第4話 ショタコンと魔法石
俺とルイレン様は道無き道を進んでいた。高位のモンスターなんてアテはあるのかと聞いても答えてはくれないし、そろそろ掴まれ続けている腕が痛くなってきた。
「ルイレン様、休憩しようよ……。」
「貧弱めが。まだ動けるだろう?」
「後で高位のモンスターと戦うことになるなら、体力ギリギリまで歩いたらダメじゃん……。」
「……確かに……。」
やっと腕から手を離してくれたルイレン様は、俺が地べたに座るのを確認すると、俺の足と足の間にちょこんと座った。
デレ期か!?そうなのか!?あ、やばい可愛い限界髪ふわふわサラサラなんかいい匂いするしうわぁぁぁぁぁ!!!!
「ショタコン。」
「ひゃいぃっ!」
「僕に聞きたいことがあるんじゃないのか?」
ルイレン様の声のトーンはいつもより真面目でシリアスで、乱れた心が少し落ち着いた。何だか背中がいつもより小さく感じて、抱きしめたくなる。
「ルイレン様は聞いてほしい?答えたくないって思うなら聞かないし、知っておいて欲しいことなら自分から話せるまでとことん待つよ。」
「……そうか。」
それだけ言うとルイレン様は黙ってしまった。
互いにひと言も発さないまま30分くらいが過ぎた。そろそろ出発しようか、と言おうとした瞬間、ルイレン様が突然立ち上がった。
「ショタコン、探知に引っかかったぞ。こっちだ。」
「えっ?」
探知に引っかかったって、もしかして高位のモンスターが?というかまた身一つで魔法使ってるし……。
ルイレン様が走っていってしまうので、焦ってそれを追いかける。
「……本当に……あれ、倒すの……?」
ルイレン様が立ち止まった場所、それは比較的低い山の頂上。そこに覆い被さるように眠っているのは、紛れもない、巨大なドラゴンだった。
【ジャバウォッキ=ジャバウォッカ】
属性を持たないドラゴン。特別感のあるデカい見た目とは裏腹に世界中に生息しており、数年に一度目覚めては大災害を引き起こす。
Aランク相当の力を持っており、並の冒険者が討伐に向かうのは自殺行為なのでおすすめしない。
ま、まずいんじゃないの、これ……。あれ?
いつの間にか仲間欄にニアがいる。ふむふむ、別に一緒にいなくても仲間にはなるんだな。
「日が暮れる前に討伐してしまおう。」
「どうやってあんなでっかいドラゴン倒すの?」
「案ずるな、僕だって無策では無い。」
寝ているからなのか、ドラゴンはまだ俺達には気がついていない。幸いもう少し準備が出来るようだ。覚悟を決めている最中の俺の手を、ルイレン様の小さくて可愛らしいお手々が包み込む。
「ただショタコン、ひとつ約束してくれ。」
「な、何?」
「その……討伐が終わったら……今からすることを忘れて欲しい。……いいか?」
「よく分からないけど、いいよ。」
こんなルイレン様はすごく珍しい。それに、そんな上目遣いで頼まれたら絶対に断れない。
何をされるのか、そして何をしたらいいのか……。思いやられるが、そんなこと目の前の美少年と比べたら些細なことだ。
「礼を言うぞ、ショタコン。」
そう言ったかと思うと、ルイレン様はすごい勢いで俺の手を引っ張った。バランスを崩してルイレン様の方に倒れそうになったのを何とか踏みとどまる。
「えっ、なに……?」
俺が顔を上げる前に首根っこを掴まれて、無理やり目を合わせられる。戸惑う俺とは逆に、ルイレン様は少し顔を赤らめて可愛く微笑んでいた。
「あの、る、ルイレン様……?」
「僕、あのドラゴン倒してきて欲しいな〜。すっごく強いけど、頑張ってね!」
「え?」
急に子供ぶるルイレン様に萌えながらも驚き、恐らく俺の顔は今、よく分からん表情をしているだろう。
「大丈夫、きっと出来るよ。僕、ここで見ててあげるから、ちゃんと倒せたら褒めてあげる。」
「……。」
「期待してるよ、お兄ちゃん♥……返事は?」
小悪魔っぽく小首を傾げているのは、眉を八の字にしてニヤニヤと笑う、俺の見たこともない表情のルイレン様だった。
返事……だって……?そんな……そんなの……!
「わっっ……かりましたぁぁぁぁあああっ!!!」
ルイレン様に頼られては仕方がない、この「お兄ちゃん」があのドラゴンを倒してきてあげようね!!
「……効果は覿面だな……さてと。」
未だ眠っているドラゴンまで走って近づく。いつに無い速度で進んでいる気がする。足を踏ん張って跳躍すると、ドラゴンを見下ろす位置まで跳ねることが出来た。
「オ"オラァァァァアアアッッ!!!」
気合を入れて剣を振りかざし、そのまま落下していく。狙うはヤツの首だ。
凄まじい轟音と共に首元へと振り下ろされた剣は、ドラゴンの首を3分の1くらいまで切断したところで根元から砕けた。
「なっ……折れ……!?」
大きく地面……もといドラゴンが動き、とんでもない振動を伴いながら起き上がる。首から血だと思われる液体が溢れ出るのもお構い無しで、空に向かって大きく吼えた。
「ま、まずいな……。」
そういえばルイレン様が可愛すぎて忘れてたけど、コイツ確か高位のモンスターだった……。
俺は今、立ち上がったドラゴンの肩にしがみついている状態だ。剣は折れてしまったし、魔法は使い方が分からない。いわゆる絶体絶命と言うやつだ。
「せ、せめて空には逃げられないように……!」
肩から飛び降りながら翼の付け根あたりを狙って、全力の拳を叩き込む。骨を断てたのか、重力に従って片側の翼がひしゃげた。恐らく空は飛べなくなっただろう。
あれ……もしかして俺、剣が無くても戦えるんじゃね?
「……やれるだけやってみるか……。」
握った拳に熱を感じて、もう一度跳躍する。全てはルイレン様に褒めてもらう為に……!
剣と違って切り落とすことは出来ないが、打撃を加えることでダメージを与えることなら出来るはずだ。
「……っ!」
ドラゴンの尻尾が空を裂いて勢いよく近づいてきている。しまった、気づくのが遅すぎた。避けることが出来ない。
まずい……本当にまずい……。折角この世界で理想の人を見つけたのに……また、死ぬのか……?
「ショタコン!」
ルイレン様の声が聞こえる。ああ、そういえばこういう時って凄くスローモーションに感じるんだったな……。
右半身に凄まじい衝撃が走り、地面がどんどん近づく。短かった異世界での日々を走馬灯のように振り返りながら目を閉じる。
「……
「……ぅぐっ!!」
「
どんどん痛みが引いていく。ゆっくりと目を開けると、ルイレン様の顔が少し見えた。どうやら俺は助かったらしい。
「……ルイレン様……。」
「あまり動くな、まだ完全に治った訳ではない。」
「……はは、いつものルイレン様だ……。」
「悪かった。剣の脆さを考えていなかった僕のミスだ。」
ルイレン様の可愛いお顔が曇っていく。
ああ、そんな顔をさせたくてドラゴンに挑んだわけじゃないのに。俺が倒せなかったから……。
「だが、ショタコンが引き付けておいてくれたお陰で、準備が完了した。」
「……えっ?」
「あっ、おい、起き上がらない方が……。」
ルイレン様が何をしていたのかどうしても気になってしまい、まだ軋む身体を起こして周りを見る。
あちこちの木々に焦げた跡のような線で魔法陣が描かれている。よく見ると暴れているドラゴンの足元にも焼け焦げた跡で魔法陣があった。
「大規模な魔法を使うにはそれなりの魔法陣を描く必要があってな。ドラゴンの下にも描かねばならんから目覚めさせる必要があったんだ。」
「え、足元にいたの……?」
「そうだが?」
「危ないよ!離れてないとダメじゃないか!踏まれたらどうするの!?」
ルイレン様は、心底何を言っているのか分からないといった顔をして、また小首を傾げた。
「危ない……か、そうか。」
「あ、分かってないね!?後でお説教だからね!」
「そうだな、後にしてくれ。今はあのドラゴンを仕留めるのが先だ。」
ルイレン様は俺の前に立つと、動くなよ、とだけ零して右手をドラゴンの方へ伸ばした。
「防護結界展開。」
俺とルイレン様の周りにドーム状の結界が展開される。淡い色のステンドグラスのような結界なので周りは一応見えるが、一体今から何が行われるというのだろうか。
「封魔刻印第1段階解除、魔法陣起動……。」
ルイレン様からオーラのようなものが発せられているのが見える。これが魔力……なのかな。
見渡す限りの魔法陣が続々と金色に輝いて浮かび出していく。最後にドラゴンの足下の魔法陣が眩く光り、ルイレン様の右目が金色に輝いた。
「起動完了……。全属性
ルイレン様が叫ぶと同時に、ドラゴンが悶え苦しみ始め、やがて動かなくなった。
倒せたんだ……やった……!
「ルイレン様、倒せたんだね!早く素材を回収しに行こう!」
「……っ、待て……。……奴は、戦闘が始まると共に……はぁ……仲間を呼ぶ……。」
「じゃ、じゃあ、まさか最初に吼えたのは……!」
「……もうじき、来る、と……。」
ルイレン様、なんか苦しそう……。
やっぱりここまで大規模な範囲魔法を維持し続けるのは大変なんだろうか。俺にも、何か手伝えることは無いのだろうか。
「……来た……ルイレン様、俺も……!」
「……大丈夫だ、もう……傷一つ、付けさせない、から……!」
怒り狂った様子で羽ばたいて来たドラゴンは合計数十匹にも及んだ。その間何も出来ない自分が歯痒くて、俺は唇を噛んだ。
日が沈み、ドラゴン達がやがて来なくなった時、ルイレン様は膝を折って倒れた。体力と精神力が限界だったのだろう。
約束の時間はお昼過ぎだから、朝から下山しても間に合う。今日はゆっくり休んでもらおうと画面の収納から寝袋とテントを取り出した。
「おやすみ、ルイレン様。」
朝日が優しく顔を照らし、風のそよぎと鳥のさえずりで意識が浮上し、目を開く。ルイレン様はもうすでに起きていた。朝ごはんを用意しているらしく、いい匂いが漂ってくる。最高の朝かもしれない。
「おはよ、ルイレン様……。」
「まだ寝ていてもいいんだぞ。」
「大丈夫……。」
朝になってもドラゴンの屍の山は変わりなくそこにあって、昨日の出来事を想起させた。そっと触れるとドラゴンは姿を消して、素材として収納へと収まっていく。
「龍の肉と龍の鱗……あとは魔法石か。ルイレン様、魔法石ってこんなにいるの?」
「魔法石は合成が出来る。大量の魔法石を凝縮すれば、規格外の魔力にも耐えうる魔法石が作れるだろうな。」
「規格外……ニアのことか……。」
「あの壊れた魔法石は、ニアの魔力に耐えることが出来なかったのでは、と思ってな。」
きっとニアはあの監視塔の上で、魔法が自分にも使えるんじゃないかと試していたのだろう。ニアは魔導士として余りある才能を持っているのに、当人はそれに気づいていない。
「やっぱりニアって、道具屋として人生を送るには勿体ないよね。まぁ、本人がやりたがってるなら別だけど。」
「そうだな。」
「あ、ご飯できた?いただきまーす!!」
ルイレン様が皿を運んできた瞬間に食べ始める。
今日の朝ごはんは、パンと、目玉焼きと、熊の肉の薄切りを焼いたもの、そしてじゃがいものポタージュスープ。実に豪華なラインナップだ。
「さすがルイレン様!美味い!」
「だ、黙って食え。」
顔が赤いですぜ、ルイレン様。照れてるのが丸わかりで可愛い……と、そういえば。
「ルイレン様、そういえば、もう昨日の可愛いやつやってくれないの?」
「ん"ぶっっ!?……げほっげほっ……な、何のことだ!?」
「お兄ちゃん♥ってやつ。」
「わ、忘れろと言ったはずだ!!もうしない!!」
「えぇ〜?」
もうやってくれないのか……。めっちゃ可愛いから毎日でも毎秒でもやって欲しいのに。俺もやる気が出るし、ルイレン様の可愛さも爆上がりだし。
「あ、あれはお前のショタコンの力を引き出すために……だな、その……。」
「あれ、ルイレン様って俺の状態異常のこと知ってたっけ?」
「えっと、確か仲間に僕やニアのような……あぁ、ショタがいると強くなる、みたいなことを言っていたが。」
「誰が?」
「じいやが、だ。じいやもロリコンという状態異常だったそうでな、ショタコンも状態異常だと思っていたが……違ったか?」
しょ、翔太郎……。お前、もしかしてパーティーにロリだらけのハーレムを作っていたんじゃないだろうなぁ……。
「大体合ってるよ。俺もよく分からないんだけどね。でさ、俺のこと、またお兄ちゃん♥って呼んでよ!」
「嫌だ!」
全く、イヤイヤ期かよ、可愛いぜ……。
こうして、2人きりの穏やかな朝を過ごして、仲良く下山した。結局ルイレン様について聞けることは無かったが、お兄ちゃん♥って呼んでもらえたので良しとしよう。
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