第14話 ショタコンと湖

ルイレン様が作ってくれた、いつもよりちょっと豪華な朝ごはんを食べ終えた俺たちは、ベアトリシアさんとアリシアちゃんを家に残してロザニアの喫茶店へ戻ってきていた。

どうやらベアトリシアさんは、昨日1日家にひとりで寂しかったとアリシアちゃんに言われたらしい。

今日は家で一日中アリシアのご機嫌取りをすることになりそうじゃ、お主らは来る明日のために綺麗な景色でも探してきておくれ、と言われたのだ。



「ルイレン様はなんか案ある?」


「そうだな……昨日通った花畑は綺麗だったと思うが。」


「そうだね、ルイレン様が言うならそこにしようか!」


「いやいや、お兄さん!なんでぼくには聞かないんですか!?」



膨れっ面のニアがガタンと音を立てて立ち上がる。何となく回答が予想出来てしまうので、あえて聞かなかったのだが……まぁ、仕方がない。このまま騒がれても困るし、一応、本当に一応聞いておこう。



「じゃあ、ニアはどこがいいと思うの?」


「お兄さんの服の中に決まってるじゃないですか!!」


「うん、昨日の花畑ってことで。」


「スルーしないでください!それにまだ、お兄さんの意見は聞いていないでしょう!?」



席には再度座り直したものの、もうっ、とポコポコ怒っているニアを見て、ルイレン様はコーヒーを飲む振りをしながら笑いをこらえていた。それを見て微笑ましくなって頬が緩む俺。なんか笑っている俺たちを見てさらに怒るニア。段々耐えきれなくなったのか、ルイレン様がコーヒーを置いて顔を伏せ、笑い始めた。



「ははっ……ははは……ん……ぐ……ふふ……。」


「ルイレン様、ニアが怒ってるところ見るの好きだよね〜。」


「ん、ふふ……すまない……。」


「なんですか、ふたりして〜!!だから、お兄さんはどこがいいって聞いてるんですぅ〜!!」



意外と笑いの沸点が低いルイレン様を眺めながら、ニアの質問にどう答えようか考える。

まぁ俺はルイレン様の意見は全面的に賛成だけど、ニアが聞いているのはそういうことじゃないよなぁ……。



「うーん、俺が考える綺麗な景色……。」


「全く、笑いすぎだよルイレンくん……。」


「……はぁ……疲れた……。」



ひとしきり笑い終えたルイレン様がコーヒーを一口飲んでため息をつく。そんな仕草も愛らしい。ニアは眉を八の字にしながら呆れたような仕草をするも、心配しているのが分かる。



「俺にとっては、2人が視界に写ってれば綺麗な景色だけどな……。」


「えっ?」


「は?」



あ、しまった。俺に集まる2人の視線。ルイレン様の訳が分からないとでも言いたげな顔と、ニアの嬉しくて仕方がないよいうような顔を交互に見て、言い訳を必死に考える。



「あっ……えーと……あの、さ、ほら……2人とも可愛いから目の保養的な……?」


「おおお、お兄さん……っ!」


「何を言っているんだ、ショタコン。死ぬ間際に知らんやつらの顔を見てどう思えと?」


「あは、ははは、確かに……。」



だよね、やっぱり自分たちの尺度で考えるんじゃなくて、アリシアちゃんが見て綺麗だと思う景色を探さないといけない……。

そう考えると、やはりルイレン様の案である、昨日の花畑が妥当なのではないだろうか。



「じゃあ俺もルイレン様と同じ意見かな。ルイレン様の意見だからじゃなくて、あくまで一般論として。」


「……分かりました。ぼくもいいと思います、あのお花畑。」


「だが、だいぶ時間が余ってしまったな。花畑に代わる案でも探しに行くか?」


「そうだね、もっといい景色があるかもしれないし。」



こうして俺たちは、再びロザニアの街の外へと踏み出した。近くに良さそうな景色はないかな、とマップを確認していると、どうやら近くに大きな湖があるようだ。



「こっちに湖があるみたいだけど、行ってみる?」


「そうなんですか?」


「ふむ、いいんじゃないか。」



道を外れ、木々を掻き分けながら進む。暫くするとキラキラと輝く湖面が見えてきた。全貌を見られる場所まで来るとそこには、それはそれは綺麗で広さのある湖と、それはそれは大きなワニの群れがいた。


