第17話 ショタコンと約束の朝

次の日の早朝。ベアトリシアさんによると、アリシアちゃんはこの日に亡くなる。その前にメシナの花から作った薬を飲ませなくては。

完全に俺の希望でしかないけど、薬を渡すのはベアトリシアさんであってほしい……そう、強く思う。



「おはよう、ルイレン様。」


「ショタコン……なぜ僕の部屋にいる?」


「ルイレン様の顔を拝みたくて。」


「……はぁ……。」



寝起きのルイレン様を拝んで心のHPを回復する。恐らく、このため息はどんな回復魔法よりも俺には効くだろう。

……大丈夫、どんな結末になったとしても、俺にはルイレン様がついているから……。



「おはようございまーす!」



やかましい音を立てながらドアを力強く開け放ったのはニアだった。いつもより異様に元気がいいのはきっと、自分の不安を抑え込むためなんだろうと思うと、ニアの表情が少し疲れているように見えてきた。



「うるさい。」


「そんなことないよ!ねぇ、お兄さん。」


「ニアは元気が一番だね。……でも、無理しないで欲しいな。」


「……無理なんて、してないですから。」



ニアは、一瞬表情を曇らせたのを隠すように笑った。いつもよく笑うニアのこの顔は、何故だか妙に痛々しかった。

扉からコンコン、という軽い音が響く。見ると、幻術無し・どすっぴんのイケメンベアトリシアさんがいた。



「お主ら早いな。もう起きておったのか。」


「おはよう、ベアトリシアさん。あの、今日の事なんだけど……。」


「うむ、儂もそのことで相談があったのじゃ。」



一昨日の夜は「儂が薬を渡すことは出来ない」と空洞のような目をしていたベアトリシアさんだが、心変わりをしてくれたりはしないだろうか。

……ダメ元だけど、酷なことだろうけど、お願いしてみたい。



「ベアトリシアさん、お願いがあって……。」


「儂もお主に叶えて欲しい願いがある。先に言うがよいぞ。」


「アリシアちゃんに、あの薬をベアトリシアさんから渡して欲しい。」


「……言うと思っておった。」



ベアトリシアさんは少し考えたあと、苦笑しながら俺の手をとった。女装していないことでただの褐色イケメン(小さめ)と化したベアトリシアさんについつい照れてしまう。



「分かった、儂から渡すことを約束しよう。」


「えっ、ホント!?」



思いのほかあっさりと受け入れられた要求だったが、どうにもスッキリしない。ベアトリシアさんの瞳が淀んでいる。

何か……嫌な予感がする。



「次は儂の番じゃな。交換条件という訳では無いが……。」


「……。」


「もしその時、アリシアが怖がったら……儂のことを、殺して欲しい。」



一瞬、恐らくは精神的なショックで耳が聞こえなくなった。音が無くなって、ベアトリシアさんの声が小さくなる。戻った時には、ベアトリシアさんは何やら俺の手で遊びながら話していた。



