第18話 ショタコンと花弁
ルイレン様が2人を先に行かせたので、俺とルイレン様とニアの3人で、えっほえっほと所々上り坂な鉱山を登る。その道中、モンスターと遭遇することは1度もなかった。
「ホントにさっきの2体だけだったんですね……。」
「うむ、この先にも特に敵性反応は無い。」
「俺たちもさっきの門で花畑に直行できたらいいのに……。」
「あれは魔力消費が酷いからな。今日はもう、僕が魔法を使うことは出来んだろう。つまり無理だ。」
「さっき聞いたし分かってるよ。ルイレン様が言ってることなんだから信じてる。」
暗い道を何とか出口までこぎつけ、強い光へと身を晒す。急な明るさに目が驚き真っ白だった景色も、すぐに慣れて満開の花畑が視界に広がった。
「ベアトリシアさ……。」
「ショタコン。」
どこかにいるであろう、ベアトリシアさんとアリシアちゃんに声をかけようとした俺を制すように、ルイレン様が俺の腕を引いた。どうかしたのかと思い振り返ると、少し綻んだ面持ちのルイレン様と、はわわ、と口を両手で抑えるニアがいた。
「どうし……。」
「静かに。」
ルイレン様が言うなら、と口をつぐみ、広い花畑へと目を凝らして2人を探す。意外と近くにその姿を見つけると、そこには緊張と不安と悲哀の籠った笑顔のベアトリシアさんが、アリシアちゃんを肩にもたれさせて並んで座っていた。よく見るとその手には、例の薬が入った小瓶が握られている。
「……あら、お外……?」
「アリシア、起きたか?」
「ねぇ、私、外に出てはダメなんじゃないの?」
「……もう、いいのじゃ。……もう。」
「あら、そう……。風が気持ちいいわね、ベアトリシア。」
「……アリシア……儂は……。」
なるほど、ルイレン様が俺を止めた理由が分かった。この2人の空間に割って入るのは、確かに空気が読めない奴に他ならない。それに俺も、ベアトリシアさんがどう切り出すのか気になったのだ。
「……儂は、最低な奴じゃよ……。」
ベアトリシアさんは絞り出すようなか細い声で、小さく呟いた。アリシアちゃんは特に反応を示すことも無く、口元には常に微笑みを絶やさなかった。
「どうして?」
「……儂は……。」
ベアトリシアさんが祈るように小瓶をぐっと握りしめ、俯く。その続きの言葉は長い時間何も出てくることはなく、苦しい静寂を割いたのはアリシアちゃんの優しい声だった。
「貴方が、"長いお耳のダークエルフ"、だから?」
「……っ!!」
「それとも、"女の子の格好が大好きな男性"、だからかしら?」
「……な、何故……っ!?」
「ふふ、それとも、"滅ぼした村の生き残りである私を拾った"から、かしら。」
変わらず微笑んでベアトリシアさんの方を向き小首を傾げるアリシアちゃんは、どうやら全てお見通しなようだった。
ベアトリシアさんは笑顔が完全に消え、汗をダラダラと流しながら、絶望という言葉がしっくりくる表情へと変わっていった。
「……それを知りながら、お主はどうして儂と一緒にいられるのじゃ……?」
「だって貴方、放っておけないんだもの!」
アリシアちゃんは笑顔を咲かせて、ベアトリシアさんに擦り寄った。ベアトリシアさんは少しだけ顔を上げて、アリシアちゃんから目を逸らすようにしながらも、優しく肩へと手を回した。
「ねぇ、ベアトリシア。私と初めて会った時のこと、覚えているかしら?」
「……さぁ……忘れとるかもなぁ……。」
「道端に転がる瀕死の私を見て、貴方、駆け寄ってきたのよ?近づいて人間だって分かっても、迷わずに家まで連れて行って手当してくれたわよね。」
「……っ、……覚えとらん、なぁ……。」
「私ね、目が見えていなくても、貴方が思っているよりずっと多くのものが見えているのよ。だから分かっていたわ。……貴方が、私のことでずっと苦しんでいたのも。」
ベアトリシアさんの大きな目からはポロポロと大粒の涙が零れていく。アリシアちゃんはそれが何となく分かったのか、肩に回されたベアトリシアさんの手に優しく触れた。
「自分のことだもの、私だってもう長くはないこと、分かっていたわよ。でも、貴方は優しすぎるから……きっと追いかけてくると思ったの。」
「……かも、しれんなぁ……。」
「だから、貴方が追いつけないくらい遠くまで逃げようって。私が消息不明だったら、貴方はずっと、私を探して生きていてくれるでしょう?」
「……バカじゃなぁ……。」
「そうね、大バカよ。私も、貴方も。」
アリシアちゃんの目にもキラリと光る涙が見えた。こんなにベアトリシアさんを想っているアリシアちゃんが、目に見えた彼を怖がることなんてありえない。