【ギュスタロン】

ワニ型のランクCモンスター。単体であれば冒険者1人でも問題なく狩ることが出来るが、群れるとめっちゃ厄介。


親切にどうもありがとう画面さん。

まさか、街のこんなに近くに大量のモンスターがいたなんて……。この状態で放置したら、食料を求めてそのうち街にもやって来るかもしれない。



「ルイレン様、ニア。」


「うむ、僕もショタコンと同じ意見だ。」


「えっ、俺まだ何も言ってないよ?」


「顔を見たら分かる。いつかロザニアの街にやって来るかもしれないあのモンスター共を一掃するのだろう?」


「凄いなぁ、ルイレン様は〜!」



流れるようにルイレン様を撫でようとしたら、今はそんな場合では無いだろう、と手を払われた。確かにね、と返して手を引っ込め、そのまま腰の剣に手をかける。



「お兄さん、ぼくもお手伝いしますよ。」


「ありがとう、ニア。助かるよ。」



ニアの頭を撫で、いちばん近くにいたワニ……ギュスタロンの背後へと駆け寄って、まずは1匹首を落とす。その様子を見た群れの仲間がぞろぞろと湖の中から這い出てくる。囲まれないよう、少し移動も交えつつ、1匹、また1匹と仕留めていく。

ベアトリシアさんに貰った剣、凄い切れ味だ……。剣を振るまま、スパッと切れていく。



「……はぁ、キリがないな……。」


「ショタコン、伏せろ。」


光弾ライトバレット!」



ルイレン様とニアの声が後方から聞こえたので、片手をついて姿勢を低くした。頭の少し上を高速で光の弾丸が数発飛んでいき、何匹かのギュスタロンに命中した。外れた光弾が地面に当たったことによる土埃と、水面に落ちた水しぶきで一瞬前が見えなくなる。



「ニア、ありがとう!」


「お兄さんのお役に立てて光栄です!!」


「防護結界展開。」



振り返ってニアにお礼を言った直後に、俺の目の前に結界が展開される。間もなく2、3匹のギュスタロンが結界に鋭い牙や爪を立てた。

もし結界がなかったら俺はあの牙の餌食になっていただろう。危ないところだった。



「ありがとう、ルイレン様!」


「礼はいい、さっさと片付けろ。」


「うん!」



ルイレン様からの激励(?)を受け、視界の開かれた湖へ再び走り出した。また1匹、2匹とギュスタロンを切り伏せていく。何十匹倒しただろうか、というところだが、全くその姿が視界から減ることも無く、湖から無限に湧き出しているという気がしてならない。



「……はぁ……はぁ……っ、まだっ……いるの……?」


「ショタコン、どうやら湖のどこかにボス個体がいるようだ。そいつをどうにかしないことには状況は変わらんかもしれん。」


「位置とか……分からないかな……?」


「…………湖が広い。確かなことは言えんが、大体の位置は掴めたぞ。」


「……っ、ニアに、砲撃してもらって……いい?」



強く湖面を砲撃してもらって、水中からボス個体を炙り出す。炙り出した後には、何とかして俺が倒す。それくらい出来なければ、このパーティではお荷物となるだけだ。



「お兄さん、少しこちらへ!」



ニアの声に従って、ルイレン様とニアのいる方向へとすぐに戻る。俺たちとは少し遠目の位置で、ギュスタロンがこちらへ向かって来られないようにルイレン様が低めの防護結界を張った。



「皆さん、爆風に備えてくださいね!光爆ライトバースト!!」



小鳥型の魔法石が煌めき、ニアの目の前に大きな魔法陣が浮かび上がった。魔力が一瞬にして収束し、爆発音に近い音を発しながら、爆風とともに湖の右端あたりへと真っ直ぐに撃ち出された。ニアの魔法が湖面を抉り、先程とは比べ物にならない程に大きな水しぶきが上がる。



「どうですか?ぼく、だいぶ発動が早くなってきたんですよ!」


「そうだね、凄いよ。頑張ってるんだね。」


「わぁぁ、嬉しいです!お兄さん、後で結婚式を挙げましょうね。」


「あはは、それはちょっと遠慮しておこうかな!」


「おい、笑っている場合ではないぞ。……来たようだ。」



ルイレン様の真面目な声で空気が引き締まり、やがて視界が晴れていくと、先程まで相手をしていたギュスタロンより一回りも二回りも大きなギュスタロンがのし、のし、とこちらへ近づいてきた。俺の本能が叫んでいる。明らかにあいつはヤバい、と。



