第10話 ショタコンとダークエルフ
ルイレン様の言葉に反応して、明らかに少し硬直したベアトリシアさんだったが、すぐに動揺を隠して笑った。
「さぁ、儂には分からん。あの子はロザニアの近くの道端で拾ったでな……。」
「そうか。」
ルイレン様はさほど気にもしていなさそうに、ニアを連れてメシナの花を探しに行った。この場残されたのは俺とベアトリシアさんだけ。少し気まずい空気が流れる。
俺もメシナの花探しに行こうかな……。
「なぁ、銀髪の。」
「な、何でしょう……。」
「あの黒いの……どこで拾ったんじゃ?」
黒いの……は確かルイレン様だな。俺はルイレン様と出会った、あの運命の日のことをベアトリシアさんに伝えた。それと、あの時会ったじいやさんが勇者の正太郎だったということも。
「ふむ……。」
「ルイレン様がどうかしたんですか?」
「いや、何でもないのじゃ。あの黒いのは何だか変じゃ、というだけのことだからの。」
ベアトリシアさんは足元の草をかき分けて一輪の花を摘んで俺に差し出した。青いガラスで出来ているかのように透明で、日光を反射して輝いていた。
これが探してたメシナの花かな?花と言うよりは鉱物っぽい……。
「それと、じゃ。」
「?」
「儂は、そのじいや……正太郎というやつを知っておる。」
俺がメシナの花を受け取ると、ベアトリシアさんは笑った。それがただの笑顔なのか、裏には何が隠されているのかを察することさえ出来なかった。
「儂の暮らしていたダークエルフの街は、正太郎という名の勇者に滅ぼされたのじゃからな。儂が……儂だけが、生き残ってしもうたが。そうか、彼はまだ健在なんじゃのう。」
どう返せばいいのだろう。ベアトリシアさんに寄り添いたい。でも、正太郎のしてきたことを間違いだと疑いたくない。ただ、事実としてベアトリシアさんは一人になってしまった。そもそも、正太郎はどうしてダークエルフの街を滅ぼしたりしたのだろうか。
「……一瞬じゃったよ。」
「ベアトリシアさん……。」
「近くの湖まで魚を取りに行った時じゃった。街から悲鳴が聞こえたのじゃ。沢山のダークエルフの、泣き叫び、命を乞う声……。儂が駆けつけた時にはもう、誰の姿も無く、家の痕跡すら残っておらんかった。その時、儂は思うたんじゃ……。」
恨みだろうか、辛みだろうか、それとも正太郎に対する憎しみだろうか。街が滅ぼされるなんてトラウマ級の出来事だったに違いないのだ。正太郎の親友として、ベアトリシアさんに対する申し訳ない気持ちが膨れ上がっていく。
「やったー!これで自由じゃ!!……とな。」
「え?」
「儂、地味に高い身分だったんで、わざわざダークエルフの会議に参加するの面倒だったんじゃよ。ダークエルフは好戦的なのが多い種族じゃから、『〇〇のモンスターと戦う』とか『〇〇の街に戦を仕掛ける』じゃとか『ベアトリシアもそう思うだろ?』とか。」
「えぇ……。」
「しかも街全体が洗脳されとるみたいに戦いを欲しておったのじゃ。儂みたいな平和主義者は周りから浮いておったんじゃろうな、段々周りから嫌がらせが増えてきてな……。家族も戦闘狂じゃから見放されてしもうて、完全に孤立していたんじゃよ。」
そのくせ仕事ばかり押し付けられて云々、とベアトリシアさんのボヤきは終わらない。ベアトリシアさんのまさかの言葉にポカーンとしていると、ニアが両手いっぱいにメシナの花を抱えて走りよってきた。
「お、ピンクいの、沢山摘んで来てくれたんじゃのう。ようやった、ようやった。」
「えへへ、ぼく、将来お兄さんと結婚したいので!これくらい当然ですよ!!」
「ちと変わってはいるが、こんな可愛らしい女子に好かれて……。隅に置けんのう、銀髪の。」
「ベアトリシアさん、そいつ男だからね?」
「え、ベアトリシアさん、ぼくのこと女の子だと思ってたんですか?……ぼく、お嫁さんじゃなくてお婿さんになりたいんですけど……。」
ベアトリシアさんが硬直する。まるで映像の読み込みが突然止まったかのように。ベアトリシアさんの頭の上に、今にもローディングのクルクルが見えてきそうだ。
まぁ、これが正常な反応だよな。
「ベアトリシアさん?」
「……男じゃったのか……すまんのう……。見た目で女子かと思うとった……。」