……どうやらこの先にも、ルイレン様の出番は来なさそうだ。
「……のう、アリシア……。」
「……何かしら?」
「カナたちが、協力してくれてな。一時的にじゃが、目の見える薬を作ったんじゃ。」
「……ふふ、貴方がさっきからそっちの手で握りしめている、それのこと?」
「な、何故分かるんじゃ!?」
「さっきから貴方の肩がいつもより強ばっていて、震える度に水の音がしているから。分かりやすいわね、ベアトリシアは。」
アリシアちゃんが、ふふふ、と眩しいくらい明るく笑う。この後本当にこの子が死んでしまうのか、と思うほどに。そんな彼女にベアトリシアさんは苦笑しながら、やっとアリシアちゃんの手を取って、小瓶を握らせた。
「……飲んで、くれるかの?」
「ありがとうベアトリシア。……喜んで。」
封のとかれた小瓶の縁が、アリシアちゃんの桜色の唇に触れ、中身を一気に口の中へと流しこむ。
すると、アリシアちゃんの座っていた位置を中心に大きく魔法陣が展開され、激しい風が巻き起こった。周囲の花畑からは沢山の花弁が舞い上がり、やがて魔法陣が、中心のアリシアちゃんへと収束していく。
「……ルイレン様……成功したの?」
「……知らん、見ていれば分かるだろう。」
ルイレン様との小声のやりとりを経て、再度ベアトリシアさんとアリシアちゃんに目を戻す。
不安げなベアトリシアさんを前に、アリシアちゃんはゆっくりと瞼を開いた。明るさに驚いたようにすぐに目を閉じたが、また開く。それを何度か繰り返し、やがてしっかりとベアトリシアさんの姿を捉える。
「……どうじゃ、アリシア。」
「私今まで、目が見えなくても、貴方のこと何でも知っている気でいたのだけれど……間違いだったみたいね。」
「やはり儂が怖いか、儂が憎いか。……当然じゃ。お主の家族を奪ったの儂の同族。止められる立場におった儂は、人間に興味も示さんかった。あの時、止めていれば……アリシアは……幸せに……。」
俯き泣き出しそうなベアトリシアさんの顔をアリシアちゃんの小さな両手が包み込み、自分の方を向かせる。彼女はずっと合わせられなかった目を、無理やり合わせたのだ。
「ベアトリシア、そんな顔しないでちょうだい。」
「……しかし……アリシアは……!」
「私、ベアトリシアのこと大好きよ。怖くも、憎んでもいないわ。確かに私の家族は昔、ダークエルフに襲われた。でもね、ベアトリシアは私の特別だもの。ダークエルフだとか関係ないわよ。」
「で、でも、儂は……罰を受けるべきで……。」
「はぁ、もう……ベアトリシアはとってもネガティブだわ!ちぇすと!」
アリシアちゃんの全然痛くなさそうなチョップが、ベアトリシアさんの頭を直撃する。でもそれはベアトリシアさんには酷く効いたようで、はたと涙が止まった。
「貴方、気づいている?さっきから「儂は」「儂は」って、自分のことばっかりじゃないの!」
「あ、アリシア……。」
「ねぇ、私は貴方の目の前にいるのよ?最期くらい、私の、アリシアのこと見てちょうだい……。」
ふと気がつくと、アリシアちゃんの長い髪の先が、花びらのようにはらりはらりと零れ落ち、消えていっている。
……まずい、時間が無い。知らせるべきだろうか。
「アリシア……悪かった。それと、ありがとう。あぁ……そうじゃ、儂はずっと……感謝がしたかったのじゃ……生きていてくれてありがとう、と。」
「ふふ、こちらこそよ。私の家族になってくれてありがとう、ベアトリシア。」
「……寂しくないか?……心細くはないか?」
「大丈夫よ。沢山の思い出と一緒だもの。でも、そうね。ベアトリシアは寂しがり屋だから……これを。」
アリシアちゃんは自分の髪に咲いた花を一輪、ベアトリシアさんの手に乗せた。儚い笑顔で、真っ白な手で。ベアトリシアさんは少し困惑したようにアリシアちゃんを見ていた。
「実はね、私、このお花好きなのよ。私だと思って、色んな景色を見せてあげて。」
「……花に目はないぞい。」
「分かっているわよ、全く、情緒に欠けるわね。それでも、私がいた証として……持っていてくださる?」
「分かった。この花に、沢山の景色を見せよう。いつか、アリシアと思い出話をする為に。」
「えぇ、約束よ。とても、とても楽しみにしているわ。」
やがてアリシアちゃんの足が花弁となって崩れ始める。アリシアちゃんはベアトリシアさんの手を両手で包み、目を合わせて笑いかけた。
「ベアトリシア、良い一生を。」
「アリシアもう…………うぉっ!?」
その瞬間、アリシアちゃんがベアトリシアさんの胸に飛び込んだ。彼の服にシワがついてしまうくらい強く抱き締め、何か言いたそうだった言葉をぐっと飲み込んでから顔を上げた。
