第11話 ショタコンととあるエルフの話

トンネルが振動し、ドドドドド……という足音のようなものがこちらへ近づいてくる。何となくヤバいということを感知して身構えてしまう。ルイレン様は探知魔法でどこまで足音の発生源が近づいてきているのか分かっているらしく、タイミングを見計らって魔法を発動した。



「防護結界展開!」


「んなっ……結界じゃと……?」



俺たちを囲うようにステンドグラスのような結界が展開される。間もなく姿を現したのは、何十頭いようかというビルドベアだった。

このトンネルが揺れるような足音の正体はビルドベアだったのか……。前に1匹仕留めたことはあるけど、この量、どう対処すればいいのか……。



「ルイレンくん、結界のこっち側で魔法使ったらアイツらに攻撃当たる!?」


「そんな都合よくいく訳ないだろう、それに、こんな所でニアが魔法を使ったら……崩れるぞ。」


「そっか……。」



ビルドベアがガンガンと音を立てて、何度も防護結界にぶつかっていく。だが、万全な状態であるルイレン様はこの程度ではビクともしない。片手だけ防護結界に手を向け、こちらを見ながら目を合わせて話せるくらいだ。



「ルイレン様、そのまま魔法とかって……。」


「悪いが、結界と魔法は同時には使えないぞ。」


「おい、黒いの。結界の一部を開けることはできるか?」


「……それくらいなら。だが、永くはもたんぞ。」


「承知じゃ。儂がすぐに終わらせてやろう。」



そう呟いたベアトリシアさんは、どこにそんなものを隠すスペースがあったのか、身体のどこかからガトリングガンを取り出した。

……って、いやいやいや、それもぶっぱなしたら危なくないかな……?



「ベアトリシア……それ、大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃ、儂の魔力を弾にして撃つだけじゃから、儂の意思で壁面に当たる前に消すことが可能じゃ。」


「わ、分かった……頼むぞ、ベアトリシア。」


「フフン、任せい!」



ベアトリシアさんがガトリングガンを結界ギリギリまで持っていき、ルイレン様が銃口の大きさギリギリくらいまで結界に穴を開ける。そこから少しだけガトリングガンの顔を出させると、銃口から一斉にバレット系の魔法……というよりは魔力そのもの、という風に感じる弾が撃ち出されていった。



「おお、凄いな。」


「こ、これはどういう魔法なのでしょう……。魔法陣とかもありませんし、魔法石や魔導書もありませんし……。ダークエルフの間ではこれが普通なんでしょうか?」


「ビルドベア、あっという間にいなくなっちゃったね……。」



気がつくとビルドベアの大群はただの屍の山と化しており、ベアトリシアさんは長い髪をサラッと払ってドヤ顔を見せていた。いつの間にやらガトリングガンはどこかへ消えている。



「フフン、儂にかかればこんなもんじゃ!」


「ベアトリシア、ダークエルフなのに魔法は使わないのか?」


「あぁ、儂は魔法使えないんじゃよ。」


「使えない?」


「詳しくは歩きながら話そう。帰りが遅くなるとあの子が心配するでのう。」



ベアトリシアさんが髪をたなびかせて歩き出す。それに続いてルイレン様、ニア、俺の順で歩を踏み出し着いて行く。少し行くと、ベアトリシアさんは上機嫌そうに頭を横へ揺らしながら話し出した。



