第7話 ショタコンと街の危機
爆発音を聞き届け、はっと我に返ると、ルイレン様は血相を変えて叫んだ。
「ショタコン、急いで街に戻るぞ!」
ルイレン様が焦ったような顔で俺にそう告げる。街の外壁からは巨大なヤギのような頭と、丸太のようなヘビが暴れているのが見える。
……だったら敵は2匹かな。それなら俺とルイレン様でやれるか……?
「……確か城の文献にあった……キマイラというモンスターだな。奴らめ、わざわざこの街を巻き込んで召喚を……。」
「キマイラ……。」
……って何だ……?
【キマイラ】
Bランク程度の合成獣。人の手が加わったことにより生まれるモンスターなので、テイムモンスター以外のキマイラは存在しない。低級のモンスターを無理に合成したため、全身には常に強い痛みと苦しみが走っている。人間を見かけるとブチ切れて襲いかかってくるので注意。
成程、ありがとう画面さん……って、それどころじゃない、街が危ない!ニア、街の皆さん、無事でいてください……。
そうこうしている間にニアの家の屋根が見えてきた。
「ルイレン様は俺の後ろに下がって!」
「何を言っている?貴様こそ下がっていろ。奴の爪は危険だと聞いた。」
「じゃあ尚更だよ。」
ルイレン様は照れているような満更でもなさそうなような顔をして俺の後ろに下がってくれた。俺の事を信頼してくれている気がして、この緊急時に何だか嬉しくなってしまう。
「……防護魔法を……。…………っ?」
「ごめんルイレン様、何か言った?」
「……なんでもない。」
ニアの家に入ると、そこには誰の姿もなく、商品の棚がひっくり返されたり、壁や床に穴が空いていたり、とにかく荒れ放題だった。
「酷い……。」
「ここまでするとは、城の兵士も切羽詰まっているのだな。僕のような子供を相手にご苦労なことだ。」
「ルイレン様……怒ってる……?」
「……かもしれんな。」
ルイレン様から並々ならぬ殺意のようなものが感じられる。こんなに怒らせてしまうなんて……。
俺がもっと早くルイレン様に伝えておけば先に何か手が打てたかもしれないのに。
「ショタコン。」
「……はい。」
「今は悔いている場合では無い。一刻も早くキマイラを片付けるぞ。」
「……そうだね、分かった。」
ルイレン様なりの励ましに勇気づけられ、また走り出す。キマイラというモンスターの頭が見えているのは例の広場の辺りだろうか。
見えている部分からの推測に過ぎないが、大きさはビルドベア4匹分程度の体積だろう。
「……っ!?」
やっと全体像が確認できたと思ったら、俺たちのすぐ横へ何かが振り下ろされた。直後、凄まじい衝撃波に襲われる。
爆風で飛んでいかないようにルイレン様の壁になりつつ肩に手をまわす。ルイレン様はただ、俺にされるがままに押さえられていた。
「ルイレン様、大丈夫?」
「……すまない。」
「なんで?でも、怪我がないなら良かったよ。」
土埃を掻き分けて、それが正体をあらわす。剣が壊れてしまった今、頼れるものはこの拳のみ。ルイレン様から手を離し、ぐっと強く拳を握り構える。
「……ヘビ……?」
「違う、キマイラの一部だ。」
「……!」
ぐぐっと首をもたげ、巨大なヘビが姿を現した。丸太のような首がうねり、顔がこちらへ向く。その赤い瞳が俺たちを捉えた瞬間、頭の中で警報が鳴り響いた。
「ルイレン様、危ない!」
「防護……。……っ!!」
ルイレン様どころか俺すらも一口で丸呑みにしてしまいそうな大口を開けて迫るヘビから身を守るべく、ルイレン様を抱えて逃げる。
間一髪、と言った感じでなんとか避けられたが、ヘビの猛追は終わらない。
「……速い……っ!」
「すまない、ショタコン……。」
「……なんで、謝るのっ?」
ヘビの攻撃を避けつつ、俺の腕に収まっているルイレン様の声に耳を傾ける。顔は見ることが出来ないが、表情が少し陰っているだろうということが声色から察せられた。
「……僕は力になれそうにない。すまない。」
「どうしたの?……っ、体調でも悪い?」
「ドラゴン討伐の際に魔力を使い過ぎた反動が来たようだ。魔法が上手く使えない。」
「謝ることじゃないよ、俺だけでも頑張ってみるから下がってて。」
俺は建物の陰にルイレン様を降ろして、またヘビの方へと戻った。ニアはちゃんと逃げられただろうか。城の兵士は一体どこに行ったのだろうか、見当たらない。
「……っあぶな……。」
そんなことを考えていたが、他人の心配をしている場合じゃないくらいヘビの動きは素早く、こちらとしてはなすすべが無い。それに先程から動こうとしていないキマイラの身体部分……。何がBランクなんだ、全然攻撃できないし、一歩間違えたら死ぬレベルだろ。
「なにか手だてを考えないと……。」
しかし剣もない、俺は魔法も使えない、ルイレン様も今は魔法が使えない。この状況で一体何ができると言うのか。しかし考えれば考えるほどに被害は拡大するばかりだ。
考えど結論が出ない問題に頭を悩ませていると、微かにルイレン様の声が届いた。
「あ"ぅっ!?」
「ルイレン様……?」
先程ルイレン様を降ろした場所へ視線を向けると、そこには今まで姿を消していた城の兵士立っていた。足元にはルイレン様が転がっていて、ぐったりとしている。
あれは……ルイレン様……そんな、……え?……死……殺され……?
