第12話 ショタコンとベアトリシアの悩み事

薬が完成した後、俺たちは一度ロザニアに戻っていた。ルイレン様は「確認したいことがある」と一言残して、ニアを連れてこの街にある小さな図書館へと向かった。つまり今はベアトリシアさんと2人だけだ。



「おい銀髪の。」


「ん?」


「儂は腹が減った。あっちに屋台があるのじゃ、見に行かぬか?」


「いいね、行こうか。」


「フフン、素直じゃのう。」



まぁ暇だし、とベアトリシアさんについて行くと、いくつか屋台の出ている通りに出た。何を食べようかと屋台を端から吟味しているベアトリシアさんを眺めながら、自分の腹と相談して食べるものを考える。

肉系?それとも魚系?……いや、スイーツ系か……?ベアトリシアさんは何にするんだろう、同じものでいいか。



「決めたぞ、儂はあれが食べたい!」


「おぉう……。」



ベアトリシアさんが指をさしたのは、可愛いピンクや薄紫といった、所謂ゆめかわカラーという色をふんだんに使った屋台で、売っているものもやけに可愛らしいクレープだった。

これはちょっと、大人の男が食べるにはキツいかな、見た目的に……。



「うーん……。」


「おーい、銀髪の!」


「……っえ、あ、はい!?」


「驚きすぎじゃろ。ほれ。」



ベアトリシアさんが差し出してきたのは、ピンクと黄色のマーブルになった生地に、沢山のハート型に切られたイチゴ、その他カラフルなフルーツ類、白いクリームにカラースプレーと何らかの動物っぽい形のピンクのクッキー……。とにかく俺が持ってちゃダメなくらいゆめかわなクレープだった。



「えっ、あの……。」


「フフン、儂は優しいからの、お主の分も買ってきてやったのじゃ!サイコーに可愛いじゃろ?」


「え、これ俺も食べるの?」


「……あ、甘いもの、嫌い……じゃったか……?」



ベアトリシアさんが上目遣いをキラキラさせてこっちを見てくる。

やめて……そんな顔でもの言われたら何も断れない……。



「いや、好きだよ。あまりに可愛いから、俺が食べていいものなのか不安になっただけ。」


「うむ、そうか!ならしばし待て……。」



ベアトリシアさんはそう言うと俺から少し距離をとった。クレープごしにこちらを見ながら、何やら真面目な顔して考え込んでいる。少しして、合点がいったように走ってこちらへ戻ってきた。



「ちょっと考えてみたが、別に似合わないことないと思うぞい。観察してみて、ピンクいのがお主のことが大好きなのも少し分かるというか……。」


「……ニアはちょっと変わってるからね。」


「儂もちと変わっとるかもしれんな。確かに見れば見るほどクセになるというか……。ピンクいのは確かお主の旦那志望じゃったか?」


「あぁ、なんかそんなこと言ってるよね。」


「ならお嫁はまだ募集しとるかの。儂とかお嫁にどうじゃろうか。クレープor儂でどうじゃ?」


「遠慮させてください。クレープいただきます。」



つい敬語になってクレープを受け取る。いけずじゃのう、とか言いながらベアトリシアさんは冗談っぽく笑った。貰ったクレープは、甘いのにくどくなく、意外にも優しい味で、最後まで飽きずに食べることが出来た。



「ふぅ、美味かったのう!」


「うん、確かに美味しかった……。」


「さてと、実はお主にひとつ聞きたいことがあったのじゃが……良いか?」


「結婚云々とかの話じゃなければどうぞ。」



予防線は大事だよな。ニアみたいなのがさらに増える前に。ニアは1人いるだけでも大変なのに、ベアトリシアさんまでああなったらどうしようもない。しかも、ベアトリシアさんは見た目女の人だから、勝手に心臓がドキドキしてしまうのも良くない。



「いやいや、さっきのは冗談じゃから。そうではなく、あの黒いのの話なんじゃが。」


「ルイレン様のこと?」


「そうそう、そいつじゃ。」


「あの……俺のことを「銀髪の」とかニアを「ピンクいの」とか、ルイレン様を「黒いの」って呼ぶの、なんでなのか先に聞いてもいい?」


「儂は人の名前覚えるの苦手なんじゃよ。ちゃんと覚えるまでの辛抱じゃから、我慢しとくれ。」



ベアトリシアさんは照れくさそうにして、眉を八の字にしながら頭を掻いた。

なるほど、人の名前が覚えられないから……そういうことだったのか。出会った時からの謎がやっと解けた。



「そうだったんだ、分かったよ、ありがとう。話を遮ってごめんね。ルイレン様がどうしたの?」


「あの黒いの……あー、えー……ルイ……ごにょ、が使っておった……。」


「ベアトリシアさん、無理しなくていいよ。しっかり覚えられるまで「黒いの」とかでも。」


「ふむ……悪いのう、物覚えの悪いおじいちゃんで……。」



ベアトリシアさんはなんだかバツの悪そうな顔で笑っていた。普通に疑問だっただけで、そんな顔をさせたくて理由を聞いたわけじゃなかったのに。少し申し訳なく感じてしまう。