「儂はどういう訳か、元から魔法が苦手でのう。周りのダークエルフは魔法が得意なやつしかおらんかったが、何故か儂は相容れなかったんじゃ。」


「では先程の武器はなんだ?」


「魔法が使えない儂が編み出した攻撃手法じゃよ。ダークエルフ族は魔力が高い。じゃからそれをそのまま弾にして飛ばす、というやり方じゃ。」


「どういった仕組みだ?」


「儂の魔力を特別な魔道具に通し、属性を持たぬ弾として撃ち出す。コイツなら撃ちすぎても魔力消費は大したことは無いし、儂にピッタリというわけじゃよ。」


「そうか。」



それだけ言うとルイレン様は考えるように顎に手をやって黙った。それが気に食わなかったのか、ベアトリシアさんが少し怒ったような口調でルイレン様に話しかける。



「おい黒いの。質問に答えてやったのに、何故それだけしか反応が無いのじゃ?」


「……質問を重ねて悪いが、魔法が使えないなら剣士になる方法だってあったのではないか?」


「ほう、剣士とな。儂はそういうむさ苦しいのはちょっと嫌じゃ。歳を重ねた今でも、スレンダーでプリチーでいたいんじゃよ。」


「そうか……あー……いいんじゃないのか、ベアトリシアらしくて。」


「フフン、今度は3文字の返しではなかったな。成長じゃ。」



振り返ってベアトリシアさんがニヤッと笑う。その笑顔は普通に女の人に見えて、自分に向けられた笑みでも無いのについドキッとしてしまった。

くそう、女性に耐性が無いせいでこんなところで心ときめいてしまう自分の人としての浅さには絶望する。



「お、出口じゃな!これで原っぱに出られるのう。」


「わぁ……綺麗なお花がいっぱいですね!ぼく、お兄さんに指輪作りますね、結婚しましょう!」


「いや、ちょっと遠慮しとこうかな……。」


「ショタコンの言う通りだぞ、ニア。ここに何をしに来たのか忘れたのか?」



眉を吊り上げ、腰に両手を当ててニアにお説教をするルイレン様……可愛いなぁ、もっと見ていたい。でも撫でたい、我慢ができない。

すぐに振り払われることを分かっていながら、ついつい腕を伸ばしてルイレン様の頭にのせてしまう。そのまま髪を撫で付けるように手を動かす。

そうしているとそのうちルイレン様が……あれ?



「……どうした?」


「今日は振り払わないの?」


「いや、ふふ……ニアを見てみろ。」



言われた通りにニアの方を見てみると、そこにはいつか見たような、鬼の形相をした男の娘がそこにはいた。

なになに!?俺のこと好きらしいから、つまりはルイレン様に嫉妬してるのかな……?

まぁ、ルイレン様とはベクトルが大いに違うけどニアも可愛いし、撫でるのは嫌じゃないから、空いている方の手で手招きをしてみる。



「ぐぎぎ……あっ、な、なんでしょう……。」


「ニアのお陰でここに来れたよ、頑張ったね。」


「あわ……はわわ、はわわわ……。」



ニアの頭を撫でると、心底嬉しそうな顔をして魔導書を抱きしめ、頬を赤らめていた。ここまで喜ばれるとなでなで冥利に尽きる。

この可愛らしさで、あとは俺に「結婚してください」とか言い出さなければただただ可愛い子なんだけどな……。



「ルイレンくん。」


「何だ。」


「お兄さんをぼくにください!」


「やらん。」


「そんな……っ、なんで!?」



あー、やっぱり言い出しちゃったか……。

でも意外だな、ルイレン様だったら「好きにすれば良いだろう」とか言い出しそうだと思っていたのに。そんなことを考えながらも撫でる手は止めない。



「逆に何故ニアにショタコンを譲らなければならんのだ?そもそもショタコンは僕の所有物では無いだろう。」


「うぐっ、それはぁ……。」


「僕に許可を取り付ける必要は無い。ただ、例えニアにショタコンを譲ったとしても、僕はショタコンの所有物だからな、必ず着いてくるぞ。」


「な、なんでカップルに割り込むような真似を……。」


「貴様らを2人だけにはせん。不安で仕方がないからな。」



……俺は何も聞いていない。ただただ今は手のひらのふわふわ髪の毛に集中していればいい。そう、今撫でているのは可愛いショタと可愛い男の娘。だから何も気にする必要はない。

あー、可愛い男の子のなでなで楽しいなー。



「お主らは見ていて面白いのう。じゃがそろそろ仕事に戻って貰うぞい。休憩は終わりじゃ。」


「あ、ごめんねベアトリシアさん。」


「むうぅ……ルイレンくんのケチ。」


「貴様のような子供に大人を預けるわけが無かろう。少しは頭を使え、ニア。」



さっきの俺たちのわちゃわちゃの間に、ベアトリシアさんが魔法陣の準備をしてくれていたらしい。よく見ると花畑の向こうの草原地帯に大きな魔法陣が描かれていて、中央にはメシナの花が精密な図を描くように置かれていた。



「こんなに大きな魔法陣、本当にぼくが起動できるんでしょうか……。」


「もし不安なら、黒いのに起動と最終調整を任せ、ピンクいのは魔力充填に専念しても良いぞい。」


「因みにこれって失敗したら……?」


「まぁ、廃村に行って花集めからもう一度……じゃな。時間は限られているから、出来るだけ確実に成功させたいのじゃが。」


「じゃあルイレンくん、起動もお願い。」


「分かった。」



こうして魔法陣の前に2人の小さな男の子が並んで、魔法陣に向かって手を伸ばした。ルイレン様もニアも慎重な顔つきをしていて、先程とは打って変わって緊張した空気が伝わってくる。