「……ベアトリシアは世界一美しいわ。胸を張って前向きに、真っ直ぐ生きなさい。」
「アリシ……。」
「じゃあ……いつかまた、遠い日に。」
笑顔のアリシアちゃんは花弁となって、ベアトリシアさんの腕の中で崩れ落ちた。暫く放心していたベアトリシアさんだったが、凄まじい突風により花弁が巻き上げられ、空へと舞っていくのを見届けた後、堰を切ったように泣き出した。
「……っ、アリシア……っ、あぁ……ああぁ……っ……。」
広い花畑にたった一人、ベアトリシアさんの鳴き声だけが響き渡る。そんな彼の手には、一輪の花があった。慰めるように、ふわふわと揺れて彼の手を撫でつける。
「ベアトリシアさん……。」
「特に問題なく終わったようだな。……だが不思議だ。アリシアとそこまで共に居た訳では無いが、もう少し共にいたかった気がする。」
「そうだね、俺もだよ。ルイレン様。」
花弁となって散った彼女の笑顔が思い返される。そしてその隣に立って笑っているのはベアトリシアさんだ。アリシアちゃんの病気さえなければ、ずっとこの光景が続いたのかと思うと……俺は少し切ない気持ちになった。
「ショタコン……少しの間、一人にしてやろう。」
「……そうだね。」
「ニア、先程から静かだがどうし……うわ……。」
ルイレン様のドン引き顔を目に焼き付け、ニアの方を見る。そこには、サイレントで大泣きする男の娘がいた。何か拭くものが必要だろうかと、画面の収納から小さめのタオルを取り出して、ニアに差し出す。それを受け取ったニアは、顔を隠すようにしてタオルを押し付けた。
「……っ……っ………!!」
「何言ってるか分からないなぁ……。」
「……っ、おに、さっ……見ないで……っ!!」
「……ふん、ショタコン行くぞ。」
大泣きしているニアを鼻で笑うと、ルイレン様は俺の腕を引いてベアトリシアさんの元へ向かおうとする。流石にあんなに泣いているニアを放ってはおけない気もしたが、ルイレン様があまりにも腕を引き続けるので、ベアトリシアさんの元へ行くことにした。
「ベアトリシアさん……、大丈夫?」
「ぐすっ、大丈夫、儂はもう大丈夫じゃ。世話かけたのう……。」
「これからはどうするんだ?」
「……アリシアと約束したからのう。旅に出て、土産話でも集めるとするかの。」
「……ならば。」
俺から離れて、ルイレン様はベアトリシアさんに手を差し伸べた。ベアトリシアさんの泣き腫らした目が、ルイレン様の姿を捉える。今、彼の目にルイレン様がどう映っているのだろうか。
「僕たちと一緒に来ないか。人数は多ければ多いほど土産話も面白くなるだろう。」
「……黒いの……いや、ルイレンと言ったか。儂はダークエルフじゃ。戦闘種族の代表格、魔物と呼ばれることもある。周りの目を気にするなら……。」
「ねぇ、ベアトリシアさんはどうしたい?」
そう、アリシアちゃんが残したように、ベアトリシアさんは少しネガティブすぎる。これからは前向きに、真っ直ぐに。
俺たちの心配じゃなくて、ベアトリシアさんがどうしたいかを聞きたいんだ。
「……着いていきたいに決まっておろうが。」
「よっし!ルイレン様、旅仲間が増えたね!」
「ニアにも報告しなくてはな。」
「しかし、良いのか?儂はダークエルフなんじゃぞ?」
「愚問だな。」
ルイレン様が、またしても百点満点のドヤ顔を披露する。カメラに撮って残しておきたい気持ちもあるが、そんなものは無いのでただ横で微笑んで、記憶に刻み込む。
「僕は城の者から追われる厄介者だ。それに加え、それを匿うド変態、そしてそのド変態を慕う危険人物がいるんだぞ。」
「な、なんか大変そうじゃの。そこに儂など……。」
「ルイレン様は、今更一人増えたところで何も変わらないって言いたいんだよ。」
「まぁ、そういうことだ。」
ベアトリシアさんが少しスペースベアトリシアさんになったあと、はっとしてルイレン様の差し伸べた手を取った。
「ルイレン、カナ、ニア。よろしく頼む。」
ふわりと花のように微笑んだベアトリシアさんは、今までで一番綺麗に見えた。
その後ニアと合流し、山を降りてベアトリシア邸に向かった。ベアトリシアさんは暫く家の中を見たあと、荷物をまとめて外へと出てきた。
「出発しようか。」
「うむ。……行ってきます。」
俺たちの後ろを歩くベアトリシアさんは、遠ざかる家を振り返ることなく歩を進める。
一人増えた仲間と、さて、まずは何処へ行こうか。
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