「ううん、大丈夫。そんな風に考えさせてごめんね。向き不向きは誰にでもあるから。」


「それもそうじゃな。……で、あの黒いのが使っておった防護結界の話なんじゃが、あの黒いのはいつも結界魔法を使っておるのか?」


「うん。ルイレン様はいつも結界張ってくれたりしてるよ。寝る時とか、モンスターと対峙して戦うことになった時とか。」


「結界魔法を……寝る時に……?」



ベアトリシアさんは……何だっけこういう顔。前世で見た気がする、確か……背景が宇宙で、猫が……そうそう。つまり今はスペースベアトリシアさんということだ。



「そういえばニアも「聞いた事ない」って言ってたっけ。ベアトリシアさん、結界魔法って何?」


「あ、あぁ……結界魔法というのは、天界に属するものの一部が使える魔法での……。やはりあの黒いの、人間ではないか……。」


「え、ルイレン様って人間じゃなかったの?」


「なーんか寿命が長いなーと思ったんじゃ。いやしかし、なんじゃ、お主あまり驚いておらんな。」


「うん、まぁ、ルイレン様ってあの可愛さで人間っていうのは無理あるか……とは思ってたし。」


「黒いのとピンクいのに負けず劣らず、銀髪のも変なやつじゃよなぁ……。」



ルイレン様だったら、実は天使ですとか実は神様ですとか言われても、俺多分信じるしなぁ。あの可愛さなら、正体が天界の種族でも普通にありえるからね。



「……このことを知って、お主はあの黒いのへの対応を変えることはあるか?」


「なんで?無いよ。」


「そうか。その……怖くはないのか?」


「え、全く?」


「あの黒いのは人間ではないのじゃぞ?」


「可愛い存在が人間かそうじゃないかはあんまり関係ないから。というかそもそも、ベアトリシアさんも人間じゃなくてダークエルフでしょ?」



うぐ、確かに……とベアトリシアさんは言葉を詰まらせた。ダークエルフであるベアトリシアさんに対して、最初は画面さんの説明で警戒をしたものの、その後人間性を理解して、すぐに怖くはなくなった。つまり、種族よりも、その人がどういう性格なのかが大事ってこと。



「ベアトリシアさん。」


「な、なんじゃ?」


「もし何か悩みがあるなら聞くよ。俺には話したくないなら、ニアとかルイレン様にでも相談してくれたら嬉しいな。」



ベアトリシアさんは少し考えたあと、今までに見せてこなかった弱気な顔をして俺の袖を摘んだ。またしても、不覚にもドキッとしてしまう。やはり見た目はただの美少女なのだ。



「じゃあ……そ、その、うちの子のことなんじゃが……アリシアという人間の女の子なんじゃ。」


「うん。」


「でも目が見えないじゃろ?儂のことを人間だと思っとるんじゃよ。でも儂はダークエルフ、戦闘向きの種族代表みたいなやつじゃ……。」


「確かにダークエルフのイメージはそうかもね。」


「もし最期に見たのが儂みたいなダークエルフで、怖くて泣かせてしもうたら……と思うと、折角お主らに協力してもらったのに、もうすでに手が震えてしもうて……。」



良かれと思って作った薬を渡して、その目でベアトリシアさんの姿を捉えた瞬間に、恐怖と絶望の混じった絶叫をあげて、残り少ない体力を振り絞って逃げ惑う、自分が保護した女の子の姿……。

確かに、他人である俺でも想像しただけでも心が折れそうだ。ベアトリシアさんが想像すればどのような心持ちになるのかは簡単に分かった。



「そうだったんだね。話してくれてありがとう。」


「……もしお主が良ければじゃが、今日はうちに泊まっていかんか?それで、アリシアにうまくダークエルフの印象とかを聞き出して欲しいんじゃ。」


「うん、俺は構わないよ。後でルイレン様とニアにも聞いてみるね。」


「……恩に着るぞ、銀髪の。」



後に合流したルイレン様とニアに事情を話すと、二つ返事で了承してくれた。

うんうん、2人とも凄くいい子だ。優しいし可愛い。実は最高のショタと男の娘……だと思っているのは内緒だ。



「ここがベアトリシアさんの家……?」


「そうじゃ。3部屋くらいなら借してやろう。好きに使えばよいぞ。」



ロザニアの街の外れにある10部屋はありそうな大きな家。ベアトリシアさんはアリシアちゃんと2人でここに住んでいるのだそうだ。

いや、たった2人しか住んでいないにしてはデカい家だな……。



「帰ったぞ。」


「おかえりなさい、ベアトリシア。」



玄関で待っていたのは、青いワンピースを着た、美しい金髪の少女が立っていた。ベアトリシアさんの言っていた通り、髪には所々赤い花が咲いている。歳は、ルイレン様やニアと同じくらいだと思われる見た目だった。