「始めるぞ、ニア。」


「うん、ぼく頑張るね。」



ルイレン様が少し眉をしかめると魔法陣が眩く光り始め、あまりの魔力量に気圧されるように後ずさった。続いてニアが魔法石を光らせながら、魔法陣に魔力を込める。



「よいぞ、よいぞ……うむ、見込んだ通りじゃ。よし、ピンクいの!もう良いぞ、お疲れ様じゃ!黒いの、最終調整を頼むぞい!」


「分かりました!」


「はぁ、全く……。」



ルイレン様がボヤきつつ目を閉じ、眉を寄せながらも細かい調整を始める。こういった魔力の操作も、正太郎から教わったものだろうか。そう考えると少し思うところがないでも無い。正太郎は何故ダークエルフの街を襲ったりしたのだろう。



「……お兄さん?」


「あ、うん、ニア、どうしたの?」


「いえ、何だか暗い表情をしていたので。」


「あはは、心配かけちゃったかな、大丈夫だよ。」


「だったらいいんですけど。」



ルイレン様が頑張って最終調整をしてくれている間、俺たちとしてはやることが無くて待ちぼうけをしていた。魔法陣は輝き、ルイレン様は可愛い。横でベアトリシアさんが監督、そして見守り。特に景色に変わりなく暇な時間が過ぎていく。



「ベアトリシアさんってダークエルフなんですよね。」


「あぁ、そうだね。」



暇を持て余し過ぎたのか、ニアが雑談を持ちかけてきた。こちらとしても無言の時間は辛いので話に乗っかっておく。



「ぼくの好きな本にも、ダークエルフが出てくるんですよ。でも、悪役なんです。各地で暴れ回り、罪の無い命を奪い、略奪の限りを尽くす……そんな種族でした。」


「……そうなんだ。」


「それで、勇者ショウタロウのもとに依頼が舞い込んでくるんです。ダークエルフを滅ぼして欲しいって。」



ニアは、物語が書かれている訳でもないのに魔導書を捲りながら語って聞かせた。俺は正太郎のことを知る覚悟半分、聞きたくない気持ち半分で、ただ相槌を打った。



「でも、勇者ショウタロウはそれを良しとはしなかった。"例え略奪者がダークエルフだったとしても、ダークエルフが全て略奪者な訳ではない。罪の無いダークエルフだっているはずだ。"って。」


「……でも、ベアトリシアさんの故郷は……。」


「えぇ、勇者の仲間は口々に"そうだ、そうだ"と同調していましたが、ただ1人、猛反対する仲間がいました。……ぼくが尊敬している魔導師のソニアでした。」



前にニアから聞いたことがある。魔導師のソニアは確か両親がいないエルフで、正太郎に育てられた恩があると。



「魔導師ソニアは両親を目の前でダークエルフに惨殺され、最終的にはエルフの村が滅んでしまったんです。魔導師ソニアは、数少ないその生き残りでした。」


「魔導師ソニア……ダークエルフを憎んでいたのかな……。」


「きっと憎んでいたと思います。なんたってダークエルフの街をたった1人で滅ぼしたのはソニアさんでしたから。……勇者ショウタロウは止められなかったことを悔やみ、涙を流しました。これでダークエルフの章はおしまいです。」



……そうか。正太郎は止めたんだ。でも止めることが出来なかったんだな。

魔導師ソニアは今も健在だろうか。その時のことを、いったいどのように思っているのだろうか。



「ベアトリシアさんはどのような気持ちだったのでしょう。ぼくの街はルイレンくんやお兄さんのお陰で助かりましたが、ベアトリシアさんは……。」


「ニア、もし気になるならベアトリシアさんに聞いてみなよ。実は俺、さっき聞いたんだ。」


「えっ、ベアトリシアさんは何て……?」



ニアの声をかき消すように、魔法陣が発動する音が聞こえた。莫大な魔力が放たれ、中心に置かれたメシナの花へ収束する。徐々にメシナの花弁が小さくなっていき、やがて溶けて液状になって、ベアトリシアさんの持つ小瓶へ集まっていった。



「やった!成功じゃあ!!」


「……はぁ〜……。」



蓋をした小瓶を持ってはしゃぎ回るベアトリシアさんと、ぐったり疲弊しきった様子のルイレン様。ニアはベアトリシアさんの方へ、俺はルイレン様の方へと駆け寄った。



「ルイレン様、お疲れ様だったね。」


「……はぁ……そうだな、正直疲れた。」


「じゃあ俺の胸に飛び込んでおいでよ!」


「何が「じゃあ」だバカタレ。飛び込むわけが無いだろう。」



ルイレン様はくたびれた様子で座り込んだ。半ズボンの隙間から見える生脚がたまらなく素晴らしい。とっても撫でたい。むしろしゃぶりた……おっと。



「……まぁ、今は気分がいいからな、撫でるくらいは許してやるぞ。」


「ほんと!?やったー!!」



俺はルイレン様に飛びついて頭を撫で回した。途中で手をパシッと叩かれてしまったが、猫ちゃん……と思っただけで特にダメージは無かった。

最高に可愛いね、ルイレン様……。

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