「いやいや、ベアトリシアさんには言われたくないですからね?」
「儂のは幻術で髪伸ばして、普通にメイクしとるだけじゃから。お主、素でそれじゃろ?全然別物じゃわい。」
「そうですかね?お兄さん的にはどうなんでしょうか。お兄さんもぼくのこと女の子って思ってましたよね?」
つまり……幻術はウィッグのようなもので、メイクしてて、露出度高めの女の子の格好してる見た目13歳くらいの3682歳……ということか。
一言で言うと別物だな。個人的な解釈を言うとショタでも男の娘でも無いし、俺はルイレン様一筋ではあるんだけど、女装男子(小さい子に限る)も嫌いじゃない。
「ベアトリシアさんはベアトリシアさんでいいんじゃないかな?自分が好きな姿でいられるなら、素晴らしいことだと思うよ。」
「フフン、分かっておるなぁ銀髪の。」
「そうですね、ぼくはぼく、ベアトリシアさんはベアトリシアさんですよね。お兄さん、いいことを言いますね。好きです、結婚してください。」
「もう、そういう冗談はやめてよニア……。」
「冗談じゃ……。」
「おい、貴様ら……。」
ニアの言葉を遮るように、ルイレン様の声が聞こえた。勢いよく振り返るとそこには、両手いっぱいにメシナの花を抱えてジットリとこちらを睨んでいるルイレン様がいた。
「ルイレン様、いっぱい見つけたんだね!」
「全く、何をサボっているんだ。……ベアトリシア、これで足りるか?」
「うむ、これで十分じゃな。これを使って、一時的に目が見えるようになる薬を合成するぞい。出来るだけ広い場所がよいが、この辺りに広い場所はあったかのう……。」
「あ、それなら僕に任せてください!この間ルイレンくんに習った魔法があるんです!」
「おお、頼もしいのう。」
ニアが魔導書を浮かせて、集中するように目を閉じる。小鳥型の魔法石が煌めいて、ニアの周囲に魔力が集まるのを肌で感じる。しばらくそのままじっとしていたニアだったが、目を開けると魔導書を手に戻した。
……探索魔法か何かだったのだろうか。ニアの周囲に特に変化は無いように思える。
「じゃあぼく、周りを見てきますね!」
「えっ?」
ニアが空中に足を踏み出す。まるで階段でも作るかのように、淡くピンクに光る魔法陣が空へ向かって並んでいく。ある程度の高さまで到達すると、一回り大きな魔法陣が展開された。足場らしいそれに乗ると、ニアはキョロキョロと遠くを見渡した。
「……ルイレン様、これ何?」
「魔法陣を物理的に展開する魔法だ。少し扱うだけでもかなりの魔力消費となるはずだが、ニアは平気なようだな。」
「ルイレン様はあれ出来るの?」
「まぁ、あの高さなら出来んこともないが……登ったら最後、力尽きて落ちるだろうな。」
「そうなんだ……。」
ニアは平気な顔をして辺りを見渡している。監視塔によく登っていたからなのか、見渡し方に慣れてる感があった。暫く周囲を見渡して、何かに気がついたように俺たちの方を見る。
「お兄さん、ルイレンくん、ベアトリシアさん、あっちに広くて何も無い原っぱがありましたよ!」
「うむ、了解じゃ。」
「感謝する。ニア、降りてこい。」
「落ちないように気をつけてね!」
「えへへ、はぁーい!」
満足気なような、楽しそうなニアと合流して、俺たちは歩き出した。マップを確認すると、確かにニアの言っていた通り広い土地が広がっていた。しかし気になるのは、その周囲の岩っぽいゾーンである。鉱山……かな?そんな気がする。
「おい、ショタコン。気を引き締めておけよ。」
「え、どうしたの?何かいるの?」
「この先……複数体の敵性反応がある。」
「そうなんだ。探知魔法?」
「そうだ。」
ルイレン様は何も手に持たずとも魔法が使える。ニアは莫大な魔力と圧倒的な才能で魔法を扱える。じゃあ俺は何ができるんだろうか。
……気にしないようにしてたけど、俺、大した働きしてないよな。本当にただのショタコンじゃん。
「ベアトリシアさん、それ、重くない?」
「いや?鉱物っぽい見た目をしておるが、メシナの花は結構軽いから、さして重くはないぞい。」
「……そっか。」
逆に俺がお荷物なのでは……?どうしよう。役立たずは嫌だ……ルイレン様には嫌われたくないし、ニアやベアトリシアさんには呆れられたくない……!