「……ハズレか。」
その兵士の言葉を聞いた瞬間、俺の頭は考えることをやめた。足は自然とその兵士の方へ向き、純粋な殺意だけが俺を動かした。
「何だ貴様……?おい、何を……ガッ……ッ!?」
兵士を鎧越しにぶん殴り、頭の防具が飛んであらわになった首を掴んで持ち上げる。
ダメだ、何も頭に入ってこない。コイツはまだ動いている。何かを言っている。でも何も見えない、何も聞こえない。コイツは許されないことをした。
「……キマイラ!」
兵士が一際大きな声で叫ぶと、後ろからヘビが迫って来るのを肌で感じた。
何も頭に入ってこないのに何故か視界は異様にクリアに見えていて、身体は勝手に動いた。
「貴様っ、離せ……っ!!」
すぐそこまで、迫るヘビに兵士を思い切り投げつける。ヘビは少しもがく様な動きをした後、動かなくなった。でも兵士はまだ動いている。
まだ、まだ……、殺さなきゃ。
「……っ、ショタコン!」
俺の足首をか弱いながらもしっかりと掴んだのは小さな手だった。はっとして足元へ視線を向ける。ルイレン様の頭からは血が流れていて、今にも気を失いそうになりながらも歯を食いしばって俺の事を睨むように見ていた。
「ルイレン様……!」
「……はぁ、……バカタレが……。」
「大丈夫なの……?その、俺、魔法使える人探しに行こうか……?」
「……っ、心配はいらん、……が、僕は少し休む……流石に……つかれ………。」
そこまで言うとルイレン様は目を閉じた。
大丈夫、ただ寝ているだけみたいだ。俺もニアを見習って魔法を教えてもらった方が良さそうだな。大事な人が目の前で怪我をしても、何も出来ることがないなんて……。
「ルイレン様……ここで休んでてね。」
広場からは少し離れた位置にある建物の陰にルイレン様を寝かせ、再度キマイラの元へと歩を進める。
キマイラはまだ倒せていない、俺にはまだやることがある。目の前の最大の危機を見誤るな。
「……俺に何が出来る?」
動く気配のなかったキマイラの身体。あれが動いたら街はどうなる?俺はヘビ相手に何も出来なかったじゃないか。
……いや、俺に何ができるかじゃない。やれるだけやってみよう。やるしかないんだ。
「……お兄さん。」
「ニア!無事だったんだ……!」
可愛らしい声に振り向くと、そこにはやけに目の座ったニアがいた。俺も気圧されるほどに圧が強い目だった。
「わたし……いや、ぼくも連れて行ってください。」
「ニア、どうしたの?」
「あのモンスターを倒しに行くんですよね。ぼくもお手伝いします。」
「……またお母さんに何か言われたの?」
ぼく……?