「奴に湖に戻られると厄介だ、僕は湖面全体に結界を張るとしよう。」


「ぼく、お兄さんの支援をしますね!」


「……いや、まだギュスタロンの残党がかなり残ってる。俺のことは大丈夫だから、ニアはルイレン様の護衛をお願い。」


「悪いが頼めるか?ニア。」


「……分かった。お兄さん、危なくなったらすぐに言ってくださいね!」



ニアとルイレン様を残し、すれ違う残党を切り捨てながら、一際大きい群れのボスへと立ち向かう。ボスは俺くらいなら一飲みに出来そうな程に大きく口を開け、威嚇をするように、ビリビリと空気の震えるような咆哮を上げた。



「……っ!」



少し怯みそうになるも、しっかりと足を踏み締めて背後へと回り込む。その瞬間に俺の身体へと鋭い鞭のように向かってくるのは、硬く鋭い鱗に覆われた尻尾だ。一度踏んだ轍を踏むものか。剣を盾にして弾き、その衝撃を利用して宙を舞い、ギュスタロンの背へ飛び乗る。剣を背に突き立てようとするが、頑丈な鱗に弾かれてしまった。



「……これは……斬れない可能性があるな……。」



首を落としてみようと画策してはみるものの、並のギュスタロン以上に丈夫な鱗に覆われているために剣が通らない。背の方から首を落とすのは無理そうだ。一度背から飛び降り、迫り来るギラリと黒く光る爪を躱しつつ、よくよく観察をしてみる。



「うわっ!……危なー……。」



観察に集中し過ぎてしまうと、時折攻撃を避けるのがギリギリになってしまっていけない。

くそぅ……。画面さん、コイツ弱点とかないの?


【ギュスタロン(ボス個体)】

弱点:顎を開く力が弱い。また、個体によっては異なるが、鱗の薄い部分がある。


顎を開く力が弱いとは……どう使えばいいんだろう。鱗の薄い部分……あ、腹は地面にほぼ接しているから狙いずらいけど、顎の下辺りなら……。



「……何とかして顎の下狙うか……。」



しかしそこでネックになってくるのはああの大きく開けた口だ。近づけば全力で噛もうとしてくるに違いない。いや、待てよ……。



「ニア、少しだけ念話いいかな!」


「分かりました!」



避けながら喋るのは時間がかかる上集中できないから、こういう時には念話が便利だ。



『どうしましたか?』


『このボスだけど、喉の辺りの鱗が薄いから、そこを狙いたいんだ。俺が囮になるから、ボスが口を閉じたら、何とかして口縛れるかな。』


『出来ますけど……お兄さんが危ないですよ?』


『大丈夫だよ、絶対に避けるから。』


『……分かりました。』



ニアに協力を取り付け、大口を開けたボスへと一目散に駆ける。一瞬にしてグワッと距離を詰められ、今にも一飲みにされようとしている所で、渾身の力を足に込めて、バックステップで避ける。勢いづいたボスの口は完全に閉じた。

……チャンスだ、ニア。



捕縛キャプチャー!」



ニアの声と共に、光の粒子がゴムバンドのように口に巻きついて、開かないように締め上げる。

ボスは湖の中へと後退しようとするが、ルイレン様がそうはさせない。湖面に防護結界を張っているため、その鱗に包まれた逞しい足は湖面を踏み締め、ボスは困惑したように水面に立っていた。



「ありがとう、ルイレン様、ニア!!」


「べ、別に、例を言われるようなことでは……。」


「お兄さん、あとは任せましたよ!」



口の塞がれたボスの元へと走り出す。口が開かないことに苛立っているのか、爪を繰り出してくるスピードが早まっている気がする。だが、集中していればこの程度、避けながら近づくくらい造作もない。



「……ここだ!」



閉じた口を剣で上に弾くようにして、ボスの体を仰け反らせ、顕になった白い喉へ渾身の力を込めて剣を振るう。予想通り、こちらからであればしっかりと斬ることが出来た。最後にボスの顎に蹴りを入れると、血飛沫を上げながらボスは湖面に倒れ伏した。



「……ふぅ、……まぁ、お荷物回避かな?」


「わぁ、凄いですお兄さん!」


「素材を回収するなら早くしろ。そしてさっさと岸まで戻れ。沈めるぞ。」


「あはは、じゃあ急いで回収しないとね。」



そっとボスに触れると素材が回収された。ワニの肉、ワニの皮、鋭い爪……まぁ、上々だろう、とニアやルイレン様と共に岸へ戻る。

それにしても、俺のステータスは今どうなっているのだろう。ショタの人数とその愛の大きさで上がるらしいけど、最近はやけに身体が動きやすい気がするんだ。もしかしたらルイレン様だけじゃなくて、ニアや、もしかしたらベアトリシアさんの分まで上がっているのかもしれないな。

隣の男の子を見ながらそんなことを思った。

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