「なぁ、銀髪の。さっきからずっと気になっておったのじゃが、何故剣の鞘だけを腰からぶら下げておるのじゃ?」
「あぁ、剣が折れちゃったんだよね。でも剣ってどこに行っても高いから、俺の所持金じゃ買えないんだよ。」
「フフン、それなら儂が剣を用意してやろう。何、気にする事はない。護衛任務に支障をきたしてはマズイからのう。」
「えっ、あ……え?」
「まぁ、待て。黒いのピンクいの。少し立ち止まってはくれんか。」
ルイレン様とニアが立ち止まってこちらに寄ってくる。可愛いショタと男の娘が駆け寄ってくるこの構図、とっても癒される……。
勝手に癒されている間に、ベアトリシアさん俺の腰にぶら下がっている鞘を手に取りながら観察していた。
「あの、それ見づらいんじゃ……?外そうか?」
「いや、良い。もう把握したからのう。」
ベアトリシアさんがメシナの花の花弁を使って、地面に大きな円を描いたかと思うと、内側に内側にとどんどん魔法陣が完成していく。手際の良さは見蕩れるレベルだった。流石人生経験豊富なダークエルフ、と言ったところだろうか。
「ふむ……こんなもんじゃろ。おい黒いの、この魔法陣を起動してやってくれ。」
「何故僕なんだ?ニアの方が魔力が高いだろう。」
「この魔法は精密な調整が必要なのじゃ。まぁ……見たところお主は、細かい作業とか得意そうじゃしな。そ・れ・にぃ……。」
「……分かった。」
「話が分かるやつは好きじゃ。助かるぞい。」
ルイレン様はなにやら不服そうな顔をしながら魔法陣を起動した。眩く光った魔法陣の上にはいつの間にやら一本……で数え方合ってるかな、剣があった。
「はぁ……。」
「お疲れ様じゃ、黒いの。ほれ、銀髪の。持ってみぃ。」
ベアトリシアさんに言われて剣を手に取ると、まるで俺の手に収まるために生まれてきたかのように馴染んだ。剣が光を反射して輝くのを眺めていたが、どうやら何かの紋章っぽいものが浮かんでいる気がする。
「……これ、何の模様なの?」
「さあな。」
「儂に聞かれても知らんぞい。まぁ、そのうち分かるんじゃないかの?」
「そうですか……。」
ベアトリシアさんもルイレン様も分からないなら仕方がない。そのうち分かるらしいので今は気にしないようにしよう。今の問題は、岩山をどう超えていくかだ。
「さて、ピンクいのが言っていた原っぱに行くにはこの岩山を超えねばならんのじゃが……。」
ベアトリシアさんが言いかけたところで、ニアの元気な声が聞こえてきた。そういえばルイレン様が魔法陣を起動している間、姿が見えなかったような気がする。
「皆さん!こっちに入口がありましたよ〜!」
どうやらあの間に通り抜けられる道がないか探してきてくれたようで、ニアについて行くと、確かに昔使われていたらしいトンネル……のようなものがあった。
「ニア、よくやったな。」
「えへへ、ルイレンくんに褒められると照れちゃうなぁ……!」
「探索してきてくれたんだね、ありがとうニア。」
「えへへ、お、お兄さんに褒められると興奮しちゃうなぁ〜……!!」
ニア……初めて会った時から今まで、ずっとヤバい奴感を更新してきてる……。というかこれ、もしかして冗談じゃない?だとしたらなんで俺?
俺がこうして考え込んでいる間、ルイレン様はニアを不思議そうな顔で見ていた。ニアはヤバい顔をしていたから、それが不思議だったのかもしれない。
「おい小僧ども、さっさと行くぞ。」
「あ、今行きます、ベアトリシアさん。」
「ニア、何故ショタコンが貴様を褒めると興奮するのだ?」
「ルイレンくんは知らなくていいんだよ、そのままでいてね〜。」
「は?」
こうして俺たちはトンネルの中へ入っていった。見たところ、何だか補強されているので崩れる心配も無さそうだし、明かりもついているし、意外と道幅は広い。ルイレン様とニアが並んで歩いていても大分余裕がある。頑張れば俺もねじ込めそうなくらいには。
「ここ、昔は鉱山だったのかな……。」
「そうじゃな、昔はここで希少な金属が採れていたらしいぞい。儂もその金属を探しに来たことがあるからよく知っておる。」
そんな他愛もない話をしながら先陣を切って進んでいると、何だかシリアスなトーンでルイレン様が口を挟んだ。
「……ベアトリシア、少し足を止めて僕の後ろにいてくれないか。」
「何故じゃ?」
「ショタコンも、ニアもだ。急いでくれ、すぐに来るぞ。」
「来るって、何がじゃ……?」
「いいから早く!」
ルイレン様がベアトリシアさんの腕を軽く引き、自分の後ろに来させた。ルイレン様がこう言うからには何かあるんだろう、と俺も大人しくルイレン様の後ろに隠れる。その瞬間、トンネルが僅かに揺れだした。段々大きくなる振動とその発生源は、どうやら俺たちに近づいて来ているようだった。
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