレン様が一輪の花を供えている。そんな最中、どうやら買ったものは全て食べ終えたらしいベアトリシアさんが正太郎に寄ってきた。



「おい、赤いの。」


「……男だったんだ……男……だったんだ……。」


「しっかりしろ、赤いの。若いんだから。」


「……ハッ……ダークエルフ……。」



なんの前触れもなく、正太郎の顔が上がる。頭の上に乗せられていた花が地面へと転がり落ちていき、それを見たルイレン様は、拾いなおして俺に差し出してきた。

今1回落ちたよね?それ。



「ありがとう、ルイレン様。」


「屈め。」


「はいはい。」


「むぎゅっ……お、おお、お兄さんの圧が……えへ、えへ……しあわしぇ……。」



ニアがやばい顔をしているのは見なくても分かるが、わざわざ確認するまでもないので、今はルイレン様が俺の髪に花を差してくれているのを待った。



「ベアトリシアさん……で合ってる?ダークエルフだよな!?」


「あぁ、そうじゃけども……あ!儂、1回だけお主のこと見たことあるぞい!」


「えっ……ま、マジか。もしかして、ソニアが暴走した時の……。あ、あの時は……その、止められなくて悪かっ……。」


「フフン、そう、生き残りじゃ。お主には感謝しておる。あれのお陰で街から離れられたんじゃ。」


「えぇ……ポジティブかよ……。」



まぁ、そうなるよね。

ルイレン様が薄桃色の花を俺の髪に飾ってくれたので、いい子いい子、と撫でてやる。それもすぐに手で払われてしまったのだが、いつもより少しタイミングが遅かったから嬉しかったんじゃないかと思う。



「おい、勝己。ルイレン様を甘やかしすぎじゃないのか?全然可愛くねぇのに。」


「何言ってんだ、可愛いだろ。そんなに『The☆主人公』!!みたいな顔してるのに、やっぱり中身は正太郎なんだな……。」


「うるせぇよ、お前も『デスゲームの単行本第2巻の中盤後半で死んでそうなお姉さん』みたいな顔してんだろ!?中身はバリバリに勝己なのに!」



いや、確かに死んだけど死んでねぇから……。

でもこんな感じのノリ、懐かしい。本当に正太郎なんだな。また会えて、実はかなり嬉しい。

でも、俺は『お姉さん』じゃない、『お兄ちゃん』だ!確かにここに来てからやたらと男に絡まれるけど!!



「なんで『お姉さん』なんだよ……。」


「いや、一瞬女かと思った。髪長いしかなり線が細いし。うーん……中身が勝己じゃなければ抱ける!」


「やめなさいよアンタ……子供たちの前で……。」



瞬間、2人して笑い出す。ルイレン様とニアは不思議そうに俺たちを見ていた。ベアトリシアさんは近くの屋台で、また新たにサンドイッチを購入してベンチに戻り、食べ始めたようだ。一体どんだけ食べるんだ。あんなにほっそい身体なのに。



「さて、本題に入らせてもらうぞ、じいや。」


「本題とかあったのかよ、クソガキ様。」


「その姿、ソニアに会ったのだろう?一体何度目の若返りだ?」


「そんなこと覚えてないけど、5回目くらいだと思う。」


「で、ソニアはどこだ。ベアトリシアに危害が加わるのは避けたいんだが。」


「さぁ?さっき別れたところだから、この辺にいるんじゃ……。あ、確かにまずいか。」



やっと気づいたか、とでも言いたげにため息をつくルイレン様に舌打ちを返しながらソニアさんの行方を探ってくれているこの勇者様、俺の親友なんだぜ。なんて言うか……凄くロリコンなんだ。面白いだろ?



「あ、ショウタロウ。忘れ物ですよ。」


「はびゃっ!!ソニア!!」


「……何です?ほら、魔導書と魔法石、忘れてましたよ。」


「あぁぁぁ……ありがとぉぉ……。」



もしや、この人がソニアさん……?ベアトリシアさんみたいに耳が長く、しかし色は白く、青く艶のある髪に空のような色の目をしている。

に、逃げた方がいいかな、あそこでサンドイッチ3個目を頬張っているダークエルフを連れて……。

しかしそんな考えを巡らせる前に、ソニアさんの瞳はベアトリシアさん捉えてしまっていた。もう逃げられない。



「……ショウタロウ。私、予定が出来ました。」


「いやいやいや!!ダメ!行かないで!!」


「安心してください、もう昔のような真似はしませんから。私も丸くなったんです。」



やんわりと正太郎の手を押し返して、ソニアさんはベアトリシアさんの前まで歩いてきた。当の彼は、サンドイッチを食べ終わってようやく満腹になったのか、満足そうな笑顔で空を見上げていた。



「おい、ダークエルフ。」


「……なんじゃ?エルフ。」


「私は、お前の仲間の命を奪いました。もしかするとお前の家族の命も……。ずっと謝りたかったのです。きっと私は、許されないことをしてしまいましたから。」


「そうか?儂はダークエルフが嫌いじゃから、清々したがのう。」


「えっ?」



ソニアさんが目をまん丸にしてベアトリシアさんを見る。変な顔じゃ、と笑って、ベンチから立ち上がったベアトリシアさんは、ソニアさんをその目で見据えて微笑んだ。



「フフン、やってられるか。毎日毎日、戦いじゃ争いじゃ……。儂に言っても仕方なかろうに。」


「えっ……えぇ……?」


「でも言わせて貰えるのであれば……。」



ソニアさんは覚悟したように目をつぶり、俯く。それを見たベアトリシアさんは、ソニアさんの頭に手を乗せて、撫で付けるように手を動かした。ソニアさんの目がゆっくり開き、恐る恐る顔が上がる。



「もう少し早く、滅ぼしに来て欲しかったのう……。」



ソニアさんが口をぽかんと開けて、スペースソニアさんになっている。もしかしたら2人は少し似ているのかもしれない。そして、そんな2人を眺めながら、正太郎が呟いた。



「やっぱ変な奴の周りには変な奴が集まるんだな……。」


「ははは、なんつった?この野郎。」



そんなんだからルイレン様にどつかれるんだろうに。この親友が一体どういう経緯でルイレン様を育てることになったのか、俺はそれが気になって仕方がなかった。

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