第13話 ショタコンとベアトリシア邸

その日の晩ご飯はいつも以上に豪華で、ルイレン様がちょっとだけ見栄を張ったのが分かった。

ふふ、ルイレン様、クールで何も気にしてませんみたいな顔して……めちゃ可愛い……。



「あら、美味しい!美味しいわ!」


「むぐ……ホントじゃのう!黒いの、お主料理上手いんじゃな。料理一本でもやって行けるんじゃないのかの?」


「ただ食材に関する知識があるだけだ。全く、貴様らは普段何を食べているんだ?」



あー……これ、出会ったばかりの頃に俺も言われたなぁ。そう昔でもないけど、ちょっと懐かしい。

あの時と比べて、ルイレン様は大分表情を見せてくれるようになった。ニアみたいな同じ年頃の子と出会って、さらに感情豊かになったように思える。



「基本、儂が何か買ってきておったぞ。」


「ベアトリシアったら、いつも「料理はあまり得意じゃないのじゃぁ〜」とか言っていて、私にご飯を作ってくれたことは無いのよ?」


「え、今のベアトリシアさんのモノマネですか?すっごく似てますね!」


「えっへん!これ、私の特技なのよ。」


「そんなに似とるかの……?」


「似てますよ!」



こんな感じで賑やかに夜は更けていった。それぞれ部屋に案内され、お風呂をいただいて、さぁ寝るぞという時。急激に喉が渇いてきたので、お水を貰おうとリビングへ向かった。廊下は明かりがなく、真っ暗でちょっと怖い。



「な、何も出ないよね……。」



ぼんやりとした月明かりを頼りに、ビクビクしながら廊下を真っ直ぐ歩く。それでもなんだか怖くて、曲がり角までは壁伝いに目をつぶって早歩きをすることにした。手探りに角を確認し曲がろうとした瞬間、何かにドンッとぶつかった。情けないことに、俺は悲鳴をあげながら尻もちをついてしまった。



「おぉ、銀髪の。なんじゃ、大丈夫かの?」


「ひっ……え、あ、ベアトリシア……さん?」



手に光る魔法石っぽいものを持っているのか、ランタンくらいには廊下が明るく照らされている。

もし俺が目を開けていたら、ぶつかるのは避けられたかもしれないな……。

でも問題はそこじゃない。その魔法石に照らされ、浮かび上がった顔だ。明らかにベアトリシアさんの声なのに、知らない人がいる。誰だこのイケメンは。



「え、誰……?」


「……もう儂の名前を忘れたのか?フフン、お主も儂のこと言えんではないか。」


「ベアトリシアさん……の声がする……。」


「覚えとるではないか。」


「え?」



この目の前のイケメンがベアトリシアさん……?

長かった髪がバッサリショートヘアになって、キラッキラしてた目は少し切れ長のキリッとした感じになっている。立ち上がってみると確かに、結構低身長であり、昼間のベアトリシアさんと同じくらいの身長差だ。



「良い子はもう寝る時間じゃぞ、こんなところで何をしとるんじゃ?」


「あ、の、喉が渇いて……。」


「そうか、何か飲み物を用意してやろう。着いてくると良いぞい。」



ぶっちゃけもう喉の渇きとかはどうでも良くなっていた。頭の中が大混乱だ。

どこからどう見てもただの女の子だったベアトリシアさんが……ショタに……マジモンのショタになってる……。年齢考えると、これは合法ショタ……。



「おい、銀髪の。」


「あっはい、可愛いですね?」


「……え……かわ……?」


「……あっ。……今のはミス!ごめんなさい!」



ついポロッと出た本音に、ベアトリシアさんがビックリしてこちらを振り向く。まさかもう一度スペースベアトリシアさんが見られるとは。あぁ、この顔は紛れもなくベアトリシアさんだ。



「やっぱり、お主が一番変わっとるわい……。」


「いや別に昼の姿が可愛くないとかではなく、今のショタショタした方の姿も好きというかなんというか……。」


「喋れば喋るほどボロが出るなぁ、お主。」



ベアトリシアさんがフフン、と笑った。魔法石の明かりに照らされたその顔がどうしようもなく印象的で、とてつもなく魅力的だった。

くるりと踵を返して、またリビングへと歩を進めるベアトリシアさんに半ば置いていかれながら、何とかリビングの椅子に腰を落ち着けることが出来た。ベアトリシアさんは自分の分と合わせて2つ水を持って来て、向かい合わせになって座った。



「さっきアリシアと話をしとったじゃろ。何を話したんじゃ?」


「俺じゃなくて、ニアが話してたんだよ。ベアトリシアさんのことは好きかって。アリシアちゃん、好きって言ってたよ。」


「……そうか。」



ベアトリシアさんは、顔が赤くなるのを隠すように水を一口飲んだ。昼間の姿も可愛いとは思うけど、ぶっちゃけ俺はこっちの方が好きだ。

そう、多分だけど幻術を解いてメイクを落とした姿の方が……って、あれ?



「ベアトリシアさんって魔法使えないんだよね?」


「あぁ、そうじゃな。」


「幻術って魔法じゃないの?」


「使えないとか苦手じゃとは言ったが、全く魔法が使えない訳ではないぞ、実戦では何の役にも立たないというだけであって。何に使うんじゃ、こんなの。」


「確かに……。」



髪が長く見える幻術……何に使うんだろう。というか誰が考案したんだろう、これ。

少し考えてもみたが、頬杖をついて少し目を伏せるベアトリシアさんがとても綺麗に見えて、そんなことはすぐにどうでも良くなった。



「銀髪の。……アリシアは、ダークエルフに関して何か言っておったか……?」


「……何も、言ってなかったよ。」



本当は言っていたかもしれないけれど、きっとダークエルフのことじゃない……そう思いたかった。しかしベアトリシアさんの視線は、そんな俺の考えをも見透かすようにして心に突き刺さった。



「……でも、アリシアちゃんの昔の話を少し聞いたんだ。」


「なっ……出会う前のことなど……儂には……。」


「アリシアちゃんは昔は目が見えていて、ご両親が凄く優しかったんだって。でも、ある日に武器を持った耳の長い人たちが村を襲って来たって。」


「耳の……。」



確かめるように、ベアトリシアさんは自分の耳に触れた。その表情はみるみるうちに曇っていき、やがて耳から手を離すと、その両手で顔を覆った。泣いているのかと思って手を伸ばそうとしたが、今のベアトリシアさんは触っただけで壊れてしまいそうで、行き場のない俺の手は空を切った。



「……予想はしておった……。あの廃村は、儂の同胞が最後に滅ぼした村じゃ……。そして、アリシアを拾ったのはあの村の近く。何故かどうしても目が離せなくてのう……。」


「ベアトリシアさん……。」


「儂は、あの村に攻め入るのを止められる立場におった……。そして、あの村を滅ぼしたのを最後に、ダークエルフの街は滅んだ……。」



あの時、同胞を止められていたら……。魔導師ソニアがもう少し早くにダークエルフの街を滅ぼしていれば……。

そういった強い後悔が、顔の見えないベアトリシアさんからは感じ取れた。昼間にしゃんと立っていたベアトリシアさんに比べて、今は少し頼りなく見えた。



「……ならば、やはり薬を渡すのはやめておこうかの。両親を殺し、村を滅ぼしたダークエルフなんぞ見たくはなかろうよ。」


「でも、アリシアちゃんはベアトリシアさんのことが好きだって……。」


「それは!!……儂のことを人間じゃと思っとるからじゃ……。」


「そんなこと……。」


「ああ、そうじゃ、昔は目が見えていたのじゃろ?でも儂がアリシアを拾った時にはもう目は見えておらんかった。……アリシアの目が見えないのもきっと……。」


「それは……。」


「あの時アリシアを拾ったのは、もしかしたら儂に対する罰じゃったのかもしれんな……。生き残ってしもうたダークエルフとして受けるべき罰……。」



ベアトリシアさんは椅子の上で膝を抱え、俯きながら、まるで呪文のように呟いた。口に出せば出すほど、自身が呪われていくように目の輝きが失われていく。



「……しかしな、銀髪の……。儂はそれでも、アリシアに綺麗な景色を見せてやりたいんじゃ……。お主の話が本当なら、アリシアが最後に見たのは酷い有様の村じゃろう……。それを最期に見た光景にはしたくないのじゃ。」



やっと顔を上げたベアトリシアさんの瞳から、言いようもない淀み、そして不安な暗闇を感じた。昼間に見たキラキラとした美しい瞳は見る影もなく、呪いの人形みたいな不気味さで、その2つはこちらを覗き込んでいた。



「ベア……。」


「……むにゃ……ベアトリシア?……カナちゃんと何をお話しているの……?」



俺が何かを口に出そうとした瞬間、それを遮るように眠たそうな可愛らしい声が耳に飛び込んできた。ドアの方を向くと、そこには眠たそうな素振りをした寝巻き姿のアリシアちゃんが佇んでいた。



「アリシア……。何でもないぞい。」


「そう、なら良かったわ。ねえ、喉が渇いちゃったの。お水をくださる?」


「分かった、少し待っておれ。」



アリシアちゃんは、コップに水を注ぎに行ったベアトリシアさんの背中を見つめるようにして佇んでいた。その背中は何だか寂しげで、儚く感じた。髪に咲いた花の花弁がはらりと舞い落ちる。



「ありがとう、ベアトリシア。コップは私が片付けておくわ。」


「いや、儂が出したんじゃから儂が片付け……。」


「いいから寝なさいな。ふふ、カナちゃんもよ。おやすみなさい、2人とも。」


「アリシアこそ寝るべきじゃ、お主は病が……。」


「寝なさいってば。」



半ば強引に俺たちをリビングの外へと追いやったアリシアちゃんは、怒った顔や自慢気な顔をするでもなく、肖像画のようにただ微笑んでいた。

何となく、本当に何となくだが、アリシアちゃんは本当は全て分かっているのではないか、とも思える。



「ベアトリシアさん、アリシアちゃんもああ言ってることだし、寝ようか。」


「……そうじゃな。部屋まで着いていってやろうか?」


「もう大丈夫だよ、多分。」



もう暗い廊下くらいで怖がるような精神状態ではなくなっていた俺は、1人で部屋へと戻り、ベッドで丸くなった。

アリシアちゃんはダークエルフによって、故郷、家族、そして視力を失った可能性が高い。ベアトリシアさんは、それをどこか分かっていて見ないふりをしていたのだろうか……。

……良くないな、目を閉じている時は余計に考え込んでしまって。今は眠ろう、明日の俺が考えるから。



「……ん、……ぅん?」



早朝、明るい日差しに照らされて目が覚めた。しかし何だろう、明らかに俺以外の何かがベッドの中にいる。またニアだろうか。溜息をつきながらも布団を捲ってみると、そこには可愛すぎる天使がいた。



「ルイレン様?」


「……?」


「朝だよ、起きて。」


「……なんだ……。」



動いてはいるけれども目を開けられていないルイレン様が可愛くて、ついついまた頭を撫でてしまう。

でも、何故俺のベッドの中にルイレン様がいるんだろう。寂しかったのかな?



「目、覚めた?」


「……何故いる?」


「あれ、朝からご機嫌ななめ?」


「そうではない、単純な疑問だ。僕は昨日この部屋に通されてから、部屋を出てはいないぞ。」



寝起きで若干目つきの悪いルイレン様にそう言われて部屋を見渡すと、確かに俺が昨日通された部屋とは違ったレイアウトな気がしてきた。

あー……これはつまり……。



「俺もしかして昨日水飲んだ後、部屋間違えちゃった感じかな?」


「それ以外があるのか?」


「ごめん、ルイレン様。俺、自分の部屋戻るね。」



俺がベッドから出ようとすると、小さくて可愛いお手手がそれを阻止した。見ると、ルイレン様寝ぼけ眼を擦りながら俺の服の裾を掴んでいる。俺の心がズッキューンと音を立てて跳ねた。

尊すぎて、く、苦しくなってしまう……。



「……んぐぅぅっ……る、ルイレン様……どうし、どうしたのぉ?」


「……寒い。」


「俺があっためてあげるよぉぉぉ!!」


「うるさい……。」



ルイレン様はそれだけ呟くとまた眠ってしまった。腕の中に子供の体温を感じながら、再度ベッドで微睡む。

適度な眠気の中、ルイレン様の寝息を聞きながら目を閉じる……。幸せってこういうことなんだなぁ……。



「おはようございます!ルイレンくん!!」



途端、扉を勢いよく開ける爆音がして目が覚めた。

まずい。今、明らかにニアの声が部屋の中で響いた。またニアが変なことを言い出す……。

それでも腕の中の幸せを手放すのが惜しくて、ただ待ってしまう。



「ねぇ、朝だよ!ご飯食べたいから起きて〜!ご〜は〜ん〜!!」



ニア、ルイレン様と2人きりの時はこういう感じなんだ……。子供っぽさマシマシでいいと思う。

声が段々近づいてきて、唐突に布団をひっぺがされる。温かい布団の中から急な外気に触れ、体を強ばらせてしまう。



「ルイレンく……お兄さん!?」


「おはよー、ニア……。」


「おはっ……き、聞いてました……?」


「うん。」


「わ……忘れてください……。」



布団から出てすぐに、珍しく顔を赤くしてそっぽを向くニアを拝めるなんて今日は運がいい。

ルイレン様はただ目を開けただけで、俺の腕の中で何も言わずにじっとしていた。まだ眠いのだろうか。



「ルイレン様、そろそろ起きようか。」


「……あぁ。」



それだけ言って俺から離れてベッドから降り、ニアと共に部屋を後にした。

アリシアちゃんが命を終えるまであと一日。俺には何が出来るのだろうか……。

そんなことをぼうっと考えていると、ルイレン様だけが戻ってきて、ドアから覗いてこう言った。



「ショタコン、今朝方の僕の行動だが……。」


「俺の服の裾掴んでたやつ?」


「……忘れてくれ!」



それだけ吐き捨てるように言って、ルイレン様は部屋を離れた。照れているルイレン様は比較的珍しいのと、格別に可愛いので、それが見れた今日はきっといい日になるだろう。

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