第9話 ショタコンとロザニア
次の街、ロザニアへ向かう道中……俺は疲れ果てていた。原因は主に睡眠不足、そして元凶はとある可愛い男の娘だった。
「……おにぃさぁ〜ん……。」
「……悪い冗談はよしてよ、ニア……。」
「冗談じゃないですぅ〜。もうぼく、我慢することやめたんで!!」
「もー……だからって何もこんな夜中に……寝てたのに……ふぁぁ……。」
「も〜……そんなこと言って……。まぁいいです、回答は身体に聞きますので!」
「ちょっ、ニア、どこ触って……脱がさないで!」
「貴様らうるさいぞ!!」
「いだっっ!?いっだい!!ルイレンくん、何で毎回ぼくだけ!?」
「だいたいニアが元凶だろうが!!」
ここまでセリフだけでお送りしたが、いつも夜中……それも俺が丁度寝静まった頃にこんな流れをしなくてはいけない。酷い日はガチの早朝にも同じ流れを……。
辛い。正直凄く辛い。生前はすぐにクマができる体質だったが、この身体になってからは改善した……と思っていたのに。段々目の下が暗くなってきた。
「うぶぇ……おはよ……ねむい……。」
「ショタコン、酷い顔だぞ。」
「ルイレン様おはよぉぉぉ……。」
ルイレン様の可愛い顔は今日も眩しい。でも正直霞んで見えてる。ちゃんと見えてなくて悔しいよ、俺は。
「ねぇ……ニアはぁ……?」
「ニアならまだ寝ている。毎夜毎夜、ご苦労なことだがな。やはり子供、ということだ。……でも……その、ショタコンも寝ていていいんだぞ。」
「……でもさぁ……、寝てると……ニアがちょっかいかけてくるからさぁ……。」
「はぁ、面倒な……。」
ルイレン様がため息をつきながら俺の傍に寄る。近くに土魔法でベンチを作ると、そこに座って膝をポンポンと叩いた。
こ……これって膝枕してくれるってこと……?
いつもならひとつ尋ねてから太ももに滑り込みそうなものだが、今は理性が死んできているので何も考えずに太ももに頭を乗せた。
「ここなら寝られるか?」
「うわぁい……ルイレン様……の……膝枕……。」
気がつくと意識が落ちていて、次に目覚めたのは翌日の明け方だった。最初に視界に入ってきたのはルイレン様の寝顔で、朝から幸せな気持ちだ。
……って、あれ?ということは長時間ルイレン様の足を下敷きにして寝てたってこと?
「うわぁっ、ごめん!」
「……ん、ショタコン……起きたのか。」
「足、平気?」
「あぁ、特に何ともない。この程度で痛めるような軟弱な足はしていないのでな。」
俺が起き上がるなりルイレン様は足を組んでドヤ顔をした。うわぁ、ドヤ顔ルイレン様超可愛い……。その顔のままで踏んでくれないかな。
「あれ……ねぇ、ニアは?」
ぐっすり眠れてしまったのでつい気になって元凶のことを尋ねる。ルイレン様は表情ひとつ変えずに顎でテーブルが置いてある方を指し示した。
そこには突っ伏したニアがいて、そこはかとなくどんよりとした空気が漂っている。
「……ニア、おはよ。」
「お兄さん、ごめんなさい……夜這いはこれから頻度を落とすことにします……。」
「やめてはくれないんだね……。」
「そんなにショタコンにかまって欲しいのか?」
「かまって欲しいっていうか……。」
「僕がショタコンの代わりになってやろうか?」
る、ルイレン様……!?自分で何言ってるのか分かっ……てないか、ルイレン様だしな。ほら、本当に俺の身を案じてくれている顔だ、あれは。ニアもポカーンって感じだし、これはちょっとしたニアへの仕返しになったかな?