「なに、ダークエルフだからと恐れることは無い。生半可な刃物では傷一つつかんが、儂がくれてやった剣なら、首をはねるくらい容易じゃろうて。」


「ベアトリシアさ……。」


「……頼む、お願いじゃ、カナ……。」



俺の手に触れるその手に、少し力が込められる。

せっかく覚えてくれた俺の名前を、こんなところで初めて聞くなんて……。

頼む、お願い、と言いながら断らせる気のないその瞳が、俺は怖い。



「いいだろう。」


「……ルイレン様……っ!?」


「黒いのは話が分かるな。流石じゃ。」


「ただし、もしその時が来たら……それはショタコンではなく、僕が貴様を殺す。」


「……良かろう。」



ベアトリシアさんは少し安心した顔で俺の手を離した。今までの淀んだ瞳が嘘のように、キラキラと輝くその目を俺は直視してしまった。

……眩しいな。この人は「自分を殺して欲しい」って言っているのに。



「で、お主ら、景色のいい所は見つかったのか?」


「色々候補を探してはみたけど、薬を作った所の花畑がいちばん綺麗だったよ。」


「うむ。ろくでもない案ばかりだったがな。」


「ちょっ……ちょっと待って!……みんな、ぼくのこと置いてかないで……。」



ふと見るとニアが方をプルプル震わせて俯いていた。頭の中までどピンクでも、やっぱり中身は少年なんだよね、今のやり取りをただ流すことなんて出来はしないだろう。



「ニア……。」


「ピンクいの、儂は……。」



ベアトリシアさんがニアに語り掛けた瞬間、ニアがバッと顔を上げた。そのままベアトリシアさんを震える指でベアトリシアさんの顔を差す。



「……お兄さん、その人誰?」



……そっか。見たことないんだ、ニアは。

って、あれ、ルイレン様も無いよね?なんでこんなに落ち着き払ってるんだ、この子は。受け入れるの早すぎるし。まぁ、それがルイレン様のいい所か。



「なんじゃ、もう忘れたんか?儂はベアトリシアじゃ。」


「えっ!?別人じゃん!!……ああ、いえ、成程、分かりました。これがベアトリシアさんが「別物」って言ってたやつですね。」


「分かってくれたようで何よりじゃ。」


「……素は普通にかっこよくて腹立ちますね。」


「フフン、儂は可愛いって言われたいんじゃよ。」



ドヤ顔を披露したベアトリシアさんはニアに笑いかけて部屋を出て行った。

次に会ったのは朝食のときで、その時にはもうバッチリ女装ベアトリシアさんだった。

食卓にアリシアちゃんの姿がないことは心配だが、それよりも、「儂を殺して欲しい」なんて言ってた人が笑顔でいることが怖い。そして、それを聞いていながら全く気にしてない2人が更に怖さを助長している。



「どうですか、アリシアちゃんの容態は。」


「まだ寝ておるよ。まぁ、最期じゃしの。連れ出しても構わんじゃろ。」


「そうだな。だが、誰が連れていくんだ?」


「ベアトリシアさんが連れていくんじゃないの?」



俺の言葉に反応して、ベアトリシアさんに3人分の視線が注がれる。少し動揺したように俺たちの顔を見ると、ベアトリシアさんは食後のコーヒーを一口飲んでこう言った。



「儂にはそんな体力無いぞい。老人だと言うとろうに。」



嘘だ。だって見たもん。ガトリングガンぶっぱなしてたもん。 あと、「年齢と体の機能は関係ない」とか言ってたもん。



「ベアトリシアさん、そんなに非力には見えませんけどね。」


「うん、俺もそう思うよ。」


「僕も同意見だ。アリシアを無事に運ぶには、僕やニアでは身長が足りないだろうし、ベアトリシアがやらないならショタコンに任せることになる。」


「うむ、それでいいのではないか?」


「こいつは、毎日のように人の寝床に入ってきて、勝手に僕を抱き枕にしている変態だぞ。」


「んなっ……。」



またしてもスペースベアトリシアさんとなった彼はは、暫く間を置いてコーヒーをソーサーに置き、フフン、と笑うと、ちょっと引いている気がする顔で俺を見た。



「カナ、わ、儂はお主がどんな性的趣向をしていても……気にしないぞ、うむ……。」


「……なんか勘違いされて……っう"!?」



勘違いを訂正しようとした瞬間、横からルイレン様の肘が飛んできた。脇腹にクリーンヒットして思いのほか痛い。でもちょっと……ホントにちょっとだけ…………もっかいやって欲しい。



「ほら、表情を見てみろ。こいつはド変態だ。アリシアを預けるには……少し信用が足らんとは思わないか?」


「……ち、小さい子が……好きなんじゃ、な?」


「う、うん、小さい子は好きだよ。ベアトリシアさんも可愛いよね。」


「わ、儂が小さくて可愛いからって手を出すでないぞ!?」



出会った時のルイレン様を思い出す……。このリアクション、俺好きかもしれない。でもベアトリシアさんは合法って分かってるから、罪悪感がちょっとだけ少なくて済む。



「という訳で、アリシアはベアトリシアが運んでくれ。」


「……はぁ、分かったわい……。」



その後、「なんで」だとか色々とボヤきながら外出の準備を始めるベアトリシアさんを眺めながら、俺たちも各自準備や打ち合わせに勤しんだ。



『ねぇ、2人とも。』


『何だ。』


『何かありましたか?』


『どうしてベアトリシアさんが「殺してくれ」って言ったとき、止めなかったの?』



ひとつだけ、ベアトリシア邸を出る前に、これだけは確認しておきたかった。あの言葉を2人がどう感じたのか、どういう意味だと思ったのか。



『アリシアさんは、ベアトリシアさんのことが大好きですよ。きっと、ぼくがお兄さんのこと大好きなのと同じくらい。』


『相手の種族が今更何だろうと、今まで過ごしてきた事実が無くなる訳では無い。アリシアは恐らく、ベアトリシアへの情を優先するだろう。』


『つまり、ベアトリシアさんのこと、絶対怖がらないっていう自信があったから止めなかったの?』


『確信ではないんですけどね。大好きな人を怖がるなんて、ぼくは無いかなって。』


『好きかは知らんが、要約すると僕も同じ考えだ。』



あぁ、この子たちは優しい子たちだ。アリシアちゃんと、彼女と共に過ごしたベアトリシアさんとの時間を信じている。今、それを信じられていないのは、俺と……。

視線をベアトリシアさんの方へと向ける。彼はバッチリオシャレをして、鏡の前で何度もおかしなところが無いかチェックしている。



「ベアトリシアさん。」


「……ん、なんじゃ?」



朝日が照らして逆光となってしまい、嫌に神々しさが出ている。光に熔けて消えそうな笑顔でこちらを見るベアトリシアさんに思わず声をかけてしまった。続きを特に考えておらず、口から出る言葉は直感が優先されてしまう。



「俺、ベアトリシアさんのこと好きだから。」



一瞬の静寂。何も考えていなかった俺の頭が、「今、何言った?」で埋め尽くされる。硬直してしまったベアトリシアさんの顔が茹でダコみたいに赤くなっていく。つられて俺も少し赤くなってしまったかもしれない。



「……カナ、本気か?」


「あっ、いや、変な意味じゃなくてね!?」


「そうか……カナは、儂のこと……そうか……。」


「俺だけじゃないよ。ルイレン様もニアも、きっとベアトリシアさんのこと好きだから。」


「て、照れるのう……、そこまで言わんでもええわい……。」



ベアトリシアさんが踵を返してアリシアちゃんを迎えに行った。耳が長いため、赤いのが凄く分かりやすい。

……それにしても今の、ニアやルイレン様が聞いてなくて良かった。



「さぁ、出発じゃ!」



これは空元気なのか、声を張り上げたベアトリシアさんと共に山登りを始める。さっき言っていた「老人だから」とかいうのはやはり嘘らしく、砂利道を息一つ切らさずにスイスイと進んでいく。



「アリシアちゃん、ぐっすり眠ってますね。」


「本当に限界なんじゃろうな。寧ろ、これを今までよく隠し通せていたものじゃ。」


「きっと、ベアトリシアさんに心配をかけたくなかったんじゃないかな。」


「しかし儂は……こんなになるまで、我慢しておることに気づいていなかったんじゃな。今日が命日だと分かっておったのに。」



軽いはずのアリシアちゃんを背負い歩を進めるベアトリシアさんは、まるで重たい十字架でも背負わされているかのように見えた。

俺たちと違って、汗ひとつかいておらず、息も切れていないのに、一番苦しそうな顔をしている。



「モンスターはこの前倒しましたし、いませんよね。多分。」


「ニア、そういう発言はフラグになるから……。」


「ふらぐ……?」


「ベアトリシア、止まれ。」



ルイレン様の言葉に、ハッとして全員が立ち止まる。探知魔法に何か引っかかったんだ。まずいな。前回はベアトリシアさんが何とかしてくれたけど、今はアリシアちゃんがいる。危ない目に合わせる訳にはいかない。



「……黒いの、アリシアを頼めるかの。」


「いや、アリシアは貴様が背負っていろ。そのまま、先に行け。」


「でも、この先にモンスターがいるのじゃろ?どうやって……。」


「……道が無いなら作ればいい。ショタコン、僕はこれから丸一日魔法が使えないが、いいか。」



ルイレン様が魔法を使えなくても、そのフォローは俺やニアがすればいい。その考えの元、深く頷く。ルイレン様はニヤリと笑い、炎の魔法で地面に魔法陣を描いた。それが発動すると、やがて地面から黒い石でできた枠……?が出てきた。



「……はぁ……転移門、起動。」



ルイレン様が呟くように言うと、枠の中に花畑が写し出された。目的の場所だ。ベアトリシアさんが困惑した表情でルイレン様を見る。



「さっさと行け。通れて2人までだ。」


「……分かった。」



ベアトリシアさんが花畑へと完全に進んだことを確認すると、ブツンと映像が切れるように花畑が見えなくなり、石の転移門は崩れ落ちた。



「……また聞いたことない魔法を……。」


「ルイレン様、モンスターは……?」


「ショタコン1人で何とかしろ。ニアの魔法は危ないからな。」


「む、無茶ぶり……。」


「はっ、そんなことは無い。見てみろ。」



ルイレン様に指さされた方を見てみると、昨日のビルドベアが2体、こちらへ向かってきていた。ササッと切り伏せ、次に備えるが、いつまで経っても何も来ない。



「ルイレン様、あと何体?」


「終わりだ。行くぞ。」


「えっ……えぇっ!?」


「ベアトリシアとアリシアを2人にしたかっただけだ。嘘は言っていないぞ。」



た、確かにモンスターは来ていたし、転移門を使っていたルイレン様は負担が大きそうだった。多分ルイレン様の言う通りだろう。

この子なりの気遣い……だと思う、多分。

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