「アリシア、ちゃんと寝ていなさいと言ったじゃろ……。」


「嫌だわ。だって暇すぎるんですもの。」


「でも病の身なんじゃから……。」


「でもじゃないわ、言われた通りずっと家の中にはいたのよ?更にベッドから動けないなんて!」


「はぁ……分かった。アリシア、お客さんじゃ。」



ベアトリシアさんが諦めたようにため息をついた。どうやらアリシアちゃんは病の身であること、そしてか弱そうな見た目とは裏腹に、お転婆な少女だった。



「あらまぁ!ベアトリシアがお友達を連れてくるなんて、明日は雨かしら。」


「喧嘩売っとるんか?」


「ふふ、冗談よ。なんたってベアトリシアのお友達だものね、いっぱいおもてなししなくっちゃ!」



アリシアちゃんは子供らしくはしゃいで廊下を走っていった。目は見えていないらしいので、きっと慣れというものだろうか。扉にぶつかることなく開いて、リビングらしき部屋へと入っていく。



「全く、落ち着きがないのう。」


「いいんじゃないかな、子供らしくて。」



ベアトリシアさん先導でリビングにお邪魔すると、必要最低限の物しか置いていない殺風景な部屋があった。恐らく、目の見えないアリシアちゃんがぶつかったりすると危ないからだと思われる。



「ベアトリシア、今日のご飯は何かしら?」


「……あ、忘れておったわ。」


「えっ、もしかして今日、私のご飯は無いの?」


「すまんのう、アリシア……。」


「全く、ベアトリシアったらおじいちゃんみたいなこと言うんだから!」



今日は色々あって晩ご飯の調達を忘れてしまったらしいベアトリシアさんを見て、ルイレン様が腕を組みながら提案をする。



「僕が作ってやろうか。材料ならまだあるはずだからな。」


「ルイレンくんがご飯作ってくれるの?やったー!アリシアさん、ルイレンくんが作るご飯はそこらの料理人が作る料理では適わないくらい美味しいんですよ!」


「あら、そうなの?どなたか存じ上げないけど、楽しみだわ!」


「ぼくはニーアホップです。ニアって呼んでください。で、これからご飯を作ってくれるのがルイレンくん。」


「ルイレンだ。あまり期待しすぎるなよ。」



小さい子達が仲良さそうで何より。微笑ましすぎて、ついつい口元が緩んで変質者みたいな顔になってしまう。ルイレン様に材料を渡すと、ベアトリシアさんと共にキッチンの方へと歩いていった。俺も晩ご飯が楽しみだ。



「初めましてアリシアちゃん、俺の名前は金田勝己。好きに呼んでいいよ。」


「かなだ……そうね、カナちゃんでいいかしら。」


「うん、大丈夫だよ。」


「カナちゃん……随分と可愛らしいあだ名ですね。」



まぁ、俺には可愛すぎる気もしなくないけど、アリシアちゃんに呼ばれるなら良いだろう。というかよく考えたら、ここは可愛い男の娘と女の子がいるふわふわ空間だ。俺はもしかして邪魔なのでは?かと言って料理は手伝いに行けない。この間「貴様はもうキッチンに近づくな」とルイレン様に言われたばかりだ。



「アリシアさん、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


「何かしら?なにぶんベアトリシア以外の方とお話するのは久しぶりだから、上手く答えられるか分からないけれど。」


「あの、ベアトリシアさんのこと、好きだったりします?」



に、ニア……。時折ニアが男だということを忘れそうになっていたが……そうだった。コイツは俗っぽいことが大好きなんだったな……。



「ふふ、ベアトリシアのことは好きよ。私のことを拾って、ここまで育ててくれたんだもの。」


「どこで出会ったのかとか、聞いてもいいですか?」


「うーん、よく分からないのだけど……確か、寒くて痛くて動けないでいた時に、抱き上げてくれたのがベアトリシアだったわね。」


「えっと、アリシアさんのご両親は……。」


「優しい人たちだったわよ。実は私、昔は目が見えていたの。私はお母さんに似ていたわね。でもある日、耳の長い人たちが武器を持って襲ってきて、私の両親は……。」


「ごめんなさい、聞かない方が良かったですね。」


「ううん、いいの。誰かと話すのは久しぶりだし、とっても昔のことだから。」



アリシアちゃんは悲しむ素振りをせず、ふわりと笑って見せた。

耳の長い人たち……それはエルフだろうか、それとも俺の知らない種族だろうか。それとも……。俺はふわふわ空間を前に冷や汗をかいた。

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