ついニアの母親のことが頭をよぎってしまう。また何か言われてムキになってしまったのではないか、と。
「お母さん、今は何も喋れないんです。」
「……っ!?」
「あのモンスターがはじき飛ばした瓦礫がぼくに飛んできたんです。でも、お母さんは……ぼくを守って下敷きに……。」
「ニア……。」
「でもまぁ、お母さんは恐らく大丈夫です。怪我はすぐに治しましたので、意識は戻っていませんが命に別状はありません。ただ……。」
ニアの目に殺意そのもの、とも言える炎が見える。相当怒っていることが目に見えて分かるのだ。
「いつもと違って何も喋らないお母さんを見たとき、凄く泣きたくなりました。あのモンスターを見て、殺してやるって思ったんです。ぼくは誰かに言われたからじゃない、自分の意思でここに来たんです。」
「……命の危険もある。危ないんだよ。」
「分かっています。……でもぼく、この手であのモンスターをぶっ殺さないと……気が済まないんです。」
あぁ、これはきっと止めても無駄だ。俺をなぎ倒してでもニアはキマイラを殺しに行くだろう。それに、キマイラを相手にして俺一人では戦力が心もとない。……だったら結論はひとつだ。
「……丁度俺もキマイラを召喚した城のヤツらに腸が煮えくり返ってたところなんだ。」
「お兄さん……。」
「一緒に行こう、ニア。」
手を差し伸べると、ニアは俺の手をすぐに掴んだ。その時のニアの顔はまさに少年であり、出会ったばかりの気弱さを微塵も感じさせない、決意に満ちた表情をしていた。
俺の中で、また何かが煌めくような感覚がした。
「もちろんです!」
二人して横に並んで、再度キマイラと対峙する。先程は微塵も動かなかった身体が僅かに動いた。ヤギのような頭と獅子のような頭がゆっくりと持ち上げられ、その4つの目でこちらを捉える。
「ニア、少し下がってて。援護をお願い。」
「分かりました。でも、巻き込んでも怒らないでくださいね?」
「あはは、巻き込まれるのはキツいね……。」
「冗談です。嫁入り前の大事な身体に傷一つ付けさせやしませんよ。」
ニアはそう言うと、ヤギの頭に向かって手を伸ばした。魔導書が浮き上がり、魔力が収束していくのを感じる。
「
その声が響くと同時に、凄まじい爆風とともに「弾」と言うよりはビームのような魔法が放たれた。しっかりとヤギの頭を捉え、じわりとダメージを与えていく。
「お兄さん、ぼく、絶対にお兄さんをお嫁さんに迎えるに相応しい旦那になってみせますから!」
「……楽しみにしとくよ。じゃあ俺も一発殴ってくるから。」
拳を握ってキマイラへと一気に詰寄る。獅子ならではといったような鋭い爪をかわし、腹の下に潜り込んで思い切りアッパーを食らわせる。すると俺の拳からは衝撃波の様なものが発生し、キマイラが上空へと舞い上がった。
「お兄さん、少し離れてください!」
「分かった!」
「
そう叫んだニアの周りから、10は軽く越すであろう数の光弾が発射された。その全てとは言わずとも、大半がキマイラに命中し、やがてキマイラは地に落ちてきた。
「……やっぱりまだ細かいコントロールが効きませんね。」
「ニア、油断は禁物だよ。」
こういう時って「やったか!?」「いや、まだだ!」ってなるのが鉄板だから、まだ気は抜けない。
土煙の中のキマイラの影が動き始めた。やはりまだ殺れていなかったようだ。
「やっぱりまだ生きてる……気をつけて!」
「ええ、言われずとも!」
もう一度ニアが魔法を構えた瞬間、広場に誰かの声が響いた。見渡してみると、少し離れた建物の陰から誰かがこちらを見て叫んでいる。
「……お母さん……?」
「まずい、俺たちよりキマイラに近い……!」
あの影が完全に体を起こした時、ほぼ確実に一番近くの人間を襲いに行くだろう。そうなればニアのお母さんの命が再び脅かされることになる。
「お母さん、そこは危な…………。」
「ニア!何してるのよ、そんなところで!!」
「……え?」
「魔導師の真似事なんてしてないで、さっさと戻ってきなさい!!どうせ無理なんだから!!」
「……。」
ニアは構えた魔法を解除して項垂れた。こうしている間にもキマイラは立ち上がりつつある。それでもなお、ニアのお母さんはこちらに向かって叫び続けていた。
「さっさと避難しなさい!アンタがなれるのは道具屋だけなんだから!!」
「……ニア……。」
「……。」
ニア何も言わずにただ項垂れている。
「魔導師の才能があるとか夢物語ほざいてんじゃないわよ!!」
「………っ!」
その瞬間、文字通りの「黒い影」がニアのお母さんへと飛びかかった。
まずい、反応が遅れてしまった……間に合わない……!
俺はスローモーションに見える世界の中、何も出来ずに目を固く閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます