第6話 ショタコンとニーアホップ
道具屋に戻ると、待っていたのは怒り心頭のニアのお母さんだった。しかし、ニアが近寄っていって何かを説明すると、納得したように怒りを沈めてくれた。
『お兄さん、ルイレンくん、聞こえますか?お母さんには、ルイレンくんが農業用の水路に落ちたから助けたって説明しました。話は合わせてくださいね。』
急に頭の中に直接声が響いた。確実にニアの声だが、当のニアはまだお母さんと話している。ルイレン様は動じることなくいつも通りだ。
『驚きましたか?念話をルイレンくんに教えてもらったんです!』
『ショタコン、今なら脳内で話したいことを念じれば聞こえるぞ。対象は僕かニアに限られるが。』
『凄いね!どうかな、聞こえた?』
『はい、しっかりと。』
『良かった。ルイレン様が水路に落ちたってことにしたらいいんだよね、了解!』
『こんな嘘に巻き込んでごめんね、ルイレンくん。』
『構わん。』
こうして脳内会議が終わり、ニアとお母さんとの会話もそろそろ終止符が打たれそうになってきた。俺に気がついているのか、はたまたいないのか、ニアのお母さんは徹底して俺に対しては反応が無い。
「お兄さん、ルイレンくん、こっちです。上がってください。わたしはお風呂沸かしてきますので、一番奥の部屋で先に体でも拭いて休んでおいてください。これ、タオルです。どうぞ。」
「ニア、服ってどうしたらいいかな?お風呂出てもびしょ濡れだったら着られないよね。」
「ルイレンくんのは乾かないと思うから、わたしの服を貸すね。お兄さんはそんなに濡れていないのですぐ乾くと思いますよ。」
「ニアの……分かった……。」
ルイレン様の何か言いたげな表情を華麗にスルーして、ニアはお風呂があると思われる方向へと走っていった。
「ルイレン様、俺達も行こっか。」
「そうだな。」
部屋の前まで歩くと、そこには立て付けの悪そうな戸が待ち構えていた。ルイレン様が両手をかけて開けようとしてみるが、全く動く気配がない。
「俺がやるよ。」
子供が頑張っても動かせないなら、ここは大人の出番だろう。ガタガタと戸を震わせ、案外すんなりと開けることが出来た。
やっぱりショタはルイレン様に限る。
いつもは大人びた感じを出しているのにもかかわらず、子供の身体だっていうことを感じさせるところも兼ね備えている……!
「ルイレン様、俺が拭いてあげようか!?」
「お前は自分の身体をまずは拭け。あと、それくらい自分で出来る。」
「んんん〜!偉いねぇ〜!」
「馬鹿にしているのか?」
「そんな訳ないでしょ、ルイレン様が尊いだけ。」
何を言っているんだ、と言わんばかりにため息をつくと、ルイレン様はタオルで身体を拭き始めた。
「ルイレン様、大丈夫?それ、ちゃんと拭けてる?」
「どうせ後で風呂に入れば濡れるのだ。最低限で良かろう。」
「お風呂が湧く前に身体が冷えて風邪ひいちゃうよ!ほら、俺が拭いてあげるから!」
もう既に水を吸ってビショビショになったルイレン様のタオルを取り上げ、俺のまだそこまで濡れていないタオルで拭いてあげようとルイレン様にじりじりと接近する。
「おい、触るなショタコン!お前の話していた定義ではニアもショタだろう!?ニアを触ればいいだろうが!!」
「ニアは……なんか違うから!」
「お兄さんと呼ばれて嬉しそうにしていたではないか!!」
「ルイレン様、もしかして嫉妬〜?」
「うるさい!いいから離せ……うわっ!」
ルイレン様がバランスを崩して、それに引っ張られるように俺も倒れ込む。驚いて受身がとれず、ルイレン様に思い切りのしかかってしまった。
「ふぎゅっ!!」
「いてて……ルイレン様……?」
「……くる、しい……!」
「わぁ!ごめん!!」
「うわっ!?」
俺の防具とルイレン様の服が引っかかっていたようで、俺が勢いよく起き上がるとルイレン様まで俺の腹に突撃してきた。勢い余ってまた倒れ込む。
「しょ、ショタコン……。どこがどうなっている……?」
「なんか引っかかってるみたい。多分防具のどっかがルイレン様の服に……。外すから待ってて。」
「早くしろ。」
視界のない中、手探りでなんとか引っかかっているところを探す。どうやら留め具の部分が引っかかってしまっているようなので、外そうと試みる。
「外れない……。」
「僕の服を切れば取れるのではないか?」
「いや、それはダメだよ!」
ショタコンがショタの服を切るなんて、そ、そんなけしからんこと!!