「る、ルイレンくんのこと、確かに大好きだけど……友達としてって言うか……そういうんじゃないっていうか……。」
「はぁ?」
「ニア、ルイレン様は多分わかってないと思うから。……説明とかしないでよ?」
「あぁ……はい……。」
俺の睡眠不足もある程度解消されて、ぐんと探索効率が上がった俺たちは、次の日にはもうロザニアに着いていた。
アルシーナとは違った活気があって、オシャレな雰囲気が漂う小さな街だった。
「凄い……ぼく、アルシーナ以外の街を見るの、初めてです……!」
「綺麗な街だね、オシャレだし。」
「悪くないな。」
画面さん情報によると、この街の喫茶店が美味しいらしい。でも有名な訳ではなく、知る人ぞ知る落ち着いた雰囲気の老舗店なのだそうだ。これはぜひぜひ行ってみたい。
「ショタコン、この後はどうする?」
「ある程度食材とか旅道具の消耗品だけ補充して、喫茶店があるらしいから行ってみようかなって。」
「分かった。ではまず市場へ向かおうか。」
「旅道具でしたら、ぼくが品質を値段を見て、必ずやお気に召すものを揃えますよ!」
頼もしい子供ふたりに囲まれて、消耗品調達を済ませる。アルシーナに比べて狭い街だと思っていたが、案外練り歩くと疲れるものだ。
「ふぅ、お買い物はこんなものかな?」
「お兄さんが使ってるの、収納魔法ですか?便利ですね。」
「あぁ……さぁ、どうだろうね。」
これ、収納魔法……なのかな?もしかしてこの画面さんがまず魔法だったりするのかな……。だとしたら俺、無意識に魔法使えてることになるんじゃ?
【画面】
特殊装備『画面』は異世界転生者に付属する特典のようなもの。旅のお役立ちスキルが満載で、異世界初心者にも優しい設計。
あっはい、そうですか……。
「さて、買い物は終わったし、ショタコンの言っていた喫茶店にでも行ってみるか。」
「ぼく、甘いラテが飲みたいです!よければお菓子なんかも食べたいな……。」
「俺は着いてから考えようかな。」
「おい、そこの。」
俺たちが喫茶店へ向かっている途中、一人の女の子が声をかけてきた。耳が長い、褐色、という点から考えるに、ダークエルフのようだ。
【ダークエルフ】
極めて高い知性と長い寿命をもつエルフの変異個体。攻撃性の高い性格をしていることが多い。
攻撃性の高い性格って……危ないんじゃないのか?
ルイレン様やニアに傷は付けさせまいと、ふたりの前に庇うように立つ。
「な、何でしょうか。」
「お主ら、冒険者じゃろ。ひとつ頼まれごとをしてはくれんかの?」
「頼まれごとですか?」
「あぁ、護衛の仕事じゃ。なぁに、手間は取らせんよ、結構すぐそこじゃからの。」
老人のような言葉遣いのダークエルフの人は、とっても若い……というかルイレン様やニアより少し歳上といったような見てくれをしている。黒を基調とした露出の多い服を着ていて、少し目のやり場に困ってしまう……。
「フフン、そこの銀髪の若造、儂のことが気になっているようじゃな?」
「えっ……いや、そんな……。」
「実はこんなに可愛く見えて、今年で3682歳を数える長寿のおじいちゃんなんじゃよ。」
「えっ……?」
「おじいちゃんですか!?」
「3682歳……ふむ、確かにダークエルフとしては長寿だな。」
いやいやいや、性別に驚こうよルイレン様。というかなんだ、また男の娘か……?ニアで大分飽和していただろうに……。
「お主ら、喫茶店に行くんじゃろ?この辺に来る若いのは皆あそこに行きたがるからの。どれ、儂が奢ってやろう。」
「えぇ……。」
「なに、前金みたいなものじゃよ。仕事の概要もそこで説明しよう。腰を落ち着けて話をしたいからのう。」
半ば流されるようにしてダークエルフの人と喫茶店に入る。中にはお客さんがあまりいなくて、静かな雰囲気が漂っていた。
通された窓際の席で、各々はそれぞれ思い思いのものを頼むと、ダークエルフの人は話を始めた。
「儂の名前はベアトリシア。しがないはぐれダークエルフじゃ。昔はお偉いさんだったんじゃが、人間に同族は全て狩られてしまってのう。」
「あ、あの……俺たちも人間なんですけど……。」
「あぁ、良い良い。敬語など面倒臭いからの、話す方も、聞く方も。それにまぁ、今はダークエルフより人間の方が好きじゃから。」
「そうなんだ……。」
普通に笑顔だけど、その奥に何か凄い闇が隠れていそうで怖い。
依頼を受けるの……怖くなってきたかも。いや、ダメだ。年長者として俺が怖気付いたらいけない!
「それでな、実は今、儂の家で預かっている孤児がおるんじゃが……その子は目が見えなくての……。オマケに、髪に花が咲く奇病も患っておるのじゃ。」
「確かに聞いた事のない症例だな。目とは何か関係があるのか?」
「さぁ……儂は医者ではないからのう……。ただ、儂らダークエルフは生物の残りの命が分かる特殊な種族でな、分かってしまうじゃよ。あの子が力尽きるまで……あと3日だということが。」
「えっ、そんな子を家に置いてきて大丈夫なの?」
「いや、本人は至って元気なんじゃ。でも折角なら、最期に綺麗な景色でも見せてやりたくて、目を治す方法を模索していたところなんじゃよ。」
ダークエルフの人……もといベアトリシアさんはどこか遠い目をして語った。しんとした瞬間に合わせたかのように、店員さんが頼んだものをテーブルに運んでくる。
「ベアトリシア。目を治すことは出来ないが、一時的に見えるようにする方法なら知っている。」
「うむ、儂も知っておる。大規模な魔法陣と気の遠くなるような魔力量さえ用意すれば可能じゃ。もちろん、そこを見込んでお主らに声をかけた。なぁ、そこのピンクいの。」
「わぇっ、ぼくですか?」
あまり会話には参加せずショートケーキを頬張っていたニアが目を丸くしてベアトリシアさんの方を見る。
確かにニアは規格外の魔力を持っていて、ルイレン様は前に大規模な魔法陣を描いたりしていた。ベアトリシアさんは見る目があるな。
「ベアトリシアさん、ニアは最近魔法を習い始めたばかりなんだ。細かい調節みたいなものはまだ苦手みたいだけど、大丈夫?」
「まぁ、大丈夫じゃろ。そこの黒いのも魔力量がなかなかじゃしの。いざとなったら微調整を頼むぞ。」
「おい、僕は協力するとはひと言も言っていないぞ。何故護衛以外の仕事が増えているんだ。」
「お、なんじゃ?黒いの。協力はしてくれんつもりか?」
「そうは言っていないが……。」
ルイレン様が口を噤むと、ニアががたんと音を立てて立ち上がった。こころなしかニアの目がキラキラしている気がする。
「ぼく、ぜひお手伝いしたいです!だって、大規模な魔法を間近で見られるチャンスですから!いいですよね、お兄さん、ルイレンくん!!」
「よーし、決まりじゃな!ではまず手始めに、今いる街から北にしばらく行ったところに廃村がある。そこへ魔法陣展開用の材料の調達にいくんじゃ。お主らはその護衛をしておくれ。」
「分かったよ、でもダークエルフって強いんじゃないの?俺たち必要かな。」
「フフン、この身体の小さい老いぼれに力を貸してくれや、若者よ。」
そう言って手を差し出したベアトリシアさんからは何とも言えない圧を感じて、何も言い返すことが出来なかった。
……何を考えているのか分からない。
これが俺の素直な感想だったが、ニアもやる気なのでおずおずと手を取った。
「契約成立、じゃな。」
「うん、よく分からないけど引き受けるよ。」
「では行こうか、廃村まで案内してやろう。」
さらっと伝票を持っていくベアトリシアさんにイケメンみを覚えつつ、俺も席を立った。俺が移動すればニアはすぐに着いてくるが、ルイレン様はベアトリシアさんが怖いのか、少し後から着いてきていた。
うーん、ルイレン様はベアトリシアさんと一定の距離を保っている気がする。ニアは既にあんなに打ち解けているのにな……。
「ベアトリシアさん、魔法陣を展開するのに材料が必要なときがあるんですか?」
「おぉ、なんじゃピンクいの。魔法陣に興味があるのか?珍しい子供もいたもんじゃな。」
街を出て再び森へ入っていった俺たちは雑談をしながら、案外何事もなくずんずんと進んでいた。
しばらく進むと、草っ原に所々焦げた木材のようなものが落ちている場所に出た。間違いなくここが廃村だろう。
「ここらに生えているらしい、メシナと言う花がいくつか必要なんじゃ。」
「探してこいってこと?」
「フフン、儂も探すが微妙に広いでの、手伝って欲しいというだけじゃよ。」
ベアトリシアさんが笑う。
でも……なんだろう。闇っぽい感じがさっきより隠せていないというか、なんだかベアトリシアさんの雰囲気が暗い……というか。
「ベアトリシアさん……大丈夫?」
「……どういう意味じゃ?儂は元気じゃよ。人間とは違って、年齢と身体の機能は関係ないからの。」
「そう……。それならいいけど……。」
……嘘をついてるのは目を見たら分かった。なんだか辛そうだ、ということも。でもなんと言えばいいか分からない。俺はまだ何も知らないのだ、ベアトリシアさんのことを。
「ベアトリシア。」
「なんじゃ、黒いの。」
「ここは……貴様が言っていた孤児の出身地か?」
ルイレン様がさらりと言い放つと、さっきまで何とも言えない顔をしていたベアトリシアさんの表情がピクっと反応した。明らかにビンゴだった。
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