やいのやいのしていると、閉めるのを忘れていた戸の方から可愛らしい声が聞こえた。
「……やっぱり、お兄さんとルイレンくんってそういう関係ですか?」
「に、ニア!?違うから!」
「服が引っかかったらしい。僕もショタコンもよく見えないから、ニアが外してくれないか。」
「あ〜、そういう……。分かりましたので、動かないでくださいね。」
ニアが小さい手で引っかかった服を丁寧に外していく。
こんなに小さな手なのに、放つ魔法はえげつないんだよな……。まだ子供なのに……。
「はい、取れましたよ。お風呂が沸いたので入ってください。あ、おふたりで一緒に入りますか?」
「それいいね!」
「遠慮する。ショタコン、先に入ってこい。」
「いやいや、ルイレン様が先に入りなよ。風邪ひくよ?」
「そうか。」
ならそうさせてもらおう、とルイレン様はニアと一緒に部屋を出ていった。
ルイレン様とお風呂……入りたかったなぁ……。ルイレン様の白くて柔らかいお肌をくまなく洗ってあげたかった……。
「お兄さん、お悩みですか?」
「ニア……。」
戻ってきたニアが俺の隣に腰掛ける。近くで見てもやはり女の子にしか見えない。可愛らしい服装もそうだが、特に顔が女の子そのものだ。
「ルイレンくんが出てくるまでお話してようと思いまして。お兄さんのこと、ルイレンくんが沢山話していましたから、わたしも気になっていたんです。」
「え、ルイレン様、俺の事どんな風に話してたの?」
「そうですね……。」
ニアの上目遣いについドキッとしてしまう。何だか恥ずかしい。こんな動揺が伝わっていないといいんだが。
「変なやつ、口うるさい、鬱陶しい、しつこい、お節介……。」
「ニア?」
「隙あらば触ってくるのをやめて欲しい、話す時に屈むのをやめて欲しい、先に座った時にこっちを見て両手を広げて目を輝かせるのをやめて欲しい……。」
「……ニア……。」
「……でも、嫌いじゃない。……だそうですよ。」
最後の総評で全身が喜びに満ちていくのを感じる。あんなにツンデレなルイレン様が「嫌いじゃない」って言った、ということは……これはもう「好き」と同義!!
「あ、あとお兄さんの状態異常のことも聞きました。小さい男の子が好きなんですよね、わたしとかどうです?」
「……ニアはちょっと違うかな。」
「やっぱりルイレンくんが好きなんですね。」
そうかもしれない。俺が好きなのはショタ全体なのか、ルイレン様なのか……最近分からなくなってきた。生前はショタなら平等に愛していたのにな。
「わたし、お兄さんのこと好きですよ。」
「あはは、ありがと。」
「冗談だと思っていますね?」
「え……?……うわっ!?」
強めに押されてバランスを崩したと思っていたら、気がつくとニアに組み敷かれている。
なに!?何がどういうことで何してんの!?
「お兄さん……わたし、本気ですよ。」
ニアの瞳にわずかに熱を感じる。あまりの出来事に放心していると、ニアの手からひんやりとした感覚が全身へ伝わってきた。
何だこれ、まずい……体が動かない……?
「ルイレンくんに教えてもらったんです。モンスターの動きを鈍らせる魔法なんですよ。」
心なしか思考も鈍くなっている気がする。何も考えられないまま、ただニアが迫ってきているのを眺めている。
「ね、わたしのこと女の子だと思っていたでしょう。でも、思うんです。お兄さんの方が……女の子の素質、ありそうって……。」
「にあ……?」
「わたしがお兄さんを女の子にしてあげますね。怖くないですよ、痛いのは最初だけですから……。」
「いや……だ……。」
このままではマズいと頭では漠然と分かっているのに、体は動かない。ただニアの顔を睨みつけるしかないこの状況に歯がゆさを感じる。
「その顔可愛い!もっと近くで……うぶぇっ!?」
「……おい、ショタコンに何をしている?」
ニアが視界から消えたところで、急に体も頭も動くようになった。
入り口の方を見ると、鬼の形相という言葉がしっくりくる表情のルイレン様がそこにはいて、その視線の向かう先には、壁にめり込みかけているニアがいた。
「ルイレンくん!?邪魔しないで、これはわたし達の新たな門出……。」
「黙れ。次は無い。」
「ゴメンナサイ、ジョウダンデス……。」
も、もしかしてニアって結構ヤバい?ルイレン様ありがとう……。
ルイレン様がもしこのタイミングで戻ってきていなかったら……。そう思うと身の毛がよだつ。
「ショタコン、大丈夫か?」
「うん、ありがとう……。」
「ニア、後で事情を詳しく聞かせてもらうからな。」
「あ……ルイレン様、その服似合うね……!」
鬼の形相の方が気になって忘れていたが、ルイレン様の服装が変わっている。ニアのものだろうか、可愛らしいお洋服に着替えたルイレン様が視界に入った時点で、たった今起きていた事が全てどうでも良くなった。
「全く……。次はショタコンの番だろう。さっさと風呂に入ってこい。」
「うん、じゃあ入ってくる。」
ニアが乱入しては来ないだろうかと思いながらなんとか無事に風呂から出る。俺の服はすっかり乾いていて、問題なく着ることが出来た。
湯上りに外気に触れつつぼーっとしていると、ルイレン様がパタパタと走って来た。
「ショタコン、まずいことになったやもしれん。」
「え、何?ニアがまた何か……。」
「そうではなく、街の門の付近で城の兵士がうろついていたのだ。」
「追っ手がここまで来てるってこと?」
「顔も名前も知らないだろうが、僕達がよそ者という事実には変わりない。見つかるのは時間の問題だろうな。」
しまった。色々あって忘れていたけど、俺たち追われてるんだった……。
この街に長居しすぎたのかもしれない。早々に立ち去るべきだろうか。
「どうする、ショタコン。」
「……ここにいたらニアにも、ニアのお母さんにも、街の人達にも迷惑がかかるかもしれない。」
「そうだな。では僕はニアに事情を話してこよう。」
「じゃあ、俺は外の様子を見てくるよ。」
俺の存在がどこまで気づかれているのか分からない。慎重に、こっそりと偵察してこよう。
外へ出ると、アルシーナの賑やかさに混じって、少しの緊張感が伝わってきた。
「……あれか。」
確かにルイレン様の言った通り、見覚えのある家紋が刻まれた鎧を全身に纏った、明らかに城の兵士だと思われる人間がいる。
家屋の影に隠れている俺からでも、見えるだけで5人ほどウロウロしていた。
「一体何を……。」
「おっ、兄ちゃん、また会ったな!」
「ひっ!?」
声がした方を振り返ると、例の指輪のおっちゃんが満面の笑みで手を振っていた。ニアの説明であの行動の意味が分かってしまった今、逃げる以外に選択肢は……。
「なんかお城の兵士サンが何人もずっと広場をうろついててよ、何か作業してるみたいなんだが……。街の子供たちが怖がって遊べねぇんだ。」
「……作業ですか?」
いや、逃げるのは少し話を聞いた後にしよう。このおっちゃんからは何か有力な情報が得られそうな気がする。
「おぉ、なんか地面に描いてんだよ。よく分かんねぇけど。……で、その……兄ちゃん、指輪……。」
「分かりました、ありがとうございました〜。」
話を変えられる前に逃げるに限る。
ニアの家に戻ると、既に服装が元に戻ったルイレン様が、街を出る準備を終えて待っていた。傍らには心配そうに俺たちを見るニアの姿もあった。
「お兄さん、ルイレンくん、気をつけてくださいね。わたしの家の裏から街を出れば誰にも見つからないはずですから。」
「恩に着る。」
「ニアも気をつけて。」
こうしてこっそりと街を抜け出した俺たちだが、森の中をしばらく走った辺りでルイレン様がボソッと呟いた。
「……おかしいな……。」
「あ、そういえばルイレン様、街の広場で兵士が何か描いてたって……。」
「……は?」
不意に足を止めたルイレン様は、すぐに踵を返してアルシーナへと走り出した。よく分からないまま俺も後を追いかけるが、ルイレン様は一心不乱に街をめざしている。
「ルイレン様、何を……。」
俺の声を遮るように、前方から爆発音が聞こえた。
どうやら俺はとんでもないミスをやらかした、ということが、ルイレン様の表情からありありと伺えたのだった。
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